スパルタ人、異世界へ。

@syuumo

第1章

第1話

「王よ、共に戦えて光栄でした」



 おびただしい矢の雨が降り注ぐ中、彼は最後の力を振り絞って王の遺体に触れる。血塗れの身体に熱はなく、魂はすでに他の戦友とエリュシオンに旅立っていた。



「私も今、栄誉ある戦死を迎えます。ですから王よ、私もお供を」



 1つ言葉を紡ぐ度に、ペルシアの矢が10刺さる。

 すでに肉体を守る鎧は砕け、盾は割れていた。

 折れた槍は、戦士たちの墓標となっている。

 流れた血潮は、300人の戦友と、数えきれない敵兵の血と混ざり、崖下のエーゲ海を朱く染めた。



「弓を射る手を休めるな! 奴らは腕が取れようが脚がもげようが襲ってくるぞ」


 ペルシアの将軍が、ツバを飛ばして喚き散らす。

 命令を聞かずとも、その顔に恐怖を貼り付けたペルシア兵は遮二無二矢を取ってはをつがい続ける。


 対して、死の間際にあるスパルタ兵の心のうちにあるのは、少しばかりの悔恨だった。

 惜しむらくは宿敵の臆病さである。圧倒的な数の優位がありながら、羊飼いの道で迂回うかいし、完全に包囲した上で四方から矢を射かける。

 卑怯とは言うまい。

 しかし、あまりに無粋ではないか。

 敵も味方もなく、動くもの動かぬもの全てに矢を放つのは、戦士の戦ではなく野盗の虐殺だ。



「スパルタにとって戦死は栄誉の極み……ですが、ああ」



 霞む視界の中、栓のないことを考えてしまう。



「次は勝ちたいですね」



 最期に呟いた言葉は、エーゲ海の潮騒に消えていった。



 ギリシア連合軍とペルシア帝国の一幕。熱き門たるテルモピュライでの戦いはスパルタの敗北で幕を閉じた。


 死した戦士、ヘラクレイオスは知る由もない。


 100万の軍勢に対してわずか300人で前線に立ち、たった300人で殿しんがりを務めたスパルタ兵の勇猛さは、ギリシア全土に駆け巡り、後のサラミス、プラタイアにて歴史的勝利に繋がったことを。




 そして彼には第二の生が待ち受けていることを。


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