またやーさい。
たぶん、明日俺は死ぬ。
「ちょ、ちょっと七条和臣! どこ行く気よ!」
ぎゅ、と左腕を抱きしめられる。
「和臣、どうするの?」
ぎゅ、と右腕を抱きしめられる。
「和兄.......」
右手をぎゅ、と握られる。
「.......和臣様、未だ電波は入りません」
控えめに、斜め後ろからTシャツの裾をきゅ、と掴まれる。
この状況、両手に花? 馬鹿を言うな。
葉月もゆかりんも水着 (ビキニ) だぞ、この世の花全て合わせても霞むわ。
「俺明日死ぬと思う.......」
「何言ってんの!? 今の状況考えなさいよ!? 冗談抜きで私たち全員やばいんだっての!!」
俺の腕を掴みながら、胸ぐらも掴んでがくがくと揺すってくるゆかりん。あ、だめだやめてください。ビキニはやめてください。そんなん雑誌のグラビアの中だけの世界でしょう。現実はやめてください。
日も落ちかけの薄暗い森の中。ばぎ、といきなり背後の茂みで音がして、水着に気を取られていた俺以外が飛び上がった。
それから4人がぎゅうぎゅうに寄ってくる。やめてくださいお願いします僕は今回本当に清らかな気持ちで兄として旅行の引率に来たんです。だから。
「邪念よ消えろ.......!!」
俺は前世一体どんな徳を積んだんだ。何をしたらビキニ姿の女子にひっつかれるんだ。この世で1番の幸せものかよ。
「ね、ねえ、和兄、夜になっちゃうよ。ねえ、どうするの?」
「え? あぁ、そろそろ帰りたいな。味噌も貰ってないし。煮物はもう無理かな.......」
「「「は?」」」
「え? みんなそんなに煮物がよかった? 頑張れなくもないけど.......なら早く帰らなきゃな。帰ろうぜ」
「「「は?」」」
「え? だから、帰ろうって.......帰ろうぜ? 水原さん家はどっちだ?」
よろ、と全員俺から手を離した。そして、今世紀最大の裏切りにあったとでも言いたげな顔で俺を見る。なんだ、どうしたんだ急に。
「し、七条和臣.......あんた、助けに来てくれたんじゃないの?」
「え? 助け?」
「和臣、まさかと思うけど.......あなた、今迷子なの?」
「あ、うん。3軒隣りのタエさんのとこ行こうとしてたんだ。こんな森あったんだなー、あはは」
固まった2人から目線を落とせば、妹がまた半泣きになっていた。
「えっ!? なんで!? どうした清香、大丈夫か!?」
「和臣様」
「ど、どうしたんですか!?」
若干髪を乱した監視の人が、ふうふうと荒い息を落ち着けながら口を開いた。怖いよ。
「先程、こちらの方々がシャワーへ向かう際、ヒチと遭遇しました」
「シチ? 七条くんの事ですか?」
断じて風呂など覗いてませんよ俺は。
「妖怪です。出会った人間を迷わせ、時には遠く離れた場所にまで移動させられたという事例も報告されています。.......先程、その妖怪に出会った我々は、気がついた時にはこの森の中にいました。そこへ和臣様がいらっしゃったので、救助だと勘違いしました」
「このお姉さん、私達が歩いてたとこに走って来てくれたんだよ! お姉さんしか妖怪だって気がついてなかったから、助けてくれたんだよ!」
「.......いえ、間に合わず私まで迷ってしまい、本来の監視の仕事まで放棄してしまいました。申し訳、ありません.......!」
ぶるぶると拳と声を振るわせながら頭を下げた監視の人と、それを一生懸命に慰める3人を見て。
さー、と血の気が引いた。すると、なにか。
みんな、訳の分からん妖怪のせいでいきなりこんな森の中で迷子になって、やっと助けが来たと安心したらアホな迷子が増えただけだったのか。
上げて落とす。俺はどクソ野郎か。死ねよマジで。
「全員怪我は? ビーサンで痛くないか?」
妹を抱き上げて、葉月にトカゲ入りランプを持たせた。切り替えろ俺、今やるべき事をやれ。ポケットから、式神用の札を取り出そうとして。
「あらー、こんなとこまで来てたかー」
がさり、と。懐中電灯を持った水原さんが、茂みをかき分け出てきた。全員目玉が落ちるぐらいには驚いた。
「はい、これ靴ね。そんな格好で森に来ちゃうなんて、災難だったね」
「み、水原さん.......?」
「この島でヒチが出るなんて珍しいね。まあ、ここから家まで15分ぐらいだから、心配しないでいいからね」
女子達に靴を渡し、俺から空のタッパーを受け取って首のタオルで顔の汗を拭った水原さんは。
「さあ、帰ろうかねー。花火あるからねー」
たぶん全員、水原さんに惚れた。
全員風呂に入って、水原さんが作ってくれた夕飯を食べ、水原さんが買ってくれた花火を水原さんの家の庭でやる。パイナップルまで切ってくれた。俺の元上司がかっこよすぎる。
「.......離島管理部に戻ろうかな.......」
「おばか」
ぼう、とヘビ花火を見ていたら、隣にちょん、と葉月が屈んだ。Tシャツに短パン、少し湿った髪はひとつにまとめられている。
少し離れたところでは、ゆかりんと妹がきゃあきゃあと手持ち花火を振り回して遊んでいた。監視の人はぐったりと家の中からこちらを見ていた。水原さんはにこにこ縁側に座っている。
「和臣、これ」
「ん?」
ヘビ花火にビビっているトカゲをランプごと膝の上に乗せて、葉月が差し出してきた何かを受け取る。
「お、線香花火だ。葉月、これ好きなの?」
「いいえ。いつも火をつけた瞬間には落ちて終わるから、楽しめたことはないわ」
「なんかごめん.......」
線香花火一緒にやろう、って事じゃなかったのか。なんで渡してきたんだ。
「あ! 七条和臣と葉月! 線香花火やるの? なら勝負しようじゃないの! 清香もやるでしょ?」
「うん!」
「.......負けないわ」
葉月が恐ろしいほど冷たい目で線香花火を見下ろしていた。そんな顔してやるもんじゃないだろ花火って。
「じゃあ、せーので火つけるわよ! 負けた人は一発ギャグね!」
「待ってゆかりんそれはちょっと!!」
「せーのっ!」
止める間もなく勝負が始まってしまい、ゆかりんと妹はワクワク顔で手元の線香花火を見つめる。
俺は自分の花火になど目もくれず、危なっかしい葉月の線香花火を見ていた。葉月が一発ギャグなんてしたらどうなるんだ。地球終わるのか。
「あっ!!」
早速ゆら、と揺れた線香花火に、慌てて葉月の手を掴んだ。そのまま固定する。やめてくれ、地球を守ってくれ。
「和兄! 葉月お姉ちゃんの邪魔しちゃダメでしょ!」
「イチャつくなら昼間やりなさいよね」
「あ、あぁうんそうだな!」
「.......」
楽しそうな2人とは対照的に、全くの無表情の葉月は瞬きもせず自分の手元を見つめていて、若干怖い。あとたまに押さえている手が物凄い力で動くのはなんでだ。葉月さん、線香花火は動かしちゃダメなんですよ。だから落ちちゃうんですよ。
「そういえば七条和臣、私の水着、どうだった? 足には自信があるんだけど」
「ぶっ!!!」
「ちっ、落ちないか」
ばくばくと喉から飛び出そうな心臓をなんとか押さえつけ、なんとか落ちなかった俺と葉月の線香花火を見てほっとした。なんて精神攻撃だ。危うく死ぬところだったぜ。物理的にな。
「和兄、ゆかりちゃんのそんなとこ見てたの? 最低」
「うっ」
「.......私」
ぼそ、と隣の葉月が無表情のまま呟いた。違うんですそんなに見てませんあれは不可抗力というか。
「.......私も、水着着たわ。.......見た?」
最後は本当に俺にしか聞こえないほどの甘い小声に、ぼと、と手に持った線香花火が落ちた。今まで線香花火の色が写っているのだと思っていたが、線香花火が落ちた後も葉月の耳は赤く染まっていた。
「あー! やったー! 七条和臣に勝ったー!」
喜んだ拍子にゆかりんの線香花火も落ちた。
「ゆかりちゃん、和兄に勝ちたいの? もともと全部勝ってるよ?」
妹の線香花火も落ちた。俺の自尊心も落ちた。
「.......勝ったわ」
きゅ、と唇の端をあげた葉月の線香花火は、落ちることなく最後まで綺麗に燃えた。今まで葉月の手を押さえていた少し汗ばんだ自分の手を、そっと離す。その手で、熱い顔を覆って。
「.......一発ギャグやりまぁあすっ!!」
スベッた。
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