セブンタワーシティはおおさわぎ
凹田 練造
第1章 アイドル 第1節 事件の発端
セブンタワーシティは、7本のタワーからなっている。
上空から見ると、外側の6本が、正六角形の形に並んでいる。
正六角形の中心に、黒いタワーが立っているのが異様だ。
警察は、外側の点の一つ、オレンジ色のタワーの中にある。
若いウィンテンス警部が、今、訪問客を自室に迎えるところだ。
20人はパーティーができそうな、そこそこ広い部屋。
ここは、ウィンテンス警部が一人で使える部屋だ。
警察らしく、壁は地味なクリーム色。もちろん、捜査資料などあるので、窓はない。
ファイルキャビネットや警部用の大きな机はグレーだが、来客用に置かれたソファーは、深い焦げ茶色だ。
ウィンテンスは、女性としては背が高い方で、その引き締まった体を濃紺の制服に包んでいる。
「いらっしゃいませ、私は警部のウィンテンスと申します」
訪問客は、細身の茶色のスーツをきちんと着こなしている。
「はじめまして。アステロイドダストのマネージャーをしております、ブージュナーと申します」
ウィンテンスは客に来客用のソファーに座るように、身ぶりで示す。
お互いに向き合って座ると、ウィンテンスはたずねる。
「アステロイドダストというと、あの、芸能事務所の」
「ええ、よく御存知ですね。うちなんか、弱小プロダクションなのに」
「ええ、まあ、警察官は何でも知っていませんと」
やや慌て気味にウィンテンスは答えたが、結構ミーハーで、芸能人に興味があるなどとは、この際言えたもんじゃない。
立ち直って、威厳を正すように、ゆっくりと聞く。
「それで、今日は、どのような御用件で」
ブージュナーは、今までの一分の隙もない態度をやや崩して、言いにくそうに答える。
「じつは、うちに所属しているアイドルのことなんてすが」
ウィンテンスは、今までの経験上、あまり急かさない方がいいことを知っていた。
「なるほど」
なおもブージュナーは、言いにくそうにしながら、ゆっくりと続ける。
「プリリンというアイドルがいまして」
最近売出中の、結構有名なアイドルなので、ウィンテンスは知っていた。
「ああ、『夢の中のマシュマロ』でデビューした」
「ええ、御存知でしたか」
ブージュナーは、少しほっとした様子を見せる。
ウィンテンスは、相手を話しやすくしようと、さらにつけ加える。
「若葉色のワンピースが、とっても可愛い子ですよね。少し小柄な」
ブージュナーは、話し方にやや余裕が出てくる。
「ええ、その、プリリンです」
ウィンテンスが、相手をまっすぐ見つめる。
「それで、プリリンが、どうしたんですか」
「ええ、それが、どうにも、今までにないタイプでして。担当マネージャーの私だけでなく、事務所としても大変困っておりまして」
ウィンテンスは、やはり、先を急がない。
「そうですか。それで、どういうふうに困っているのですか」
ブージュナーは、やっと話の糸口がつかめたといった様子で、やや早口になりながら話を続ける。
「ともかく、こちらの言うことを聞いてくれないんです。そもそも、事務所やマネージャの言うことを、聞くという意識がないようなんです」
ウィンテンスは、首をやや左に傾ける。
「聞かないってことは、従わないってことですか」
ブージュナーは、あわてて首を左右に振る。
「いえ、それはもちろんですが、そもそも相手の話を耳に入れようとしないのです。何を言われても気にしないで、自分の考えだけを主張し、行動します」
「ほう、それはまた、珍しい。アイドルには、そういう人が多いんですか」
「とんでもない。みんな、真面目で、素直な子ばかりです。だからこそ、うちの事務所でも、どうしていいか分からず、みんな困り果てているのです」
ウィンテンス警部は、濃紺の制服に包まれた上半身を、やや、ブージュナーの方に傾ける。今まで、ただの職業上の義務で聞いていたものが、やっと興味を覚えてきたのだ。
「たとえば、どんなことがありましたか」
「そうですね、まず、めったに指示には従いません。インタビューでは、こちらが教えたこととは、まるで違う答え方をします」
「そういう時、本人に注意はしないのですか」
ブージュナーは、とんでもないという顔をする。
「もちろん、そのたびに注意をします。でも、大人しく聞こどころか、自分の考えを主張して、だから自分は正しいのだという態度です」
「それは違うと、言ってやればいいのに」
ブージュナーは、ため息をつく。
「それで、聞いてくれるようなら、誰も苦労はしません。そもそも、人の話を聞こうともしないのです」
「でも、そういうことを続けていたら、本人が困るでしょう」
「ところが、プリリンに限っては、どこまでも自分のやり方で、突っ走ってしまうのです」
ウィンテンス警部が、控えめに目を見張って、言う。
「でも、それじゃあ、仕事がうまくいかなくなるんじゃあ」
「そこは、なんだかんだうまいことやってしまいます。おまけに、あの可愛さですから、みんなつい引き込まれてしまうのです」
「結果として、勝手なふるまいが許されてしまう、と」
「ええ、そうなんです」
ウィンテンス警部は、女性らしい胸の前で腕を組み、しばらく考えていたが、やがて決心したような顔でブージュナーを見つめて言う。
「ブージュナーさん。どうやらこの件は、警察向きではないようです」
ブージュナーは、やや慌てて答える。
「そんな。警察に相手にしてもらえなかったら、私たちはどうにもならなくなります」
ウィンテンスは、腕をほどいて、
「いや、なにも、あなたを見捨てようっていうんじゃありません」
「どういうことでしょう」
慌てるブーシュナーをしり目に、ウィンテンスは落ち着いて答える。
「何事にも、専門というものがあります。今回のことは、警察よりも、適切に処理してくれる人たちがいるんです」
いぶかしげな顔をするブージュナー。
ウィンテンス警部は、これで決まりだとばかりに、有無を言わせぬ口調で告げる。
「私の友人たちです。厄介払いなどではない証拠に、これから私が、ブージュナーさんをお連れしましょう」
なおも半信半疑なブージュナーにおかまいなく、ウィンテンスは自信たっぷりに立ち上がるのだった。
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