第29話 十七人目②
ゴミやら何やらが散乱した汚い部屋で、窓も締め切っているので空気が淀んでいた。
ひっどい部屋ね。 最低限、換気ぐらいはしないと体調を崩すわよ?
鵡繪野 啞兪子が真っ先に行うのは大事な大事なスマートフォンの通知チェックだ。
SNSのフォロワーを増やす事に情熱の全てを傾けており、とにかく数字が増えれば狂喜乱舞し減れば気が狂ったように暴れるわ。
最近は動画を撮影して元気にプライベートを垂れ流して、フォローしろ金を寄越せと欲望を隠しもしない。
どうも少し前からそういったサービスの使い方を覚えてからは、これが私の生きる道なんだ。
学校なんてくだらないと思い始めた。 要はこれで食っていきたいと考えているみたいね。
……うーん。 上手く行くのかしら?
基本やってる事は他人の後追いで、ある程度成功していて自分でも真似できそうな事を片端から試している感じね。 傍から見ればあまり独創性を感じないので、既存の物でいいんじゃない?
残念ながらスマートフォンの向こう側にいる者達もそう考えているのか、数字の伸びは芳しくない。
この数字で食っていくのはちょっと以上に厳しいんじゃない?
それを自覚している鵡繪野 啞兪子は必死だ。 だからこそ思いつく限りの全てを試したのだが、とうとう一線を越えてしまった。
それはある日の事だ。 脱げば数字が稼げ、ついでに儲かると思いついた。
当人曰く、悪魔的な閃きらしい。
――で、当然のように通報されて、コミュニティから追放された。
ついでにクソガキ、金の亡者、痴女、恥知らずと事実を列挙されるという追撃を喰らったわ。
どうもそれを許容できなかったようで部屋で暴れまわる。
大した数字じゃなかったけど積み上げた物が無になってしまい、当人は謂れのない中傷を受けたと思ってネットのあちこちで暴れ回ったわ。
元々、煽りや批判に対する耐性がゼロで何かあれば誰彼構わず狂犬のように噛みつく生き物だったのでこの反応も当然ね。
……うーん。 随分と元気だけどそろそろ死なないかしら?
知能も知性も皆無な生き物が汚い鳴き声を上げている姿を眺めるのは滑稽だけど、割とすぐに飽きが来る。 だからさっさと死なないかしらと眺めているとそれは起こった。
鵡繪野 啞兪子が何一つ上手くいかない現実に対する苛立ちを部屋にぶつけていたら、散乱したゴミに足を取られて転倒。 後頭部を強く打ち付けた後、ビクビクと痙攣を始めたわ。
あら、いい所にダメージが入ったみたいね。
大きな音に家族が反応して駆け付けたタイミングで鵡繪野 啞兪子の意識は消滅。
やれやれ、やっと死んだか。 さーて、どの辺で記憶を取り戻すのかしら?
想起を引いてないから取り戻すかどうかが微妙に読めないのよねぇ……。
こいつの存在自体に紐づいているから記憶が戻らないと私が楽しめない。
さっさと戻りますようにと祈りながら待っていると――あ、繋がった。
前世の記憶を取り戻した鵡繪野 啞兪子は死亡時と同じぐらいの年齢に服装は豪奢なドレス。
あ、これガチャで引いてた奴だ。 記憶を参照するとどうもどこかの令嬢らしい。
姿見で確認すると私ほどではないけどそこそこ整った容姿の少女が移っている。
それを見て鵡繪野 啞兪子の記憶に電流が走った。
記憶を参照した私もややあって察する。 あぁ、なるほど、こうなったのね。
何とその姿はこいつが熱心にプレイしていたゲーム――所謂、乙女ゲーって奴に出てくる悪役令嬢にそっくりだったみたい。
……ふーん。
まぁ、可能性は低いけどあり得ない話じゃないわね。
ゲームはあくまでフィクション。 ――にも関わらず内容と酷似した世界が存在する。
それは何故か? ちょっと考えれば分かる話で、この世界の人間が何らかの事情で鵡繪野 啞兪子の居た世界へ転移、または転生してその経験や記憶を元にゲームを作ったのだ。
未来の出来事と思うかもしれないけど、異世界間では時間の概念はあまり意味がない。
一度でも世界の外を経由すると過去や未来が不明な状態で送られるからだ。
その為、この世界の未来で死んだ人間が鵡繪野 啞兪子の居た世界の過去に現れる事があっても不思議はない。
ま、そんな記憶を元に誕生したゲームって事でしょうね。
鵡繪野 啞兪子は先の展開を知っているので、興奮し始めたわ。
上手に立ち回れば楽な生活ができると。 いやぁ、本当に凄いわこの生き物。
転生した事に対する戸惑いはあったけど、元世界への未練とか家族に対する思いとかが一切ないわ。
完全に忘れた訳ではないけど早々にどうでもいい情報とラベルを貼られて記憶の奥底に沈められている。
そんなこんなで鵡繪野 啞兪子は数年後の入学に備えて色々と準備を行い始めた。
侯爵令嬢とか言うこいつの居る国――王国の王家の親戚といういいポジションなのだけれど、ゲームでは鵡繪野 啞兪子である悪役令嬢は主人公の娘を虐げる役だ。
ゲームをデザインしたシナリオライターからも性根の腐った屑女として描かれており、鵡繪野 啞兪子の転生先としてはお似合いである事が分かるわね。
散々、ガチャを回したので最初から色々と能力は備えているので魔法等に関しては楽に習得できたみたい。 あぁ、言い忘れたけど、魔法の類は普通に存在するから使えても凄いとしか言われないわ。
問題は寿命だけど、しばらくは大丈夫そうね。
転生、転移と様々な手段で異世界へと渡る者達は存在する。
転移は大抵が呼び出される形で移動するケースが多いわ。 大抵が戦力として利用する事が目的ね。
鵡繪野 啞兪子の居た世界で故郷でもある日本という国は外との境界が緩いのか、特定の手順を踏めば比較的ではあるけど簡単に出る事ができる。 そして世界としての完成度も高いので、異界なんて派生した空間まで生まれているからそっちに移動するケースもあるわ。
古来から神隠しとか呼ばれている現象はこれが原因である事が多い。
完成度の高い世界は養分を過剰に必要としないので、誕生する生物の魂の内包エネルギー量が非常に多い。 死亡してリサイクル――要は転生できるのもそれが大きいわ。
大抵は人生二、三回分、多かったらそれ以上のエネルギーを保有しているので栄養不足で良質な魂を求める異世界からしたら是非とも呼び込んだ後、死んで貰いたいので容易に召喚できる。
この辺が異世界召喚が容易な理由ね。 さて、転生になるんだけど、少しだけ事情が異なる。
大半が餌として呼び出されてそのまま適当な体に宿る形になるけど、その場合ガチャで内蔵エネルギーを使い切った魂では早々に死んでしまうわ。
ただ、例外として宿った先の魂と融合した場合ね。 今回はそのケースに該当するわ。
本来なら今の鵡繪野 啞兪子程度の魂だと世界間の移動に耐えられない。
でもガチャで転生を引いた以上、転生する因果が生まれるので失敗はしないわ。
結果、こうなったと。 取りあえず、転生先で融合した魂の分だけ回復したって事ね。
さて、話を戻すと鵡繪野 啞兪子は成功した未来を夢想して気持ちよくなっているけど、私はそろそろオチが見えて来たので若干ではあるけど白け始めていた。
未来の情報、ガチャによる能力強化や魔法適性。 これだけいい手札が揃っていれば早々失敗しないとは思うけど、数秒後には自らの行いを忘れるような脳構造をしている生き物に使いこなせるとは思えなかった。
実際、鵡繪野 啞兪子が最初に思いついた事は主人公を排除する事だから笑っちゃうわ。
こいつちゃんとゲームをやったのかしら? 記憶を参照して見た私ですら、攻略対象の王子が何で悪役令嬢を捨てたのかを理解できてるのに鵡繪野 啞兪子の中では「馬鹿な事をやって捨てられた」と認識している。 そして自分なら上手くやれると根拠なく信じているのも滑稽ね。
まぁ、将来を脅かしかねない主人公を排除するって方針は間違ってはいないと思うわ。
一応、婚約者って立ち位置だから横槍が入らなければ自動的に次期王妃の座は転がり込んで来るでしょうね。 王子もまともな相手であるなら主人公が魅力的でも乗り換えたりはしない。
事実、王子は誠実なキャラクターとしてデザインされている。
つまり悪役令嬢はその誠実な王子ですら許容できない事をやらかして捨てられるのだ。
残念ながら今の鵡繪野 啞兪子は身分は高いが、まだ自由にできる権力を持っていないのでゲームの本編に当たる期間に入るまでは何もできない。 その為、やる事はもっぱら訓練だ。
ガチャで得た適性――例の洗脳を使いこなそうとしていたわ。
正確には思考の方向性を弄る程度なので扇動が良いところの能力ね。
これを使って主人公を追い込むつもりみたい。
……うーん。 こいつは馬鹿なのかしら?
ちなみにゲームでは悪役令嬢は取り巻きや周囲に悪評をばら撒いて、それがバレた結果捨てられるんだけど本当にそのやり方で大丈夫?
単にゲームでは描写されてないだけで、シナリオをそのままを辿っているような気がするんだけど……。
――本当にそうなった。
数年後、鵡繪野 啞兪子が追い詰められた姿を見て私は驚きに言葉もないわ。
信じられない。 あまりにも予想通り過ぎて逆に驚きよ。
魔法で嗾けたから安全とか馬鹿みたいな事を考えて、ゲームの悪役令嬢の行動をそのままトレースして当然のように破滅した。 こいつには知能がないのかしら――あ、なかったわ。
ゲームのCGにもなった場面が再現されている。
悪役令嬢の悪事が暴露され、大勢の前で糾弾されるゲームでは屈指の人気シーンだ。
ちなみにゲームでは悪役令嬢は謎の力で暴れまわるんだけど、主人公と王子が愛の力で奇跡を起こして乗り切るわ。 鵡繪野 啞兪子は上手くいかなかった事で頭に血が登ってガチャで手に入れた能力を最大限に発揮して暴れまわる。
……あぁ……これはもうどうしようもないわ。
危機に陥る主人公、身を挺して庇う王子。
そして二人の愛と絆が奇跡を起こして魔力の輝きを放ち邪悪な悪役令嬢は王子の剣に斬り倒される。
鵡繪野 啞兪子は醜悪な悲鳴を上げて死亡。
……本当にゲーム通りに死んじゃった。 凄いわね。
一周回って新鮮だったわ。
対象が死亡した事により接続が切れ、静かになった空間で私は一人佇む。
そして待ち続けるのだ。 また波長が合う存在が現れるのを。
次はどんな見世物で私を楽しませてくれるのかしら。 そんな期待に胸を膨らませつつ。
私は次のガチャを引きに来る者を待ち続ける。
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