花見

 週末。

 ゆかりんと葉月も誘って、裏山に桜を見に行った。


「和兄、肩車して!」


「おー、疲れたか?」


 珍しく甘えたような声の妹を肩車して、先頭を切ってずんずん山を進む。


「だって和兄歩くの速いんだもん」


「山だと迷わないからな!」


「和臣ー! お前先行くなら荷物持てよ!」


「女の子もいるんだからもう少しゆっくり歩きな!」


 兄貴と姉が下から声を掛けてくる。

 父は葉月達と何やら話していた。

 それでも、ずんずん先を進んだ。そして。


「ついたー!!」


 桜が何本か咲いている、少し開けた場所。

 妹を下ろして、荷物を覗く。


「弁当食べよう」


「和兄、まだみんな来てないよ」


「清香が作ったんだろ? 早く食べたい」


「うん。和兄が勝手に食べちゃったおにぎりもね」


「……お腹空いてたんだよ」


 頭上からじっとりとした視線を感じたが、桜を見て忘れることにした。

 遅れて兄貴達がやって来て、弁当を広げる。


「和臣! お前帰りは荷物持てよ! 重いものは全部兄ちゃんに持たせやがって!」


「帰りもよろしく」


 無言で頭を叩かれた。


「孝臣、静香。酒飲むか?」


「あら、父さんも飲むの? 珍しい」


「花見だからなぁ……」


 弁当を広げていると、葉月がおもむろに何かを取り出した。


「和臣、私もお弁当作ってきたの」


「え。葉月が? .......大丈夫か?」


 葉月の裁縫を思い出して警戒を高める。


「これよ」


 ぱかりと開いた弁当箱の中には、ぎっしりウィンナーが詰まっていた。


「……指?」


「本当はタコさんにしようとしたんだけど、砕けたのよ」


「……そうか」


 隣に座ったゆかりんが、葉月を人里に降りてきた熊を見る目で見ていた。


「七条和臣、私はお菓子買ってきたの……普通のよ」


「ああ……。ありがとう」


 そのあと、俺は弁当と誰もウィンナーを吐くほど食べて、その横で妹はゆかりんのお菓子をニコニコして食べていた。

 父達は、酒を飲んで上機嫌になっていた。


「おや? 和臣くん、ウィンナーが好きなのかい?」


「……すごく好きってわけでもないけど、このまま残せないだろ……」


「こんなにぎっしり詰まっていると、少しグロテスクだね! はははぁ!」


「指に見えるよな……ん?」


「はははぁ! 本当に来てくれるなんてね! 君と桜が見られるなんて! 幸せだな!」


「うわぁーー!!! なんでいるんだ変態ー!!」


 いきなり現れた白いスーツの変態に、持っていたわり箸を投げつけて、大声で叫ぶ。


「兄貴ー!! 変態が! 父さんー!!」


「うん? たのしそうだな?」


「和臣も大きくなったなぁ。楽しいか?」


 ダメだった。うちの人達は酒を飲むとなんでも楽しくなってしまうのだ。


「落ち着きたまえ! 今日は楽しく花見に来たんだ!」


「信じられるかこの変態!」


 葉月が静かに近づいてきて、黙って2リットルのペットボトルで変態の頭を殴った。


「「ひっ」」


 俺とゆかりんがドン引きしている間、葉月はもう一度ペットボトルで変態を殴った。


「殺すわ」


「はははぁ! 相変わらずだね!」


「は、葉月! その人誰、ってかそんな力で殴ったら、あっ!!」


 ゆかりんの制止も聞かずもう一度ペットボトルを振りかぶった葉月を見せないように、妹の目を隠した。


 ばきゃんっと音がして、変態が死んだ。


「はははぁ! 痛いね!」


 変態ゾンビになった。


「京都の桜はもう見たからね! 今年は君と見たかったんだ!」


「ん? あんた……富士山であった人か?」


 酒で真っ赤になった兄貴が、ゆらりと変態を見た。


「はははぁ! 人かは怪しいところだけどね!」


「あの時は……ありがとう。助かった。一緒に飲まないか?」


「はははぁ! 和臣くん、君の家族は愉快だね! こんなに気軽に酒を勧められたのは久しぶりだよ!」


「まあまあ、こっちに来て飲みなさい。飲んでから話そう」


 真っ赤になった父さんまでも変態を呼ぶ。


「父さん、兄さん。酔いすぎよ。ワインにしましょうか」


 姉は涼しい顔で酔っている。


「はははぁ! 愉快だ!」


 ゆかりんが静かに妹を連れて離れていった。

 俺も連れていって欲しかった。

 まだペットボトルを手に葉月は冷たい目で変態を見ている。


「葉月、落ち着けって……」


「どうしたら殺せるかしら?」


「コイツ死なないから……」


 姉に無理やりワインをボトルで飲まされている変態を見なかったことにして、葉月を座らせる。


「はははぁ! げほっ、愉快だね! げほげほっ」


「もっと飲みなさい。楽しく飲もう」


「はははぁ! いや、僕は和臣君と……」


「ほら、焼酎開けるぞ」


「まだチューハイもあるわよ」


「和臣くん! 大変だ! 助けてくれ!」


「……頑張れ。うちの家族はザルだぞ」


「もう充分飲んだんだよ! 僕は和臣くんと花見がしたいんだ!」


「葉月、あっちの桜見に行こうぜ」


 葉月は無言で立ち上がって、今度は弁当箱の角で変態を殴った。


「今、行くわ」


 葉月を本気で怒らせてはいけないと確信した。


 山の桜は、公園の様に手入れされている訳では無いが、綺麗だった。


「和臣。私、お母さんに手紙を書いたの」


「へえ」


「電話は自信がなくて。でも、少しでも分かってもらいたいの」


「大丈夫だよ。葉月は不器用だけど、絶対に伝えられるから」


「……ありがとう。もし、もし伝わったら。私と一緒に、家に来てくれる……?」


「もちろんだ」


 ふわりと笑った葉月は、桜よりも綺麗だった。

 その後、出来上がった兄貴達を引っ張って山を降りる時。


「和臣くん!」


「なんだ変態、さっさと京都に帰れ。せっかく俺が書類書いて無害で謎な怪異ってことにして許してもらったんだから、悪さすんなよ」


「はははぁ! 最高だね! っと、そうじゃなくて! 1つだけ教えてあげようと思って!」


「なんだ変態」


「はははぁ! 君を呼んだのは僕だけじゃないのさ!」


「はぁ?」


「君も、君の母上も。相当愛されているんだよ」


「何言ってるんだ変態」


「今日は君のための桜だったのさ! 君が桜を好きになるようにね!」


「……」


「君は自分が天才だと分かっているけど! この山は天より君を愛しているよ」


「……知ってる」


「はははぁ! じゃあ、僕は帰るよ! 正直に言って吐きそうだ! はははぁ! じゃあね!」


 ぱちんっと指を鳴らして変態が消えた。


 父達は家に帰ってからも酒を飲んでいた。

 ゆかりんと葉月はうちに泊まることになり、ゆかりんはいつの間にか懐いていた妹と一緒に寝るのだそうだ。


 部屋で自分のカバンを開けると、桜の花びらが出てきた。


 俺も、母さんも山が好きだった。

 山の中だけでは絶対に道に迷わなかった。


 山に愛されてることは、分かっている。


 でも、母さんが死んでから俺は山に行かなくなった。

 1人で山に行くのは悲しくなった。

 桜を見ると綺麗だと思うと同時に悲しくなった。


 でも。これからは、葉月を連れて桜を見に行こうと思った。

 葉月が行きたい所も、俺が行きたい所も、どこだって。

 2人で行こうと思ったのだ。

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