第1章 アイドル 第3節 検討

 沈黙を破ったのは、シスエスだった。

「プリリンは、おそらく、最初は猫を被っていたんでしょう」

 ブージュナーがたすねる。

「あれが本当の彼女ではなかったと」

 シスエスはうなずいて、

「おそらく。そして、自分の居場所がある程度確立し、状況が安定してきたところで、安心して本来の自分を出してきたのだろうと思われます」

 ウィンテンスも、まだよくわからないような顔をしている。

「何回聞いてもわからないんだけど、そもそも、ほんとのプリリンって、どういう状況の人なの」

 ホリーンが、なにか言いかけて、やめる。

 代わってシクエスが説明する。

「人は、生まれてすぐは、何もわからない状況なの。自分と他人の区別もつかない。それどころか、自分の手の指が、自分の体の一部であることすら、認識できないの」

 ウィンテンスが相槌を打つ。

「ええ、それは私にもわかるわ」

 ホリーンが割って入る。

「赤ちゃんが指をしゃぶるのは、それが自分の体の一部だってことを確認しているのよね」

 シクエスが続ける。

「そう、だから指しゃぶりを、無理にやめさせることはないのよ。

 そして、次の段階として、自分の世話をしてくれる人、例えば親の存在を認識するようになる」

 ホリーンが補足する。

「そこで、自分とそれ以外という風に、認識が分化していくのね」

 ウィンテンスが聞く。

「それで、どうなるんだっけ」

 シクエスが説明する。

「自分以外という認識ができるから、その、新しくできた場所で、他人の言うことを受け取ったり、他人のことを思いやったりするのよ」

 ここでブージュナーが口をはさむ。

「すると、プリリンは、まだ他人のことを思いやったりすることができない、ということなんでしょうか」

 シクエスが、右手で、ブージュナーを落ち着かせるような動きをする。

「今のは、あくまでも一般論です。調べてみないと、プリリンさんの状態がどうなっているのかは、わかりません」

 ブージュナーは、気弱そうに目をしばたたいて、押し出すようにいう。

「お願いです。なんとかプリリンのことを、調べていただけないでしょうか」

 ウィンテンスも、横から口添えする。

「ねえ、頼むわ。ちょっと、警察で引き受けるような事件でもないし、困っているところなの。ね、助けると思って」

 ホリーンは、なんだか偉そうに、もったいをつけて言う。h

「いいけどね、ウィンテンス。うちは高いわよ」

 それを聞いて、ブージュナーは、力を込めて言う。

「大丈夫です。事務所の一大事なので、必ず、なんとかして、お支払いします」

 ブージュナーは、真剣だった。警察に相手にされない今、この研究所にまで見捨てられたら、どこにも行き場がなくなるからだろう。

 シクエスが、これで決まりだとばかりに、しかし静かに宣言する。

「ブージュナーさん、当シクエス&ホリーン認識研究所を、信頼してくださって、ありがとうございます。当研究所では、秘密は絶対に守ります。迅速に、全力で仕事にあたりますので、どうぞよろしくお願いいたします」

 シクエスは、深々と頭を下げる。

 それを見たホリーンも、あわてて頭を下げる。

 ウィンテンス、これで肩の荷が下りたとばかりに、ほっとした表情で言う。

「よかったですね、ブージュナーさん。あとは、この二人にお任せください。シクエス、ホリーン、よろしく頼むわよ」

 ウィンテンスは、濃紺の制服に包まれた体を、ソファから立ち上がらせる。それまで気にしていたスカートを直す。濃紺のタイトなスカートが、活動的な印象だ。

 シクエスとホリーンが、ドアのところまで送りに来る。

 ウィンテンスは、意味ありげな微笑を浮かべて、シクエスに話しかける。

「それじゃ、後は頼んだわよ。ちゃんとやってくれないと、私としても困っちゃうからね」

 シクエスは、硬い表情でうなずいて言う。

「わかってるわ。結果はどうなるかわからないけど、できるだけのことはやってみるわ」

 ホリーンも、珍しく真剣な表情で言う。

「大丈夫よ。私たちは専門家なんだから。吉報を待っていたちょうだい」

 静かにほほ笑むと、ウィンテンスはドアから出て行った。

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