人間

 知らない山の中を進む。もうヤケクソだった。

 零様だって山の中にいる時ぐらいあるだろ。大丈夫だ俺は絶対零様のところに向かっている。


「ひぃっ」


 ばきっと木の枝が落ちてくる。後1歩で俺は下敷きだった。


「運悪い.......」


 道満さん絶対何も持ってくれてないだろ。

 少し慎重に進む。その後も巨大ムカデを踏んだり水をかぶったり災難続きだった。


「.......俺、死ぬ?」


「はははぁ! だから言ったのさ! 君の所の山なら、守ってもらえるからね!」


「.......」


「あれ? はははぁ! どうしたんだい和臣くん!」


 変態の踵を踏む。ぞくぞくすると言い始めたので、変態の白い着物の袖を掴んだ。


「これは.......ご褒美かな? 」


 真顔になって聞いてきた変態を無視して、袖を引っ張って山を進む。


「.......」


「あれ? 本当にどうしたんだい和臣くん! 確かに君、いつも運がいい方だからね! こんな事は始めてだろうけど!」


「.......これなおる?」


「大丈夫だよ! 明日には元通りさ!」


「.......あっそ」


「その素っ気ない返事! 最高だよ! 君はどこまで最高なんだ! はははぁ!」


「.......あのさぁ、俺さぁ」


 急に視界が開ける。木が無くなって、人の手が入った場所に出た。どこか、見覚えのある場所。


「和臣くん。君、今日方向音痴治ってないかい? 」


 変態が若干引いた声で言う。俺も引いていた。自慢では無いが、俺は迷子になったら最後自力で人の居る場所になどたどり着いたことは無い。迎えに来てもらうばかりだ。


「.......もともと俺は方向音痴じゃ無い」


「はっははー」


「おい、せめていつもみたいに笑えよ。なんだその笑い方」


 まだ咲いていない大きな桜の木の前で。千年前と変わらない庭で。千年生きる変態と向かい合う。


「.......俺さぁ、さっきお前の」


「七条和臣!!」


 ばちんっと音がして。誰かに肩を引っ張っられて、地面に倒される。


「何をしている!? 取り憑かれたのか!!」


 目の前に立つのは。俺達能力者の頂点に立つお方。どこまでも真っ白で、次元の違う術者。

 あの人の、変態の友達の、遠い子孫。


「零様! あの!」


「七条和臣! なぜここにいる! それにこの.......悪しき物は、なんだ」


 怒っている。感情など無いように思っていた白い人が、鋭い目をして怒っている。


「ち、違います! こ、この者は確かに悪いものですが.......て、天の時の者です! いつも助けてくれて.......!」


 報告はしたはずだ。変態の討伐は取り下げられたはずだ。ただ。

 零様は、変態を見たことがなかった。


「.......魅入られたか。動くな」


 びしっと体が固まる。口が動くだけで、声が出ない。


「祓は後でやる。それまで、待て」


 嫌だ。


「おやおや? 随分急な展開じゃないか!」


 おい、何してるんだ変態。早く挨拶でも何でもして、悪い奴じゃないって分かってもらえ。


「私が屠る」


「はははぁ! それが出来たらいいけどね!」


 零様が手刀を落とせば、変態の腕が落ちる。

 何してんだ変態。さっさと逃げろよ。


 その後も、変態は零様に刻まれ続けるだけ。避けもしないし、動きもしない。

 俺が何か言わなくては。変態はそこまで悪い奴じゃないと言わなくては。あなたの家が千年共にいたのは、その変態だと言わなくては。

 この桜の前で、あなただけは変態をそんな目で見ないでくださいと、言わなくては。


「なかなか上手じゃないか! あと100年あったら、僕を殺せたりしてね! はははぁ!」


「今私が消そう。私の中の何かが、お前をここにいさせてはならないと騒ぐのだ」


 やめてください。あなたがそんな事言わないでください。ずっと共にあるって、約束したじゃないですか。あなたのご先祖さまが、言ったじゃないですか。


 その変態、まだ結構人間臭いんですよ。友達にしたら、結構面白いやつなんですよ。


「なぜ死なぬ」


「死ねないんだよ! 体が人間と別物になってるからね! はははぁ! 今は和臣くんのおかげで死んだら黄泉には行けそうなんだけども!」


「.......体が、別物?」


 ぴくっと白い人の眉が上がる。


「.............貴様の、ためか」


「んん? どうしたんだい? ほらほら、もう終わりなら僕は帰るよ! 和臣くんと一緒にね!」


 変態が指を鳴らそうとして。また腕が落ちた。


 零様から、洒落にならないレベルの霊力が溢れる。俺には理解出来ないような術が何重にも重なって。

 真っ白な手が、ゆっくり上がる。


「.......我が家は」


「気をつけたまえ! 和臣くんに当たるだろう?」


 変態がぴんっと指を弾けば、俺の周りは静かに落ち着く。零様の周りは嵐よりも荒れていて、それでいてあの白い人はどこまでも静かで冷たかった。


「千年。千年、使い道などない術を考え続けた」


「へぇ! それは知らなかったよ! 君達は合理的なタイプだと思っていたけどね!」


 白い手が、引を結んで。


 真っ赤な唇が、言葉を紡ぐ。変態を殺すためだけに作られた、白い術を。





「【滅零の零れい世維明櫻せいめい】」





 そこで、理解した。

 あの白い人は、変態を殺す。変えられない。変えてはいけなかった。

 ずっとずっと、それだけを考えて千年繋いだ家なのだ。

 俺なんかが、邪魔してはいけなかった。


「はははぁ! いい線いってるよ! ちょっと死ねそうだね!」


 なら。

 さっさと死んどけ、変態。

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