こぼれ話(9)

異音

 元旦。

 京都総能本部で。

 俺は、袖になんの線もなく、胸に染抜きもない真っ黒な着物を着て歩いていた。どうも、九州沖縄離島管理部、末席の七条和臣(免停中)です。兄貴達は今日挨拶らしいですが、俺はただ新しいこの着物を取りに来ただけ。気ままなもんですよ。


「しっっ!!!」


 廊下の途中で、小柄な女性と鉢合わせた。びくんっと全身を強ばらせて、わなわなと唇を震わせている。


「あ、牧原先輩。お疲れ様です」


「ひっ、ひっ、ひっ!」


「え!? ちょっと牧原さんどうしたんですか!? 医療班ーーー!!!」


 喉からおかしな音を出しながらぶっ倒れた牧原さんを起こす。またか。涙出てくる。


「牧原さん! 牧原さん息してください! 息吐いて!!」


「げ、幻覚.......!!!」


「現実です。牧原先輩」


「.......い、生きてる.......!!」


「あ、俺死んだと思われてるんですね」


 俺が死んだという発表はなかったが、明らかに存在を消されかけていたのであのまま俺が死んだ、もしくは何か罪を犯して一条さんに殺されたと諦める人がいても仕方ない。八条隊長だってそうだったし。ちなみに勝博さんは俺より上手く質問を躱し、罰則規定も破っていないのでもう副隊長に戻っている。そのスキルを俺にください。

 気絶した牧原さんを医務室へ運ぶと、お茶くみのリストが出てきた。赤ペンで印がついたところを見ると、あと10分後に隊長・当主(お茶5、水2)ー残雪の間、とあった。ふっ.......来てしまったようだな、この俺の出番が!


「お茶ってどこで入れるんだろう。あと残雪の間ってどこだろう」


 まあなんとかなる、と思ってリストを持って廊下を進めば、なんと運良く目の前に管理部の人がいた。静かに後をついて行って、給湯室へたどり着く。でけぇ、ウチの台所よりでけぇ。テンション上がるぜ。


「もおいーくつねーるーとー寝正月ー」


 自分で歌っておきながら不安になるという悲しい歌を歌いながら茶を入れる。

 茶菓子は持って行っていいのかは謎なので、俺がここに来る前にコンビニで買ったのど飴でも出しとくか。

 お盆に湯のみを乗せて歩く。多分お茶5杯と水2杯ってことでいいんだよな。よし、ノープロブレム。

 問題の残雪の間とやらはどこだ、と探し歩いていると唇艶やかな杉原さんに出会った。


「んま! あの和臣隊長がお茶くみしてるわよん!」


「今は離島管理部の平職員です、部長」


「やっだんもうっ!! 母性ヤバいわよん! あと変なトビラ開いちゃいそうん!」


 開かないでくれ。固く閉じといてくれ。


「あの、残雪の間へ行きたいのですが」


「かしこまっちゃって、かっわいいんだからん! 残雪の間はこっちよん! 今から隊長と当主方がお話し合いですってん!」


「ありがとうございます、部長」


 悶える杉原さんの後をついて行く。ていうか最悪だな。当主と隊長の会議中かよ。最悪だ。しかもいつもの部屋じゃないってことは、零様は口だししないほどの通常業務などを、にお話し合いしている最中だろう。これはこれでみんなヒートアップしがちなので面倒くさい。この後新年会とかビンゴ大会とかになるらしいのだが、俺は1度も出席したことが無い。これからもあんまりしたくない。


 今、特別隊の隊長は空席ということになっている。

 俺が降格になった時、花田さんが俺が絶対に帰ってくるのだから絶対に代わりの隊長は置かないと半ギレで各所に乗り込んだらしい。やめてください花田さんも目付けられますよ。


「ここよん! じゃ、アタシお仕事だからん! あと、花田は今経理部で春子ちゃんの愛妻弁当抱えてカサカサになってるわん! 顔見せてあげてねん!」


「はい、ありがとうございます」


 花田さんの正月休みは4日から1週間。俺が降格になる寸前に謹慎がとけた杉原さんに頼み込んでおいた。後は頼みます、と。おかげで1週間休んでもらえることになった。よかったよかった。


「お茶お持ちしましたー」


 襖を開けた瞬間。


「五条おおおおおお!!!」


「むう。だって帰りたいんだもぉん.......つまんないだもぉん」


「これ終わったらお前ぇの為にこんな気持ちの中ビンゴやってやんだから仕事はしろや!! 七条の気持ちも考えろってんだ!!!」


 やっぱりヒートアップしていた。仕方ないので、黙ってお茶を配る。あれ、ちょっと待てよ。誰にお茶と水配ればいいんだ。湯のみを持っていない人を探して、何となく一条さんは水なんじゃないかと差し出せば、「.........................茶」と言われた。外したか。


「申し訳ありません」


「.....................................いい」


 他の湯のみを持っていない人を探す。


「八条隊長、お茶お持ち致しました」


 興奮した人達をなだめていた八条隊長は、ああ置いといてください、と目線もくれず言って、落ち着いてください! と声を上げる。大変だな。仕方ないからのど飴も置いといた。別にこの人のこと好きでもなんでもないけど、まあ表面上な。大人の階段登ってやるよ。別にやっぱりいい人じゃんとか思ってないからな。


「七条隊長、水ですか水ですねどうぞ」


「ん? いや俺は茶.......ってお前なにしてるんだーーー!!!」


「おうるさいでございます七条隊長。悪かったな牧原さんじゃなくて」


 取り敢えず兄貴に水を押し付ける。ハルはケラケラ笑い出し、4分の3ぐらいの人ががばっと姿勢を崩した。のこり4分の1ぐらいはため息をついている。たぶん俺が生きていると知っていた人だろう。そして口止めされていたんだろうな。どうもすみませんね。


「五条隊長、お茶お持ち致しました」


「和臣だぁ! やっと出れたのねぇ! じゃあもう和臣のお話していいんだぁ! やったねぇ、いっちー! わぁ、和臣、本当によかったねぇ! おいでぇ、一緒にビンゴやろぉ?」


「しっ、七条君!? 生きてたんですか!!」


 4分の3ぐらいの人達がドン引きしていた。完全に俺が秘密裏に殺されたと思ってたな。残念でした、ギリギリ首の皮一枚繋がってました。

 今の俺は隊長では無いので、なんだか気持ちが軽い。お茶出して帰るという使命だけを胸に、その他に怯えることなく任務を遂行する。.......俺お茶くみ向いてるかもしれない。


「.....................................殺して、ない」


 どことなく、本当に微かに不機嫌そうな一条さんがそう言った。父や数人が申し訳なさそうにしている。多分責めたな。すみません一条さん。


「失礼致します」


 全員の舐めるような視線を受けながら部屋を出た。大丈夫、今の俺はお茶くみ係。あんな怖い人達とはこれ以上関わらない。さあ花田さんに会って帰ろう、とした所で。


「行かせるかっ!!」


「へ?」


 優止に首根っこを掴まれ部屋に引きずり込まれる。ハルはニコニコ楽しそうに1人で話していた。


「お前.......! 戻ってきたなら連絡しろよ! なんで報告しねぇんだよ! 生きてんなら早く言え!! この野郎、この野郎!」


「申し訳ありません、九条隊長」


 あぁ? っと優止の眉が寄る。視界の隅で、チラチラとこちらを見ている詩太さんが口を開いては閉じるを繰り返すのが見えた。そして結局下を向いて黙ってしまう。どうしたんだろう。お茶欲しかったのかな。


「おい、お前なんで敬語なんだよ。俺たち漢友達だろ?」


 自分の着物を指さす。それを見て、ほとんどの人が目玉が落ちそうなほど驚いていた。ハルはケラケラ笑っている。楽しそうでなにより。


「離島管理部所属、七条和臣です。本日は急遽、本部の者に代わりにお茶をお持ちしました」


「か、和臣.......が、平職員.......?」


「はい。では、そろそろ失礼します」


「えぇー! 和臣ビンゴやらないのぉ?」


 ハルが本当にガッカリしたような顔をする。何となく悲しそうにも見える。だが。


「予定がありますので。.......ハル、楽しんでな」


「うん! またねぇ! 和臣、勝博が会いたがってたからぁ、今度会ってあげてぇ! 出れてよかったねぇ、和臣ぃ!」


 ニコニコと笑うハル。それに少し笑い返して、一礼して静まり返った部屋をあとにした。


 そして、経理部の部屋へ行った。

 失礼します、と声をかけた瞬間花田さんががばっと抱きついてきて、中田さんはその場に座り込んでいた。ちゃんと2人に色々話して、経理部の部屋を後にする。


 そして。


「.......し、七条.......様!」


「様はいりません。今は牧原さんの後輩ですから。.......ご指導いただけますか? 結先生」


「!、、!?、!、??」


 それから、牧原さんにお茶の入れ方と古典を教わって帰った。



 後日、本部給湯室に異音騒動が出たことを知った。


 完全に俺だった。

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