第35話 裁縫

「【れつ】」


 深夜の公園、葉月が最後に術をかけて終了。


「さすがだな。もうここら辺の妖怪は全部退治しちゃったかもな」


「そう! やったわ!」


 嬉しそうに札を仕舞う葉月は、仕事開始2日で公園の妖怪を全滅させた。術者歴半年未満とは思えない、恐ろしい腕である。


「じゃあ、仕事は終わりだな。明日婆さんのところ行って報告したら報酬がくるぞ」


「.......いくらぐらいかしら?」


「うーん。今回のは.......大体2万円いかないくらいじゃないか?」


「そ、そう! そうよ、それぐらいが普通よね!」


「指定の妖怪になると値段が上がるんだよ。夏の九尾もその1つ」


「あのお金、どうすればいいのかしら.......」


「好きに使えば? 」


 葉月は夏場冷蔵庫に入れ忘れた牛乳を見るような目で俺を見た。


「とりあえず早く帰ろうぜ。明日から文化祭準備だし」


「確か、和臣は大道具係だったわね」


「葉月は裁縫だったな」


「.......そうね」


 次の日。

 通常授業がなくなり、学校にいる一日中が文化祭準備に当てられる。これが全部で3日間。

 うちのクラスの出し物は喫茶店なので、事前準備は教室の飾り付け、衣装の準備、小道具の制作がメインになる。


「和臣! 早く運ぶぞー!」


「重すぎないか? これ何に使うんだよ」


「壁だよ壁! それに大して重くないだろ、ほとんど山田が持ってんじゃん!」


「和臣、もっと早く歩け。歩きにくい」


 山田と端と端を持って大きなベニヤ板を運ぶ。正直もうやりたくない。

 腕はもうぶるぶるだし、3階の教室まで荷物を持って上がってくることはもうゴメンだ。


「和臣、お前そんなのでなんで大道具係にしたんだ」


「あの女子達の中に混じってお裁縫しろと?」


 クラスの一角では、女子達が浴衣の丈を直したり、小物を作ったりしている。

 葉月や川田もいて、きゃいきゃいと楽しそうだ。


「むしろご褒美だろ!」


「じゃあ田中が行けよ」


「俺家庭科の成績2だぞ! 玉結びまでしかできない!」


「そっか、田中ってばかだったな」


 騒ぎだそうとした田中を、山田がどうどうと宥めて。


「それにしても、裁縫じゃなくても、買い出し係とかあっただろ」


「ふっ.......。俺は生まれてからずっとこの地域に住んでいるが、未だによく使う道以外が分からない。学校から買い物に行って戻ってくる自信はない!」


「.......和臣、お前、中学の時よく学校の中で迷子になってたな」


「今も少し不安だ! 絶対に1人にしないでくれ! 寂しくて死ぬ」


「可愛くないうさぎだな.......」


 昼休憩を挟んで、また準備に取り掛かる。


「.......和臣」


「.......なんだ、学校ではあんまり話しかけるなよ」


 学校では珍しく、葉月が小声で話しかけてきた。

 幸い田中はどこかへ行っている。ほかの男子も作業に入っていて、俺達を見ている奴はいない。


「.......あの、あのね。その」


「どうした?」


 葉月が、まゆを寄せ斜め下を向き、モジモジと恥ずかしそうにしている。

 普段からは考えられない姿に、少しきゅんっとなった。


 まて、どういう事だ。


「あの、ね。和臣って、裁縫得意?」


「.......まあ、一応」


「私、どうしても玉結びが出来なくて。午前、中何も出来なくて」


「.......」


「あ、あと。針を何本か折っちゃって。危ないから、私は見てるだけでいいって言われて」


「.......」


「布でも切ろうかしらと思ったんだけど、ハサミに迷いが無さすぎるって言われて」


「.......」


「だ、だから。その、和臣なら、教えてくれるかしらって、思って」


「.......葉月、危ないから見とけよ」


「私も役に立ちたいのよ!」


「わっ、ばか。声がデカい.......!」


「どうした?」


 葉月の大声に気づいた山田がやってきてしまった。


「い、いや。その、まあアレだな! やっぱり俺は裁縫やろうかなと!」


「別に大道具係はそれでも構わないが.......水瀬は?」


「あー、その」


「わ、私が大道具に移ろうかと思ったの! それでかず.......七条くんと交換しようって話してたの!」


「水瀬が? 大道具は結構重いぞ」


「私、力には自信があるのよ!」


 山田はまだ少し納得していない様子だったので、俺は隣で葉月の言葉にうんうんと頷いておいた。


「まあ、水瀬がいいならいいけど。和臣、お前はいいのか?」


「大丈夫だ! 俺は家庭科の成績5だぞ!」


「.......ならいいが」


「さあ! 私も何か運ぶわ! 頑張りましょう!」


 若干テンションがおかしい葉月が大道具に移ったことで、男子全員のやる気が変わる。教室に戻ってきた田中は奇声を上げてまた出ていった。

 作業再開後、葉月は重いものも軽々運んでいた。

 恐らく、俺より戦力になっている。


 対して俺。

 葉月が座っていた席にある針と糸を借りて、1人で黙々と裾上げ。女子達に話しかける勇気などなく、黙って作業をこなす。涙で滲んで見えなくなる前に、手早く作業を終わらせようと手を動かした。


「うっわ.......七条、めっちゃ上手なんだけど」


「ほんとだ、はやーい!」


「上手ー」


 田中へ。お前の言う通りだった。ご褒美でした。

 俺は一生ここで生きていきます。


「.......男なのにね」


「ね、なんかちょっとね」


「葉月より体力ないしね」


 すいません。救助要請です。今すぐ助けてください。


「で、でも。本当に上手だね。お裁縫、好きなの?」


 なんと、隣にいた川田が話しかけてくれた。田中へ。俺はやっぱりここで生きていきます。


「ま、まあ。得意ではあるかな」


 俺へ。もっと気の利いた返しをしろ。死刑にするぞ。


「へ、へえ」


 会話が終わった。被告人七条和臣、死刑。

 その後も会話はなく、その日は無言で作業をこなした。

 黙々と縫っていたら、女子達がヒソヒソと「人間ミシン」と言っていたのを聞いた。聞きたくなかった。


 帰り際、なんだか変に疲れた様子の葉月に小声で言う。


「おい、婆さんの家に行っててくれ」


「……元々そのつもりだけど、どうかしたの?」


「裁縫、教えるから」


「! わかったわ! ありがとう!」


 葉月は嬉しそうに目を輝かせ、ほんの少し広角をあげて走って教室を後にした。そういうの、目立つので控えてほしい。

 帰り支度をした俺も教室を出て、慣れた道を進み婆さんの家の前まで来た時。


「あれ……封筒がない」


 鞄に入れたはずの黒封筒が無かった。

 どっと滲んだ冷や汗が止まらない。中身が可愛いシールだろうと、あれを無くすのはまずい。


 踵を返し、走って学校に戻る。恐らくノートと一緒にロッカーに紛れたのだろう。そうであってくれ。


 焦って教室の扉を開けると、中には川田がぽつんと立っていた。


 彼女だけが残った夕暮れの教室は、青くキラキラと輝いていた。

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