第34話 二十人目①

 流されてばかりの風見鶏が目先の事ばかりに気を取られ破滅したって感じかしら?

 私――星と運命の女神ズヴィオーズは前回の事を思い返す。

 脊髄反射で他人に施しを与えるのは結構だけど、結果を想像できない時点でどうしようもなかったわね。


 ま、新鮮さはあったからそこそこ面白かったわ。

 そうこうしていると引っ張られる感覚。 お、来たわね。

 次はどんな面白い馬鹿が現れるのかしら? 楽しみね!


 さぁ、女神の導きの時間よ!

 現れたのは――子供だった。 荒癇あらかん 応供おうぐ

 性別、男。 十歳、小学生。 パッと見は普通の子供だけど――私は思わず眉を顰める。

 

 ……何かしら? 違和感があるわね。


 記憶の精査を行って更に違和感が膨れ上がった。 

 十年程度の人生では大した情報は入っていない。 その間に問題を起こした様子もない。

 両親には極めて従順。 学校では友達は少ないけど関係性は良好。

 

 目立つような立ち位置ではない上、自己主張もしないので特筆するような事もなし。

 成績も並の上。 平凡、普通、平均的、この子供を形容するならそんな所かしら。

 荒癇 応供は突然の出来事に驚く事もなく真っすぐに私を見ていた。 平凡な中身の割には随分と落ち着いているわね。 大抵は動揺する物なのだけれど、一切ないのは少し気になるわ。


 内面が見える私には表面上のごまかしは一切通用しない。 

 虚勢を張っていれば丸わかりなのだけれど、この子供の心は完全に凪。

 あるのは目の前の状況に対する理解だけ。 完全に見たままを受け入れているわ。


 まぁ、奇妙な子供だけどやる事は変わらない。

 いつも通りガチャの案内をすると荒癇 応供は小さく頷いてお試しを引く。

 引いたのは――


 UR:倶分解脱ぐぶんげだつ  


 ――信じられない物が現れた。


 は? UR?? 噓でしょ???

 それなりの人数を見て来たけどURを引き当てた奴は初めてだった。

 しかも何の前振りもなくいきなり引き当てたので思わず二度見しちゃったじゃない。 それほどまでに信じ難い光景だったわ。


 私の動揺してる傍で荒癇 応供がビクリと大きく痙攣する。

 精神が僅かな時間、荒波のように荒れ狂う。 これは引いた物の影響で馴染むにあたって徐々に落ち着いていく。 精神に変調が出ていたのは時間にして数秒といった所かしら?


 落ち着きを取り戻した荒癇 応供の精神は再び凪の状態に戻る。

 いきなり現れたURだったので引いた物の説明をすっかり忘れていたわ。

 取り合えず荒癇 応供にガチャの結果を説明する。


 倶分解脱ぐぶんげだつ。 

 取り合えず前半分は置いといて後半の解脱と言うのは生命体にとって非常に大きな意味合いを持つ。

 解脱とは読んで字のごとく解放される事を示すのだけど、正確には魂の変容。 魂は生物の根幹をなしているのでそれが変容する事は根本的に別の――大抵の場合、高次の存在へと進化する。


 さて、具体的にどう進化したのか? 

 まず最も分かり易く起こった変化は魂がこの世界から完全に独立した存在となったわ。 

 生物は属する世界に紐づけられる事になり、仮に死亡した場合は何らかの形でその世界に還元される。

 

 転生はその最たる例ね。 後はエネルギーとして世界に吸収される。

 荒癇 応供の世界は非常に完成度が高いので大抵は前者ではあるのだけれど、そう言った世界の住民は腹を空かせている他の世界からは美味しい餌場と思われているのか定期的に生物を奪い取っているわ。


 異世界転移、転生の正体はこれね。 加えて魂からエネルギーを奪わない関係で保有エネルギー量が多いので異世界で強力な力を発揮しやすくなっているわ。

 さて、切り離された荒癇 応供はどうなったのかというとこの世界から完全に異物として認識される事に他ならない。 つまり死んだ場合は世界に還元されずに排除されるわ。


 それに伴って思考形態にもかなりの影響が出たはずだけど今の私には分からない。

 どう変わったのかはこいつの日常を見れば明らかになるでしょう。

 

 ――といった内容をざっと説明すると荒癇 応供は無表情のままその場で跪き、平伏した。


 所謂、土下座の姿勢だ。 いきなり始めたので流石に私も困惑したわ。

 しかも思考に一切現れていないのでこいつは何も考えず、脊髄反射の域でこの体勢に移行したのだ。

 訳が分からない。 一先ず、理由が分からないので何故、平伏しているのですかと尋ねると荒癇 応供は感謝と敬意の表れだと口にしたわ。 まぁ、私がこれ以上ないぐらい美しく、偉大な存在である事は自他ともに認める純然たる事実だけど! 事実だけど!


 荒癇 応供は更に語る。 貴女のお陰で自分は素晴らしい事に気が付きました。

 最高にいい気分です。 自分にできる事は何かありませんかと問いかけて来た。

 一瞬、寿命全部寄越せと言いかけたけど、女神である以上は格下の人間相手にそんな厚かましい真似は死んでもできないわ! だからガチャを少し引いてくれれば構いませんよと女神スマイル。


 取り合えず適当に引いて売り上げに貢献しなさいな。 

 私としてはそれで満足よ。 荒癇 応供は大きく頷くとガチャを引くと言い出したわ。

 そうそうそれでいいのよ。 さぁ、引きなさいな。


 取り合えず十連を引く事になったのでどうぞ。

 結果は――


 N:預流よる

 N:一来いちらい

 N:不還ふげん

 N:阿羅漢あらかん


 ……あれ? 四つしか出ない?


 残り六つはどうなったと調べてみると徐々に背筋が寒くなってきた。 

 何故なら理由がはっきりしたからだ。

 四つ引いた時点で私の干渉を弾くようになったので付与に失敗した。


 噓でしょ!? なんなのこいつ!?

 いつの間にかモニターできていたはずの思考も見えなくなっていた。

 動揺を押し殺し、私は状況を整理する。 まずは荒癇 応供の身に起こった事から。


 ついさっきまではギリギリ私の力が及ぶ範疇に収まっていたのでガチャを引かせる事が出来たのだけどあの四つを引いた時点で存在としての格が大きく上がって私の付与を受け付けなくなったのだ。

 引いた代物も普通じゃないわ。 

 

 まずは預流。 これを得た場合、自我が強化され他者からの干渉を受け付けなくなる。

 具体的に言うなら同調圧力の類を感じなくなり、社会的な善悪よりも自己の価値観による善悪を重視するようになるわ。 後は洗脳の類を一切受け付けなくなるわね。


 次に一来。 価値観の固定。 

 周囲の認識する価値よりも自己の認識する価値を優先するように思考が変容するわ。

 具体例を挙げるなら金銭や物品、法よりも自分の価値観が思考の上位を占める事になる。

 要は自分が納得しなければどんな事にも反発するし、倫理観も一般のそれから逸脱するわ。


 不還。 認識の変容。

 簡単に言うと五感の上限を自らの意思で弄れるようになるみたい。

 たとえ手足が千切れても痛くないと思えば何も感じなくなったりと感覚や感情を自由に操作できるようになるわ。 腹が立っても落ち着けと自分に言い聞かせれば怒りは消え失せる。 簡単に言うと完璧に自己をコントロールできるようになるわ。


 最後に阿羅漢。 

 多分、これが一番ヤバいわね。 内容は簡単に言うとリミッターの解除。

 限界を超える挙動を肉体に強いる事ができるみたい。 それともう一つ、第六感の限界突破によるエネルギーへの干渉。

 大気中に存在する魔力や霊気といった生体エネルギーを操作する事ができるようになるわ。


 異世界に行く連中がお手軽に身に着ける魔法とは訳が違う代物で魂に直接取り込む事も可能なので寿命を延ばす事ができる。 こんな破格の代物が何でレアリティNなのかというと要は別次元の存在へと進化した事によりラインナップが変わったからだ。 つまりこいつにとって今引いた四つは何もしなくても手に入る程度の代物と言う事になる。


 とりあえず説明を行い。 取りすぎた寿命を返そうとしたのだけれど受け取りを拒否された。

 何で!? 動揺を必死に女神スマイルで覆い隠し、理由を尋ねると荒癇 応供は平伏したままお納めくださいと押し付けてくる。 受け取る訳には行かないので返しますと言うと荒癇 応供はお受け取り下さいと拒否。 しばらく返します結構ですの応酬を繰り返すと荒癇 応供は何かを思いついたようにはっとした表情を浮かべる。 思考が読めないので何を考えているのかさっぱりわからない。


 荒癇 応供は女神様のご尊顔に対する拝観料と言い出した。 

 思考が読めていた頃の挙動を思い出すと本気である可能性は高い。

 

 ……そ、そお? 私って超絶美人の女神さまだし? そういう事なら受け取ってもいいかも。

 

 どうでもいいけど語彙力も凄まじく上がっているわね。 どうなっているのかしら?

 ただ、フェアではないので最初に支払った記憶は返却ね。  

 さて、やる事がなくなったので今回はこれで終了となるわ。

 

 「では、私はこれで。 貴方に良き運命が訪れん事を」


 ――いつもの社交辞令を告げてその意識を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る