第10話 第一章 9 <<フラグは立つ前に折る>>





 ずっとここにいるというシャルルには生活できる場所が必要なのではないかとわたしは考えた。

 シャルルは気にしないかもしれないが、わたしはシャルルが野原で一人ぽつんとしていると考えると、とても寂しい気分になる。

 部屋を作ってあげようと思った。

 だが、わたしの知識はほぼ前世のものだ。

 この世界の知識も少しずつ思い出しているが、まだはっきりしていないことの方が多い。

 なので、わたしが想像したのは1Kの一人暮らしの部屋だ。

 外観は野原に合うように山小屋風にしてみたが、中身は普通にマンションの一室になっている。

 ベッドがあって、TVがあって、冷蔵庫があってキッチンがあった。

 お風呂とトイレも用意する。

 必要なのかどうかわからないけれど、ある方がいいだろう。

 そこにシャルルを案内した。

 シャルルは訝しい顔をして、わたしの後をついて来る。

 わたしは部屋のドアを開けた。

 シャルルを中に招く。


「狭いな」


 開口一番、シャルルはそう言った。

 確かに、広さだけでいえばわたしが寝ていたシャルルの寝室の半分もない。

 あの天蓋つきのベッドをこの部屋に入れたら、身動きがとれなくなるのは確かだ。

 意気揚々と部屋を見せたわたしは少しばかり傷つく。


「一人で暮らすには十分でしょう?」


 言い返した。

 わたしがむっとしたことにシャルルは気づく。


「すまない」


 慌てて謝罪した。

 どうやら、文句を言ったのではなくただそう思っただけらしい。

 むしろ、初めて目にするTVや冷蔵庫、キッチンに興味津々という顔をしていた。


「ここはわたしが生きていた前世の世界よ」


 わたしは説明する。


「これがアヤのいた世界」


 シャルルはなるほどと頷いた。


「あれは何?」


 TVを指差す。

 真っ黒くて四角い薄型TVは意味不明に見えるようだ。


「TVよ」


 わたしは答えて、リモコンを手渡す。

 電源のボタンを押すように言った。

 言われるままシャルルは赤いボタンを押す。

 プチッと音がして、TVは映った。


「!?」


 声にならない衝撃をシャルルは受ける。

 見たことがない映像が流れて、驚いた。

 思わず、TVの裏側を覗き込む。

 そこに何も無いことを確認して、困惑した。

 説明を求めて、わたしを振り返る。


「魔術師が水晶の中に未来を映し出したりするでしょう? そういう感じのものよ」


 わたしはわかりやすい例えを考えて、この世界の魔術師が水晶の中に物を映し出すことを思い出した。


「では、これは未来なのか?」


 シャルルの当然の質問に、わたしは首を横に振る。


「ううん。これは前世のわたしの世界の映像。何故、それが映るのか実はわたしもびっくりしている」


 わたしは正直に答えた。

 実はTVが映った時、わたしはシャルル以上に驚いた。

 TVをつけるように言ったけれど、本当に映るかどうかは賭けだった。

 形はイメージできたが、実際に使えるかどうかはわからない。

 使えて、驚く。

 電気や電波はどこから来ているんだ?という疑問は浮かんだが、考えないことにした。

 想像力は無限の力を持っているのだと思っておこう。

 使えるなら、それでいい。

 わたしは一通り、他の家電や設備を確認した。

 シャルルに説明するためではなく、使えるのか確かめたくて蛇口を捻ったりコンロの火がつくか試す。

 風呂やトイレも普通に使えることがわかった。


「うわぁ」


 わたしが感動に震えていると、わたしの後ろをついて歩いていたシャルルが感心する。


「アヤの世界の魔法は凄いな」


 キラキラと目を輝かせた。

 見たことがないもので溢れた部屋を気に入ってくれたらしい。


「いや、これは魔法では……」


 わたしは否定しようとして、止めた。

 原理を説明することに何の意味もないことに気づく。

 魔法と言う一言で納得出来るなら、それでいい。


「……わたしも今、自分が生きていた世界が凄く便利なことに感動している」


 にこっと笑った。


「だから、わたしの前世の知識と、無駄に長く生きた人生経験を持ってすれば、フラグは立つ前に折ることが出来る気がします!!」


 右手を握り締め、力強く宣言する。


「ふらぐって何?」


 シャルルは意味がわからないという顔をした。


「フラグっていうのは、その……。悪いことが起こる前の予兆みたいなことかな?」


 説明しながら、わたしも首を捻る。

 別の言葉に置き換えるのは難しい。

 だがだいたい意味は合っている気がした。


 母の死の記憶が蘇った時、わたしは一つの可能性に気づく。

 あの時のシャルルに前世のわたしの記憶があったら、母を救えたのではないかと思った。

 あの時、シャルルは6歳だ。

 巨大な魔力を持ちながら、まだその力を制御出来ていない。

 自分の状況を完全に把握しているわけでもなかった。

 だから、いくつもあったフラグを見逃す。


 その日は、朝からいつもとは違っていた。

 出かけるために準備していた馬車の車輪が壊れ、父と共に出るはずだった家を別々に出ることになる。

 父は近くに住む知人の馬車に同乗して城へ向かった。

 シャルルたちより先に家を出る。

 母とシャルルは親しくしている貴族の母娘の馬車に乗せて貰うことになった。

 その馬車には母娘だけでなくその家の主人も乗っているはずだったので、父はシャルルのことを彼に託す。

 彼は騎士団の副団長で、魔力も剣の腕も確かだ。

 父の親友でもあり、もっとも信頼している。

 しかし、迎えに来た馬車の中に彼の姿はなかった。

 城で何かあり、騎士団が緊急召集されたらしい。


 この時点で、わたしなら出かけるのを止める。

 一つなら偶然でも、二つ以上続いたらそれは必然だ。

 誰かの意図を感じる。

 父や騎士団副団長とシャルルを引き離したいのだと考えるべきだ。

 だが、シャルルの母は胸騒ぎを覚えながらも出かけることにする。

 6歳のシャルルにはわからない事情があったのかもしれない。

 不測の事態を警戒して、人の多い大通りだけを通って移動した。

 だが、相手は人の目なんて気にしない。

 白昼堂々、大勢の平民で賑わう一番の繁華街で馬車を襲った。

 襲ってきたのは一人や二人ではない。

 グレーのフードがついた外套を羽織った集団に、辺りは騒然となった。

 逃げ惑う平民たちが道を塞ぎ、馬車は動けなくなる。

 仕方なく、母はシャルルを抱いて馬車を降りた。

 同乗していた母娘を巻き込まないように、二人から離れることを選択する。


 だが、わたしはそれが失敗だったと思う。

 あの場合、馬車に閉じこもって防御魔法でガードする方が生存の確率は高かっただろう。

 母ももう一人の貴族の女性も魔力はそこそこ強かった。

 二人で力を合わせて防御に徹すれば、騒ぎを聞きつけた騎士団が駆けつけるまで待ち堪えられたかもしれない。

 少なくとも、分散するのは得策でない。

 だが、巻き込みたくないという母の気持ちは理解できた。

 それで貴族の女性が無事だったなら、母の選択も間違いではないだろう。

 だが彼女は娘に覆い被さる形で亡くなっていた。

 口を封じられたらしい。

 もしかしたら、彼女は何かを見たのかもしれない。

 母は多勢に無勢でも最期まで抗った。

 シャルルを背後に隠し、魔法を放つ。

 騒ぎを聞きつけた騎士団が駆けつけるまでなんとか持ち堪えた。

 騎士団が到着して、襲撃団は霧散する。

 深手を負っていた母はシャルルの無事を確認し、そのまま息を引き取った。


 その時の記憶はシャルルの中に今でも痛みとして残っている。

 自分のせいで母は死んだのだと、後ろめたい気持ちを抱えていた。


 同じ痛みをわたしは感じる。

 わたしとシャルルは二人だけど一人だ。

 前世のわたしは男の子を通り魔から庇って死んだ。

 今のわたしは母に庇われて助かった男の子だ。

 別の立場で同じようなことを二度も経験する。

 わたしは自分も家族も他の誰かも、今度こそ守ると誓った。

 そのために力を得たはずだった。

 だがすでに一度、失敗している。

 だからこそ二度とこんな痛みを感じなくていいように、フラグは立つ前に折ると決めた。

 わたしにはできると信じる。


 わたしの言葉に困惑しているシャルルを放置し、わたしはノートパソコンを開いて電源を入れた。

 起動することを確認し、ネットに繋げる。

 検索してみた。

 結果が表示される。

 この情報が正しいものなのかわたしの想像の産物なのかはわからない。

 だがネット検索に慣れてしまっている身としては、検索が出来ると心強かった。

 わからないことがあってもこれで大丈夫と安心する。

 前世の世界の知識がこれで活用できると思った。


「それは何だ?」


 シャルルはわたしの後ろからパソコンの画面を覗き込む。


「パソコンよ。わからないことをこれで調べることが出来るの。後で使い方を教えてあげるね」


 わたしは約束した。


「今じゃ駄目なのか?」


 シャルルは直ぐにでも知りたい顔をする。

 意外と好奇心は旺盛なようだ。


「もう戻らなきゃ」


 わたしは首を横に振る。

 ずいぶん長くここにいる気がした。

 そろそろ現実に意識を戻した方がいいだろう。

 わたしの言葉にシャルルも納得した。


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