星と彼方のエンドスケープ

比良坂月子

序章

 俺たちの安寧は、夢の浅瀬を彷徨さまようようにうつろだ。


 星霜暦せいそうれき五一八年。

 西暦せいれきと記されていたかつての時代の人類が滅亡し、神話から新たに世界が生まれ変わってから既に五百年あまり。

 何故、世界が一度滅亡し、生まれ変わったと言うことを全人類俺たちが知っているか?

 答えは簡単だ。俺たちの神さまとやらは、過去を――この惑星が地球と呼ばれ、国家という多数の集合体によって管理され、異なる文化や思想を持つ民族が共存した時代を経て、最後には無惨にも消滅してしまった旧世界の記録を――完全に消し去ってしまわなかったのだ。

 では何故消さなかったか。これはただの推論だが、人間という生命体は神話や歴史から自らの過ちを学び、種としての間違いを正すよう設計プログラムされていたんだろう。過去を分析し、修正し、試行錯誤の果てにさらなる栄華を極めるために。

 事実、滅亡から再生した文明の発展は目覚ましく、旧世界で科学と呼ばれた技術はもとより、太古に失われてから永らく未解明だった動力エネルギー魔素マナを火種とした魔術と呼ばれる技術を、この世界の始祖たちは見事に操ってみせた。旧世界の遺物は、その知性は、おそらく二度と滅亡という過ちを犯させないための措置として実に様々な形を伴って現れてくれた。遺跡ルインズ人工物アーティファクト物語テールの数々として次々に発見され修復されたそれらの知識を、人類は神の恩恵として授かっていった。


 しかし神は見落としていたのだ。人間の脳は不完全な装置と同様、ほんの少しの雑音ノイズで重大な齟齬バグを生じさせるということを。


 旧世界の人類はこう言ったらしい――歴史は繰り返すHistory repeats itself、と。

 言い得て妙じゃないか。この世界の人類もまた、間違いだらけの旧世界と変わらず争いやいさかいを繰り拡げた。性懲りもなく、領域レィス――旧世界では国家と呼ばれた界域――間で戦争を勃発させ、紛争を繰り返していく。百年程前には旧世界で日本国と呼ばれていた領域レィスの民が、もう一度世界を滅亡させるべく暗躍し大戦の狼煙のろしを上げていたとも聞く。その大戦で投じられたある大規模爆撃によって、旧世界の滅亡から上空や海面を覆っていた毒の灰が薄まり、他の領域レィスと交流が取れるようになったのはある意味功績かもしれないが。

 世界統一機構が創設され、秩序回復による生活完全保証や世界経済の永久的安定を主としてほぼ全ての人類を管理するシステムを導入、上層機関の介入によって各領域レィスがある程度統率の取れるものになるまでは、集合体同士での武力衝突はやはり絶えることがなかったのだ。否、大規模な戦争が鳴りを潜めたとはいえ、調停機関ピースメイカーが発足された現在でさえ各地で小規模な鍔迫り合いが生じていることを鑑みれば、この闘争本能こそが人間に組み込まれた齟齬バグであるのかもしれなかった。

 血は争うことを止めない。争うことを欲する遺伝子が人類の血に流れている限り。

 この世は大樹のうろのように空虚な秩序の上に成り立っている。暴力はあらゆるところに潜み、俺たちを排除する隙を窺っている。弱いものは虐げられ、奪われ、支配されてしまう。

 伽藍堂がらんどうの平和。それがこの世の真実だ。

 だからこそ俺たちは生きる場所を探し、死に場所を求めるのだ。


 いつか夢から目覚めるように。

 果てるその瞬間とき目にするものが、理想の景色であるように。

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