第2話 第一章 フラグは立つ前に折ります 1 <<女神(?)様との接触>>
真っ暗な空間にわたしはふよふよと漂っていた。
暗くて上も下もわからないが、わたし的には横になって上を向いているつもりでいる。
(ここが死後の世界かな)
そんなことを考えながら、浮遊感を堪能していた。
暑くも無く、寒くも無い。
刺されたはずの背中は痛くもないし、出血多量でくらくらしていたのもなくなった。
(これはこれで悪くない)
そんなことを考えながら、目を閉じる。
死とは生という苦しみから解放されることだとどこかの誰かが言っていたような気がするが、本当かもしれない。
生きるというのは修行だと言ったのはブッタだっただろうか?
死後の世界がこんなに安らかならば、それも納得だなとか考えると呼びかける声が聞こえた。
――さん。南城綾子さん。
優しい女性の声に、わたしは閉じていた目を開ける。
この場合、声の主は女神とかそういう類いのものだろう。
わたしはありがちなパターンを想像して、勝手に決めつけた。
「はい。なんでしょう?」
返事をする。
真っ暗な中で身を起した。
寝たままは失礼だろう。
丁寧に対応しようと思った。
相手が女神とかそういうものなら、仲良くしておいた方がいいに違いない。
50年近く生きていると、そのくらいの処世術は身についていた。
(亀の甲より年の功よね)
うんうんと頷きながら、声の主を探してみる。
だがあたりは真っ暗なままで、誰の姿も無かった。
こんなに真っ暗なのに不安に思うことが何もないのも不思議だと気づく。
――あなたは小さな男の子を庇って、命を落としました。その善行は報われるべきです。次に転生する時はあなたの望みを最大限、叶えましょう。
声はわたしの戸惑いなんて気にすることなく、自分の用件を伝えた。
ありがたい約束をしてくれる。
「それはありがとうございます」
わたしは礼を言った。
しかし、わたしは転生なんて望んでいない。
死んだ後はのんびりゆっくりするか、いっそのこと消滅してしまうのも潔いと思っていた。
一回目の人生で、わたしは50年近く生きた。
さほど短い人生ではない。
結婚もせず、親と同居で自由気ままに生きてきたから、悔いが残っていることもそれほどない。
孫の顔を見せてあげられなかったことや親より先に死んでしまったことは申し訳なく思っているが、生まれ変わっても今の親にそういう恩返し的なことができるわけではないのだ。
そこはもう無かったことにして、許してもらおう。
(お父さん、お母さん、ごめんなさい)
心の中で手を合わせて、終わりにした。
そして、声に向かって語りかける。
「でもそれって、転生するのが前提ですか? わたし、けっこう長生きしたので特に心残りはありません。やり直したいこともないのでこのまま生まれ変わったりしないで、天国でのんびり暮らすなり、消滅して無くなったりしてもいいのですけど」
控えめ(?)に自分の要望を口にしてみた。
――……。
声が沈黙する。
呆れられたのが、なんとなく伝わってきた。
(不味いっ)
わたしは慌てる。
「あ、でも。転生しなくちゃ駄目なら、もちろん転生します。わたしの望みを最大限叶えてくれるという温情もすごく嬉しいです。よろしくお願いします」
空気を読む日本人気質を死んでからでも発揮してしまった。
女神(?)様の機嫌を損ねることは得策ではない。
転生しなきゃならないなら、せめて自分の希望は通したい。
要望を叶えてくれるというなら、ぜひお願いしたいのだ。
――こほん。
声は気を取り直すように、咳払いする。
そうやって、空気を変えた。
――では、あなたの要望を聞きましょう。
何事もなかったように話を進める。
(女神様も意外に空気を読むタイプだな)
感心しながら、わたしは口を開いた。
「そうですね。とりあえず、裕福な家がいいです。格好良くて優しいお兄ちゃんが3人くらいる家の末っ子の男の子に生まれ変わりたいです」
思いつくままに言う。
――男の子がいいのですか?
声は意外そうに聞き返した。
「ええ。女としての人生はもう十分経験したので、次は男の子がいいです。どうせなら、すごく可愛い子にしてください。美少年で、成長したらすごい美人になるような。そんな弟を溺愛する兄たちがいて、厳格だけど末息子には甘い父親と優しくて美人なお母さんがいる家庭がいいです」
想像して、わたしは楽しくなる。
そういう人生なら悪くないと思った。
そんなわたしに声は呆れる。
――転生に乗り気ではなかったわりに、どんどん要望を出しますね。
ため息をついた。
「だって、最大限叶えてくれるのですよね? わたし、人様の善意は遠慮しないで受け取ることにしているのです。叶えてくれるなら、たくさん希望を叶えていただきたいです」
わたしはお願いする。
「それで、これが一番大事なことなのですが……」
さらに続けた。
――まだあるのですか?
声はちょっと笑う。
呆れるのを通り越して、面白くなってきたようだ。
「ええ。とても大切なことが」
わたしは頷く。
「どうか、力をください。生まれ変わったその世界で誰よりも強い力を。今度は、ちゃんと守れるように。誰かを庇って死ぬのではなく、誰かもわたしも死なずにすむような力が欲しいです。わたしはその力で、家族や大切な人たちを守ります」
宣言した。
――いいでしょう。
声が応える。
――その願い、叶えます。
その瞬間、真っ暗だった世界は急に光り輝いた。
眩しくて、目を開けていられない。
わたしはぎゅっと目を瞑った。
そして次に目を開けた時、わたしは12歳の男の子に転生していた。
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