くじを引く男

 いつかの京都。

 訳の分からぬ魚を食ったとのたまった男を殴り飛ばし、怒り狂って意味もなく歩き回っていた鋭い目の男が、ピタリと足を止めた。あまりの怒りに歩みまで止まったのであった。


「.......あいつは変態なのか? 人魚なぞ、なぜ食った。変態なのか? 死ねなくなっただと? 変態なのか?」


 この男、いつもあの変態男に負かされているせいで色々と目立たなかったが、実際はかなりの陰陽師であった。不憫な男である。

 しかし、この男を天才と言うには、泥臭い努力が多すぎた。この目の鋭い男は、天から才など与えられなかったし、ズレている訳でも無かった。


 ただ、他人から見れば狂気的にも捉えられる合理的過ぎる努力と勉学の末、あの変態男と勝負ができる陰陽師になった男であった。その点については、常人からズレていたと言っても良い。


「.......あの変態、私と家を作るより焼き魚が大事か! やっと五条の家に行く約束を取り付けたというのに!! 焼き魚で反故にする程度の話だったのかアレは!!」


 この男、あの変態男と手を組み新たに霊山の管理者となる家を作ろうとしていた。古くからある9つの家はかなり閉鎖的で、その内情や仕組みを知ろうとするにはかなり骨が折れた。それでもやっと、そのうちの五条の家に上がることを許されたというのに。


「.......死ねなくなっただと? ふざけるな。ふざけるなよ、晴明」


 この鋭い目の男は、天から才を与えられなかった。

 それでも、あの男を除けば、どの時代のどの陰陽師よりも優れた術者であった。人としてズレることなく真っ直ぐに存在しながら、実力だけはあった男だった。


「なら、私が殺してやる、晴明!!」


 実力と、情だけはあった男だった。


 鋭い目の男は、天から才など与えられなかった。

 あの変態男が物心ついた時には手を鳴らして完成させられた術を、5年もかけて習得するような男だった。

 しかし、その長い長い積み重ねは、確実に男の血肉となり、今まさに役立っていた。


 人では無くなりつつある友人を、神に近づいているあの男を、どう人として殺せば良いのか。


 人では、神に敵わない。


 そこで、男は考えを変えた。神には手が出せないのなら、それに似たような存在を参考にすれば良い。山の中にいる主は、山の中では神に等しい。それを研究すれば、あの変態男も黄泉の国へ行けるのではないか。


 鋭い目の男は、友人を殺すため、家を作るために訪ねると約束していた五条の家に赴き、主について知ろうとし。



 秘密を、知った。



 9つの家は、霊山を管理している。


 生け贄を出して、管理している。


 日本で最も気性の荒い主の機嫌を取るために、自分達の血族を生きたまま捧げていた。


 主に生け贄を与えることは危険とされている。なぜなら、あの白い主達にとって、人間は穢れだからだ。生け贄を与えれば与えるほど、主は赤黒く落ちていく。そして最終的には、土地ごと死ぬのだ。

 しかし、9つの家は生け贄を出し続けていた。それも、真っ白な主たちに。

 それは何故か。9つの家は、やはり優れた管理者だった。

 生け贄を与え機嫌を取り、主が穢れれば術で清める。まるで綱渡りのようなその作業を、一族の圧倒的な術の技術と、失敗すれば即死の状況でも折れない精神力を持って、ただひたすら黙々と、主と向かい合い続けていた。


 男は、それを知った瞬間。


「こんなものが答えな訳があるかーーーー!!!」


 怒り狂って五条の家の門を蹴り飛ばした。この男、普段は良識ある男なのだが、なにぶん情に厚すぎるきらいがあった。変態の友人のためにここを訪ねたのに、今はもう9つの家をどうにかした救う方法を考えるのに頭がいっぱいだった。


「もっと完璧な主に対する術が存在するのかと思ったら!! 主について深い知識があるのかと思ったら!! 全くなにもないじゃないかーー!! なんで黙って生け贄を出しているんだ!? なんで殺される覚悟で主にただの術をかけるんだ!!お前達は阿呆なのか!?」


「何を言っている。我が家は、ここに住む人々のために山を管理して」


「お前達が不幸では無意味だろうが!! この阿呆どもめ!!」


 この男、昔から貧乏くじを引くタイプだった。


「お前達がいまからすべきことは2つだ! 1つ、私が主に勝てる術を作るのを待つ! 2つ、それを脅しに主と人間に有利な契約をして生け贄を出すのをやめる! 以上だ!」


「道摩法師、貴様何を言っているのだ。貴様がどうしてもあの安倍晴明と管理者の家を作りたいと言うから、五条は協力したのだぞ」


「いいから黙って言うことを聞けーーー!!!」


 この貧乏くじ男が、この国で初めて主に対する術を作ったのは、これから20年後だった。


 京都の霊山に立ちながら、男は後悔に苛まれていた。この20年、今から試す術を作ることに費やしてしまった。本来の目的であったあの変態の友人を人として殺すための方法が、何一つ進まなかった。それなのに確実に男の体は老いている。


「.......俺は阿呆か」


 この術を作るのですら20年かかった。これから男に残された人生で、あの変態を人に引きずり下ろすことはもう不可能だと、この男の使い古した脳は、残酷なほどハッキリと理解していた。


 そして、老いた男は、自分で作った術を携え白い子供と対峙して。


「.......」


 1つの、苦い答えを出した。

 血だらけでボロ布のような己の姿など目に入らず、様々な偶然により主の死体も目に入らず。

 主を失い荒れ狂う山の中、ただぽつんと立ち尽くしていた。


「.......私では、無理だ」


 男の出した答えは簡単だった。男ではあの変態男を殺させない。時間が、足りな過ぎた。


 この男の子孫達が、人でありながら白い主になり、陰陽師が消えたのはまた別の話である。


 ただ、この日、鋭い目の男は、京都の主を殺した。

 神と同一視されていたほどの主たちは、人に負けた。


 これにより、この男の名と共に人は主と対等に渡り合うことが許された。9つの家々は、それぞれの管理する霊山の主と人間に有利な契約を結んだ。それ以来、生け贄も主に無茶な術をかけることもなくなった。9つの家は、犠牲の無い管理を手に入れた。


 しかし、鋭い目の男は、何一つ自分の目的を果たしていない。自分が寄り道をしたせいで友人は人に戻せず、自分は1人老いて死ぬ。間に合わなかった術の完成を自分の子孫に託して、友人を置いて死ぬのだ。

 悔しかった。やるせなかった。友人として、あの男に申し訳ないと思った。

 しかし、この鋭い目の情に厚い男は、どうしてもあの9つの家を放ってはおけなかったのだ。


 鋭い目の男が山の主を殺してから数十年。桜舞う京都で。


「晴明、家を作った。私の子供が繋ぐ。千年でも、二千年でも! お前が生きている限り、私の子供も生きている!」


「道満?」


「私の子供が生きているなら、私もお前と共にある! いくらだって花見に付き合ってやる! だから!」


 男に詰め寄って、胸ぐらを掴んだ彼は。


「.......心は人であれ。晴明」


 そう言うことしか、出来なかった。


「お前の体が、もう人ではないのは知っている!! お前が、もう人からは外れているとは分かっている!!神の領域にまで足をふみいれていることも感じていた!!」


 年老いた喉を震わせて、必死に伝えるのは。


「.......私は、共に生きられない。でも、お前には、私の友人には! 人でいて欲しい!!」


 この男は。

 天から才を与えられなかった。

 人としてズレることなく、真っ直ぐに存在しながら、実力と情だけはあった男だった。

 だから、目の前にいるへらへらと笑う男が。本当に天から才を与えられ、誰一人並び立つことすら叶わない、ズレた男が。


 どうにかして自分の所に来るというのなら、信じようと思った。


 自分の子供たちがこの変態男を黄泉へ押し込むのを、いつまでも待っていようと思った。


「それまでは君の子供達と桜を見ているよ!」


「.......お前、やはり変態だな。おい、晴明! 勝負だ! お前が来なかったら、私の勝ちだ!」


「はははぁ! 今回も僕の勝ちだね!」


「勝ってみろよ! 晴明!」



 鋭い目の男は、いつも貧乏くじを引いていた。





ーーーーーーー


今回はこれが本編。主人公は前説担当。

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