Yes and No

 姉が口を開いた。


「こっくりさん、こっくりさん。どうぞお戻りください。今回は失礼しました」


 十円玉は「No」の方へ。教室の隅で俺達を見ている「こっくりさん」は、まだまだ機嫌が悪いようだった。兄貴が口を開く。


「こっくりさん、こっくりさん。どうぞお帰りください」


 また「No」。父が口を開く。


「こっくりさん、こっくりさん。お戻りください」


 十円玉は「No」の所でぐるぐると動く。

 次は俺が話す。


「こっくりさん、こっくりさん。グラタン作る時ホワイトソースって手作りがいいですか?」


 全員に殴られた。かなり強め。


「「「この、.......バカっ!!」」」


「いたい.......だって美味しく作りたいから.......」


 十円玉が「Yes」の方へ動いた。やはり手作りか。さらに十円玉はするする動いていく。


「ば、た、ー、た、か、い、の、つ、か、え、.......姉貴、帰り高いバター買っていい?」


 もう皆黙ってしまって、それぞれ別々の方向を見ていた。


「.......俺また質問していい?」


「「「お帰り願え!!」」」


「.......こっくりさん、こっくりさん。お帰りください。俺めっちゃ怒られる.......」


 十円玉は、「な、ん、か、ご、め、ん」と。

 こちらこそ気を遣わせてごめんなさいね。


「こっくりさん、こっくりさん。どうぞお戻りください」


 それでも十円玉は「No」の方へ。


「こっくりさん、こっくりさん。なんで帰ってくれないんですか? 昼間そんなに嫌な事されたの?」


 十円玉は「No」。そしてゆっくりゆっくり、動いていく。「し、つ、も、ん、に、こ、た、え、る」と。


「いや、結構いいアドバイス貰ったし.......もう答えてくれましたよね? ホワイトソースのレシピは本買うから教えてくれなくて大丈夫です」


 十円玉は「No」の方へ。


「ええ、そんなにいいレシピが!?.......うおっ」


 教室の隅から飛んできた「こっくりさん」が顔面に張り付いた。十円玉は「No」へ。


「和臣、霊力引っ込めろ。退治しちゃうだろ」


「ごめん、びっくりして.......」


 俺の頭の上でふさふさの尻尾を揺らしている「こっくりさん」は、じっと姉を見ていた。


「.......もしかして、もっと女の子らしい質問がいいんじゃないか?」


 父さんが呟くと、べしべしと尻尾が俺を叩く。


「「「.......詰んだな。退治するか」」」


 きゅっと頭の上で鳴き声がした。若干震えている。


「ちょっと。ここに素敵なレディがいるじゃないの。何が不満よ」


「姉貴、質問とかあるの?」


「ない。人に聞く前に自分で調べるし、他人の答えなど欲しくはない」


 完全に詰んでる。父が震える声で言った。


「う、うちの長男に.......いい人は、出来ますか.......?」


 兄貴が机に突っ伏した。「こっくりさん」はぶんぶん尻尾をふって喜んでいる。

 十円玉はグラグラ揺れて「Yes」も「No」も指さなかった。


「「「.......」」」


「俺が一体何をした!? 俺はどうすればいい!? なあ!?」


 十円玉はぴくりとも動かなくなった。兄貴も動かなくなった。


「こっくりさん、こっくりさん。お帰りください.......」


 でも十円玉は「No」へ。


「.......俺のダメージは一体.......無駄にハートブレイク.......」


 父と兄貴が黙りこんだので、姉が質問をした。


「こっくりさん、こっくりさん。私は.......」


 急に小声になって、質問は聞き取れなかった。

 ただ、十円玉が「Yes」を指した。


「.......こっくりさん、こっくりさん。どうぞお戻りください。.......ありがとう」


「Yes」を指して、狐の霊は帰って行った。

 落ち着かない父と床を見つめる兄貴を無視して、机の紙をビリビリに裂いた。姉は十円玉を札で巻いて胸元にしまった。


「和臣、帰るよ」


「う、うん.......」


「「.......」」


 兄貴も父も中々動かない。姉が怒るかな、と思って見ていると。


「.......私、お腹すいた」


「「「へ?」」」


「.......なんでもない。ほら、早く帰るよ!」


 姉がスタスタ出て行ってしまったのを、慌てて追いかけた。


「静香、なんか食べるか? どこか寄るか?」


「父さんが好きなとこ連れてくぞ? ほら、行きたいとこ言いなさい」


「.......グラタン食べる? 俺これから作るけど.......」


「.......太るから食べないわよ。ほら、さっさと歩きな!」


 やけにニヤニヤした姉が坂道を登って行く。

 俺達は結構焦っていた。姉の意図が分からない。怒っている訳ではなさそうだが、絶対に普通では無い。


「.......兄ちゃん、ひとつの可能性を思いつきました。実行した結果骨も残らないかもしれない。それでもやろうと思います」


「.......父さんも思いつきました。骨拾いは頼む」


「ま、待って俺全然思いつかない!」


 2人がさっと姉の隣りに並ぶ。そして。


「え?」


 2人で姉の頭を撫でた。そのまま、なんと兄貴が姉を抱え上げた。


「わ、わ、兄貴のバカ.......!」


 骨も残らないぞ。

 驚いた顔の姉に父が何かを話すと、姉がくしゃっと笑った。


「.......え?」


 姉は兄貴に抱えられたまま、ニコニコ笑っていた。その顔がどこか妹に似ていて。

 ああ、今姉は俺の姉ではなくて、兄貴の妹なのかな。と思った。


 しばらく黙って後ををついて行くと、急に姉が兄貴から降りて俺の方へ走ってきた。ニコニコしていて、いつかを思い出した。


「和臣おいで! お姉ちゃん手繋いであげるから!」


「.......うん」


 恥ずかしいが、姉の機嫌が最高に良かったので、それを壊したくなくて大人しく手を繋いだ。


「うわー。和臣、お前もう高3なのに.......」


「うっさいバカ兄貴」


「あ、こら和臣。兄に向かってバカはダメだろう」


 まだニコニコしている姉は、俺の手を離さなかった。


 昔。姉が高校生になった時。

 制服が届いた日に部屋に呼びつけられて、ずっと制服の自慢をされた。高等部の制服の方が可愛いと、何度も聞かされた。

「兄さんとあんたはブレザーだけど、私はセーラー服。母さんも昔はセーラー服だったのよ」何度もそう言って、夏服まで着ていた。


 でも、姉は高校卒業と共に制服を捨てた。

 勉強は得意だったはずなのに、大学にも行かなかった。


「.......姉ちゃん」


「なに? あ、バター買うの忘れたわね」


「姉って、どう?」


「はあ? .......楽しいよ、お姉ちゃんで良かった」


 兄貴と父が家の門をくぐって、玄関の鍵を開けた。

 ぱっと繋いだ手を離される。


「姉ちゃん!」


「なによ」


「本当に、セーラー服嫌い.......?」


 姉は驚いた顔をして。ニヤッと笑った。


「YesかNoか、そんなにハッキリ分けられる物なんて少ないのよ。特に女はね。覚えておきな」


「いえす、お姉様」


 その後普通のバターでグラタンを作った。

 良くも悪くもない味だった。





ーーーーーーー

「こっくりさん、こっくりさん。私は、幸せな姉でしょう?」


結局女の子の質問ならなんでも良かったこっくりさん。

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