【8話】離郷
「さて、ダンジョンマスター。 私と取引しませんか?」
どういう事だ?
なんでこのタイミングで取引なんか……どう考えても向こうの方が有利な状況なのに……。
「はぁ? あんた何を言ってんのよ」
「おめぇ……はぁはぁ……何を考えてやがる」
「後でちゃんと説明します。 悪いようにはしませんから、まあ見てて下さいよ」
エンギも様子見をしているのか、静かに優男を睨み付けている。
優男はこちらが警戒していると思ったのか、自分から説明を始める。
「なに、簡単な事です。 僕をあなたのダンジョンのサブマスターにして欲しいだけです。 そうすればあなた方を見逃してあげましょう。 まあ、ダンジョンからは出て行ってもらいますがね」
サブマスター?
こいつは一体何を言ってやがる。
何の事かとダンジョンの知識を確認してみると……あった。
サブマスターは、ダンジョン運営の補佐役みたいなもので、Dポイントの管理権限を持っているらしい。
俺がダンジョンコアを操作してサブマスターとして登録すれば、サブマスターは、一部プロテクトは掛かるもののダンジョンコアを操作したり、Dポイントを自由に使う事が出来るようになるようだ。
……なるほど。
だから優男はサブマスターになりたいのか。
それにしても、どうして優男はダンジョンマスターしか知り得ないはずの情報を知っているんだ?
もしかして、外の世界ではダンジョンマスターについて知ってるのが常識だったりするのか?
なんでかは分からないが、正直に聞いたとしてもわざわざ教えてくれるとも思えない。
取り敢えず今は、こいつとの取引に集中しないとな。
「どうですか?」
「断る、と言ったら?」
「答える意味がありますか?」
確かにそうだ。
取引だなんて生やさしい言葉は使っちゃいるが、これはそんな甘っちょろいもんじゃねぇ。
一方的な命令だ。
しかも、従わなかったらまとめて殺すと言う、とびっきりの地雷付きだ。
このタイミングで声を掛けたのも、きっと反抗する気を失くさせるためだろう。
もしかしたらこの優男は、初めからこれを狙ってたのかもしれない。
なぜエンギだけは生かしてくれているのかが謎だが、どっちにしろ俺には選択の自由なんてもんはねぇんだ。
でも、
「分かった、あんたをサブマスターにする。 だが、本当にお前らがエンギを見逃すって保証は出来ない、そうだろ? サブマスターにした瞬間に殺されるかもしれない。 そこでだ、保証としてエンギを先に外に逃させてくれ」
選択は出来なくても、せめて
「ふむ……そうですね。 良いでしょう」
俺は、エンギの元へ歩いていく。
念のためにエンギにだけ聞こえるように小声で話す。
「エンギ、聞いてたから分かるだろうが、先に逃げてくれ。 場所はそうだな、一匹狼に会った場所にしよう」
「グギャ!」
エンギは、ふざけるなと言うかの様に俺に怒声を浴びせる。
そうだよな。
エンギはずっと、自分の感情に素直に行動してきたからな。
きっと、仲間がやられたのに、仇も討てずに自分だけ逃げる位なら死んだ方がマシだって思ってるだろうな。
だけどな、
「エンギ、命令だ。 逃げろ」
俺はお前に死んで欲しくないんだ。
本当に、不甲斐ないダンジョンマスターでごめんな。
エンギは、チラと仲間の亡骸に目を向けると、悔しそうに拳を握り、恨みがましい眼差しで優男達を睨んだ後、とぼとぼとダンジョンの外へ歩いて行く。
その右手は、血が滴るほど、固く、きつく、握りしめられていた。
「それではやってもらいましょうか」
「ああ」
俺は優男との取引通り、ダンジョンコアを操作して、サブマスター登録の手続きをする。
優男は最後の確認のためにダンジョンコアに手を置くと、今まで見えなかったダンジョンコアの画面が見える様になったのか、一瞬驚いた顔をしたがすぐに元の張り付けた様な笑顔に戻る。
「では、これで取引成立という事で。
それと、くれぐれもダンジョンを取り戻そうなどとは思わない方が良いですよ。 なにせ、今や貴方の心臓は私たちの手の中にあるのですから」
「ああ」
取り戻そうだなんて思わないさ。
今はな。
結局名前を付ける事も出来なかったゴブリンやスケルトン達、それに、ゴブリンウィザードやカクさん、スケさん、ミトのためにも、いつか、必ず強くなってお前らをぶちのめしに来てやる。
その時まで、首を洗って待っていやがれ。
それから俺は、ダンジョン内の亡骸に手を合わせダンジョンを後にした。
ダンジョンを出る際、優男が自身の荷物の中から、なにやら小瓶を取り出しゴリラ男にかけると、完治とまではいかないが、たちどころに傷が癒えていた。
この世界に来て数日。
俺は、仲間達と一緒にダンジョンを拠点に活動して来たが、その分、外の物事について知らない事が多過ぎる。
恐らく、さっきの小瓶についてもその知らない事の一つだろう。
一体どんな世界が広がって、どんな奴らがいるのか。
俺たちが強くなる為にも、それをこれから知っていく必要がある。
俺は最後に、ダンジョンがある場所を目に焼き付けると、約束の地へと一歩足を踏み出した。
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