第3話  第一章 2 <<2回目の人生>>





 目を開けたら、見知らぬ場所にいた。

 そこがどこなのかは、よくわからない。

 少なくとも知っている場所ではなかった。


(ここが転生先か)


 わたしは自分の状況を確認する。

 見上げると、天井ではなく布が見えた。

 大きな天蓋付きのベッドに寝かされている。

 ベッドはとても大きく、ふかふかで寝心地が良かった。


(高級そう)


 最初に値段を考えた自分が、俗物過ぎて笑える。

 だが、わたしらしい。

 ロマンチストではなくリアリストだ。

 横になったまま、わたしは見える範囲で部屋の中を見回す。

 部屋の調度品はどれも立派で高価そうだ。

 中世ヨーロッパ風という感じがする。

 貴族の邸宅っぽい。


(転生ものにありがちな設定だな)


 わたしは妙に納得した。

 ベタな展開は嫌いじゃない。

 自分が生まれ変わったことを確信した。


(裕福な家ってところは希望通りなのね)


 自分の希望が叶えられていることに安堵する。

 だが、すぐに違和感に気づいた。


(わたし、どう考えても赤ちゃんではない)


 自分の手を見る。

 子供の手だが、赤ちゃんの手でないのは明らかだ。


(小学生くらいかな……)


 生まれ変わるときは赤ちゃんからやり直すと思っていたわたしは困惑する。


(何故、育っているのだろう? 誰かに乗り移った的なヤツではないよね?)


 ちょっと焦った。

 それではほぼ悪霊になってしまう。

 そんな悪役な人生、ごめんだ。

 わたしは基本、いい人でありたい。


 状況をより把握するために、わたしは起き上がろうとした。

 ベッドから降りて、あちこち見て回ろうと考える。

 だが、失敗した。

 身体に力が入らない。


(え?)


 戸惑った。

 そしてその時、自分の身体がとても熱いことに気づく。

 目を凝らすと、赤い霧のようなものがうっすらと全身を覆っていた。

 身体が熱いのはこれのせいだろう。


(何、これ。苦しい)


 自覚した途端、息苦しさも感じた。

 呼吸がままならない。


「はあ、はあ……」


 意識的に息を吐いた。

 こういう時、吸うのではなく吐くのだと何かで見た気がする。

 息を吐いて肺が空になれば勝手に空気が入ってくるはずだ。

 荒い呼吸を繰り返していると、ガチャリとドアが開く音がする。

 誰かが部屋に入ってきた。


「助けて……」


 わたしは助けを求める。

 誰かに向けて手を伸ばした。


「△△△△」


 聞き取れない声を上げて、誰かは駈け寄ってくる。

 銀色のきれいな髪が視界に入った。。

 長い髪をゆるく一つに編んでいる。

 三つ編みは左前に流していた。

 どこぞのアイドルよりよほど整った顔立ちがわたしを見つめる。

 とても綺麗な少年だ。

 貴族風の無駄にひらひらしている服が良く似合っている。


(すごい美少年)


 感動していると、美少年はわたしの手を握ってくれた。


「××××」


 やはり聞き取れない言葉で何かを言っている。

 わたしは一生懸命、その言葉を理解しようとした。

 昔、海外で英語もあまり話せないのに迷子になった時のことを思い出す。

 人間、必死になるとなんとなく相手の言っていることがわかるものだ。

 すると、声は変化していく。


「~~~」


 先ほどとは違った響きに聞こえた。

 だがまだそれは言葉としての意味をなしていない。

 さらに声は変化した。


(この感じ、何かに似ている)


 ラジオの周波数を合わせる作業みたいだ。

 チャンネルが合えば、ちゃんと意味をなす言葉として聞こえるのかもしれない。

 わたしはそんな勝手な望みにかけて、頭の中でチャンネルを合わせるのをイメージした。


「シャルル、気をしっかり持て!!」


 唐突に、声が意味を持ってわたしの耳に飛び込んでくる。


(チャンネルが合った!!)


 わたしはそう叫びたいのをぐっと堪えた。


(言葉がわかるって、すばらしい!!)


 心の中で歓喜の声を上げる。

 そして、シャルルというのが自分の名前だということを思い出した。

 自分が公爵家の末息子である記憶が蘇ってくる。

 悪霊となって乗り移ったパターンではないことにほっとした。

 私の中にはこの世界で生きた記憶がある。

 だがそれが何故か意識とちゃんと繋がっていないのだ。


「ユリウス兄さま」


 勝手に口から声が出た。

 銀髪の美少年に呼びかける。

 それが自分の声だと理解するまで、少し時間がかかった。

 とても可愛らしい声にびっくりする。

 男の子の声だが、まだ変声期を迎えていないだろう。


(この声から察するに、わたしってば超絶美少年とかなんじゃない?)


 熱いし、息苦しいのに、そんなことを考える余裕がわたしには何故かあった。

 わたしは自分の名前や立場を思い出したが、自分に関する全てを思い出せたわけではない。

 自分の顔はわからなかった。

 だが、目の前の美少年が自分の兄であることは理解する。

 何か切っ掛けがあれば思い出せるようだ。

 兄は自分の声に応えたわたしに安堵の表情を浮かべる。

 ぎゅっと握った手に力をこめた。

 すると奇妙なことが起こる。

 私の身体を包んでいる赤い霧のようなものが握られた手を伝って兄の身体を覆うとした。


(ダメッ!!)


 わたしは心の中で叫ぶ。

 ピタリと赤い霧の動きは止まった。

 わたしはそっと握られていた手を兄から取り返す。

 すると赤い霧はすうっと私のところに戻ってきた。


(良かった)


 わたしはほっとする。


「シャルル?」


 手を離され、兄は困惑した顔で私を見た。

 わたしは無理に笑おうとする。

 目の前の、銀髪美少年の顔を見返した。


(こんなにステキなお兄ちゃんがいるのに、死にかけている場合じゃない)


 強くそう思う。

 なんとしても生きようと決めた。


(まず、この赤い霧をなんとかしなきゃ)


 わたしは目を閉じる。

 自分の内側に意識を集中した。



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