第33話 帰路

 部屋から出ると、涙目の女子2人が待っていた。


「あ、七条和臣! ね、ねえ。私消されるのかな!? 消されるのかな!?」


「和臣、どうしよう!?」


 慌てたように2人が駆け寄ってくる。

 それに、俺は。


「めっちゃ怖かったーー!! 泣きそうー!」


 膝が笑ってしまって、その場にしゃがみこむ。


「え? なんなの? 勧誘されても殺される、断っても殺されるって、なに? 俺のことそんなに嫌いかよ!」


「どうしたのよ、ねえ!」


「なにあの人、めっちゃ怖い。零様もそりゃ怖いけどさ! なんか違う感じじゃんあれは! ヤクザ的な怖さだったよ!」


「和臣、どうしたのよ!」


「もうやだぁ.......。兄貴と父さんいなかったら絶対殺されてたじゃん.......。もう帰る.......」


「ちょ、ちょっと。七条和臣、あんた本気で泣いてんの?」


「.......俺はいつでも本気だ」


「ガチ泣きじゃない.......」


 2人はカビた餅を見る目で俺を見た。


「七条和臣様、水瀬葉月様、町田ゆかり様。こちらへどうぞ」


 突然声がかかった。

 真っ白の着物を着た女が、俺達を呼ぶ。

 女に案内されたのは、さっきの部屋とは打って変わってこじんまりとした和室。


「少々、こちらでお待ちください」


「あ、すいません。お茶ください」


 2人がぎょっとしたように俺を見る。

 ゆかりんは口を開けたり閉めたりして、葉月は目を見開いて固まっていた。


「承知しました。少々お待ちください」


 お辞儀を残し、女が和室から出ていった。

 俺は足を崩して、やっと一息ついた。


「はあ、帰りたい.......」


「か、和臣! あなたどんな神経してるのよ!」


「そうよ! さっきまで泣いてたくせに、普通お茶要求する!? あの人が怒ったらどうすんの!?」


「だって、喉乾いたし。それにあの人、人じゃないから」


「「え?」」


「誰かの式神だろ。怒らないよ」


「お待たせしましたー!」


 部屋に入ってきたのは、黒いメガネをかけ、髪をきっちりと七三分けにした男。


「いやぁ、すいませんね。お茶はもうすぐ来ますから」


「どうも」


「私、本部経理部の、花田はなだ裕二ゆうじと申します。今回の報酬のお話でまいりました!」


「七条和臣です」


「いやぁ! さすがですね! 九尾退治とは! しかも、他の妖怪も相当な数だったでしょう?」


「はあ、まあ」


「零様がほとんど退治したと言っても、漏れた数は相当だったらしいですしね。今回はもちろん、その分もお支払いしますよ」


「どうも」


「あ、お茶が来ましたね。どうぞ」


 俺がお茶を啜ると、隣の2人もお茶を飲んだ。


「うわ、その手。痛そうですね」


「? ああ、もう痛くないですよ」


 怪我の痣はそのままの指をわきわきと動かす。

 2人がぎょっとして、小声で「.......変態」と言ったのを、俺は聞き逃さなかった。聞きたくなかった。


「それで、今回のお支払いですが。こちらでどうでしょう」


 すっと、微妙な大きさの紙を差し出される。

 受け取ってひっくり返し、金額を見ると、ゼロが7つ。

 1000万円。恐らく九尾討伐で800万ぐらいで、その他が200万ぐらいだろうか。首を落としてもらったと言うのに、大分太っ腹だ。

 葉月とゆかりんは手の中の紙から目を離さない。


「それから、七条様には今回の討伐記録が付きます。お二人には本部の連絡先をご紹介します」


「ひっ」


 ゆかりんがこの人の前で初めて声を出した。


「では、私はこれで! 帰りのお車はご用意してますのでね! お気をつけて!」


「どうも」


 男性が部屋から出ていって、俺が残りのお茶を飲んだ後。


「.......ねえ、和臣。この金額は、なに?」


「討伐報酬」


「.......」


「.......七条和臣、本部の連絡先って?」


「本部の連絡先。公開されてるものじゃなくて、直接本部の人間に繋がるやつだろ。上手く使えば本部勤めになれるかもな」


「.......」


「帰ろうぜ」


 2人は黙って俺の後をついてくる。

 ゆかりんは途中から何かブツブツつぶやき出した。

 怖かったので聞かなかったことにした。


 目の前の襖を開ける。

 床の間に怪しい絵が飾ってあって、なんだか怖くなったのですぐに閉めた。


「.......なあ、2人とも」


「.......」


 2人は何も言わない。


「.......あのさ」


「.......」


「.......ここ、どこかな?」


 2人はノロノロと目線を上げて、やっと俺を見た。


「「.......帰りたい」」


「俺も帰りたい」


 じわ、と2人の大きな目に涙が溜まる。


「えっ、えっ。ちょっと待ってくれ。ちょっと待ってくれ! 大丈夫、たぶん出られるから、ちょっと待ってくれ!!」


「「.......ばか」」


 2人の涙が溢れる寸前。


「和臣、帰るよ」


 黒い着物姿の姉がやってきた。


「姉貴! ありがとう! ありがとう、本当に!」


「はあ? 車来てるから急ぎな」


「急ぐ! 急ぐよ! 姉貴、ありがとう!」


 救世主、もとい姉のあとについて門を出る。

 2人は先ほどから姉にくっついて離れない。

 葉月はともかく、ゆかりんは初対面のはずなのに、2人とも姉の手を握って離さなかった。


「ほら、2人とも。車に乗ってしまえばすぐよ」


「「.......お姉さんは?」」


「私はまだ帰れないの。ほら、一応和臣がいるから」


「「お姉さんがいいです」」


 俺の心はもう粉々だ。片栗粉ぐらいにまで細かく砕けた。


「ごめんね。2人とも、今日は急に色々あってびっくりしちゃったわね。でも、もう帰るだけよ。ほら、頑張ろう?」


「「.......はい」」


 宿に帰ると、ゆかりんは葉月の部屋に泊まることになった。

 本来なら今日の昼の新幹線で帰る予定だったが、2人が何を言っても答えてくれなかったので、予定を次の日にズラした。


 翌日、朝から葉月に報酬の金額について散々問い詰められ、これが相場だと言うとフラフラと部屋に戻っていった。

 その次にゆかりんから本部について散々問い詰められ、コネができてよかったな、と言うと一発殴られた。そして、そのままフラフラと部屋に戻った。


 その次の日の新幹線で家に帰った。

 ゆかりんは何故か家まで着いてきて、その後大食いの仕事に向かっていった。

 葉月は、しばらく婆さんの家に泊まっていた。

 家に帰ってほっとしていると、妹に八ツ橋を買ってこなかったことをきつく責められた。


 涙が止まらなかった。



 こうして、俺達の夏の大仕事は、一応の終わりを迎えたのだった。

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