変人
「七条和臣か。無様だな」
五条当主は、俺の吊った右腕と顔の絆創膏に目線を滑らせてそう言った。前に出た花田さんを手で制し、前に出た。
「どうも」
「最上の術者であるならば、敗北は許されない」
「.......負けたら、失敗ですか?」
「そうだ」
五条は。
いや、先代の五条は。
天才を生み出せなかった。目の前の五条当主は、天才を熱望する五条の家で数々の兄妹達に囲まれ、消去法で望まれぬまま当主になったらしい。
決してこの人が術者として劣っている訳では無い。むしろ術者としては他の隊長と同格、またはそれ以上だろう。
だが、そんなものでは五条は満足しない。五条が望むのは、あの少女のような、圧倒的才だけだ。血のにじむ努力で地を舐め培ったものなど、望んでいない。
「最上の術者って、なんですか?」
「見れば分かる」
「
「それは皆同じこと。我々は皆、主の奴隷だ。七条、貴様達もだ」
そう、俺達はきっと囚われている。強いものに、強い力に。
目の前のこの人も、きっと昔近しい人に、ハルに言ったのと同じことを言われたのだ。
「.......でも、俺はあなたを許せない。ハルに謝れ」
「許しを乞うた覚えはない。謝罪の必要もない。私は、事実を述べたまで。五条治は最上の術者では無い。よって、」
俺達は逃れられない。千年積み上げた妄執から、血から、業から。今なお湧き上がる、欲望から。
「五条治と名付けたのは、失敗だった。」
息が止まる。伏せていた目が開く。
「.......最上でないのならば、五条に縛られる必要はない。治など、五条の名を付けたのは失敗だった」
じゃあ、ハルは。
「他のと同じよう、おなごらしい名を付ければ良かった」
威厳があると思っていた。厳かだと思っていた。五条の妄執に取り憑かれ、ひたすら子を成すだけの感情のない男だと。
いつか、誰かが言った。
「今回の割り当ては適切だった。七条和臣の他に適切な術者がいなかっただけのこと」
「.......はい。承知しています」
この人は、きっと。とても広い人だ。満ち足りていないのではない、あまりに器が広すぎるだけなのだ。
「.......灘勝博は、五条治に必要か?」
「はい、絶対に」
「.......ままならんな」
初めて見たこの人の感情。ほんの少しだけ動いた苦々しい顔を直ぐに戻し、五条当主は長い廊下に消えた。
あの人は、やっぱり五条当主でハルの父親だった。
「花田さん」
「はい」
「人って難しいですね。完全に間違えました」
「そういうものです」
お互い苦笑いして、廊下を歩きだそうと。
「.......し、七条くん.......」
「あれ、詩太さん。お疲れ様です、今日は本部に?」
「う、ウチの隊で.......一般人と接触して.......管理部に、説明しに.......」
「あ、もしかして杉原さん探してます? 俺達もなんですよ、ちょっと封鎖を強化して欲しいトンネルがあって」
詩太さんの顔がどんどん下を向いていく。長い前髪に隠れて表情が見えない。俺の隣で、花田さんが困っていた。
「き、君が来てるって言うから.......ま、待ってたんだ.......。ご、ごめんよ、ストーカーみたいで、気持ち悪くて、こんな根暗が.......」
「いえ、風呂場とか押し入れの中まで入ってこない時点でストーカーでは無いです。全然気持ち悪くありません。待っていてくれてありがとうございます」
「隊長、判断基準がおかしいです。直ぐに警察に連絡を」
「大丈夫です。去年死にました」
「は!?」
花田さんと詩太さんが引いていた。まあ変態の話は置いておこう。
「詩太さん、俺に何か用ですか?」
びくぅっと詩太さんの肩が跳ねた。俺もビビる。花田さんはただ困惑していた。
「.......こ、これ.......君のだよね.......?」
詩太さんが両手で差し出したのは、なんだか綺麗な紙袋。中を覗いた瞬間。
「あっっ!! これこの間失くしたゆかりんの都内限定DVD!!」
「し、
「ありがとうございますぅ.......!!」
今日はなんていい日なんだ。世界って美しい。人って素晴らしい。
「あ、来週のライブなんですけど」
「き、君.......その怪我で、大丈夫.......?」
「たとえ死んでもゆかりんのライブには行きます」
「同感」
頷きあった俺達を、花田さんが完全に困り果てて見ていた。
唐突に、詩太さんが大きく息を吸った。2、3回大きな深呼吸を繰り返し、少しだけ顔を上げた。前髪に隠れている目が、少しだけ覗いた。
「.......この間は、ごめん。ずっと謝れなくて、ごめん」
「へ?」
「君が戻ってきて、良かった。君とライブに行けそうで、良かった」
詩太さんは、そう言うと。
「.......じゃ、じゃあ僕はこれで.......」
早口でそう言って、ダッシュで消えていった。花田さんは俺と廊下の先を交互に見て困っていた。
「花田さん、杉原さん探しに行きましょう」
「は、はい。ですが.......六条隊長は、よろしいのですか?」
「ライブに行ければいいんですよ、俺達は」
花田さんは困った顔で頷いていた。
「変な人達ばっかりねん!」
目の前の襖を開けて出てきた杉原さんに、花田さんが飛び蹴りを食らわせた。
「.......ふ、ふふ。ははは!」
やっぱり。この2人も、俺の彼女も、アイドルも、友達も。
本当に、世の中は変で
ーーーーーーー
春先は運が悪めな和臣。
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