One Class One Million

@pengin333

第1話・灰は他色を連れる

『拝啓、3年5組の皆さん。1人100万円ずつ御用意しました。有意義に使って頂けると幸いです。』


二学期の始業式後。

クラスの教室に帰ってくると、生徒1人1人の机の上に置かれていた封筒。そして、その中に入っていた、同じ内容の手紙と100万円の札束。


この日から僕達、3年5組の日常は崩壊した。


**************************


最初にそれに発見したのは、学級委員長を務めている赤山あかやま 風花ふうかさんだった。

学級委員長という事もあってか教室の鍵当番をしていた為、皆より早めに教室に着いて鍵を開けといていなければならなかったからだ。


だから誰よりも早くそれに気付く事ができた。


生徒1人1人の机の上に置かれた、茶色い分厚い封筒の存在に。


それからしばらくしてから、クラスの皆が到着した。


そして、皆がその存在を認知した。


「ねぇ、風花ふうかちゃん、これ何?」


赤山さんといつも一緒にいる川澄かわすみ みどりさんが不可解な顔をしながら彼女に聞く。


赤山さんと川澄さんは、どちらも整った顔立ちをしていて、2人だけで3年5組の顔面偏差値を爆上げしていると言われている。


そんな彼女達が、今まで見たことがないような神妙な顔をしている。


「私も分からないわ…、何か普通の配布物はいふぶつとも違う感じもするし……。とりあえずみんな自分の席の封筒の中身を確認してみて?流石に他人ひとの封筒の中身を確認する事はできないから」


彼女に促されて、僕達は自分の机の上に置かれていた封筒の中身を確認した。


そこには、折り畳まれた白い手紙と札束が入っていた。


「おいおい、これ札束だぜ!? 草室くさむろのやつは?」


僕の隣の席の五十嵐いがらし 蒼太そうた君が話しかけてきた。


「僕も入ってる……、手紙は?」

「もちろん、入ってるぜ」


そう言って、彼は手紙を見せてきた。



『拝啓、3年5組の皆さん。1人100万円ずつ御用意しました。有意義に使って頂けると幸いです。』



と、大きく書かれていた。


「僕の手紙も、一言一句いちごんいっく全くたがわず同じ内容…」

「マジかよ、てか、この札束本当に100万円なんかな?」

「確認してないけど、多分そうだと思うよ?」

「ヤバいな、俺達ラッキー過ぎね?」

「そうだね…、けど、この事はクラスの人達以外には言わない方がいいかも…」

「え?なんで?」


僕は手紙の下の方に書かれている文を指さした。



『なお、この事はクラスの皆さんだけの秘密にしておいて下さい。担任の先生を含め、他の方達には決して言わないようにお願い致します。

この約束を守っていただけるのなら来月も同じ金額を差し上げます。

もし、守っていただけなかった場合はこちらも相応の手段をとらせていただく事になります。

私はあなた達の事をずっと見ています。』




「相応の手段って?」

「分からないけど…、こんな事をする人達がする《相応》って何だかヤバい気がする…。それこそ殺し屋とか…」


一気にクラスの空気が変わったのを感じた。


「いや…!これはあくまでも想像だから…!」


慌てて取り繕ってみたが、大した効果は無かった。


「ねぇ、風花ちゃん?どうする?」

「うんー、難しいなー…」


珍しく赤山さんが悩んでいると、空手部で主将をしていた黄壁おうかべ はるかさんが


「もうすぐ先生来るよ、手紙の内容の真偽は分からないけど、とりあえず先生にバレるのはまずくない?」


と、伝えた。


「そうだね…、とりあえずみんな封筒をかばんの中に入れておいて」


******************************


その日の夜10時頃、クラスのグループチャットにメッセージが届いた。

赤山さんからのメッセージだった。


『今日の100万円の件についてです。お金は1円も使わないようにお願いします!(*´ω`*)』


さて、このメッセージに意味はあったのだろうか。


******************************


翌日、クラスの話題は『100万円を何を使ったのか』という話題でもちきりだった。


流石に100万円を一夜いちやで使い切る猛者もさはいなかったが、


ある者はブランド品のバッグ。


ある者は最新のゲーム機。


ある者は高級な腕時計をネットで注文したという。


おそらく、赤山さんのメッセージが届いた頃には既に皆、棚ぼたの大金を自分の欲しい物や事に使っていたのだろう。



「草室は何に使った?」


五十嵐君が声をかけてきた。


「100万円の事……?」

「当たり前だろ?」

「僕は、一銭いっせんも使ってないよ」

「まじ?」

「え?五十嵐君は使ったの?」

「いや、使ってないけどさ。皆使ってるから草室も使ったのかな?…と」

「あぁ〜、なるほど。使っていない仲間を探していたのか…」

「そうそう、他の人は使ってそうだったから、少し不安でさ」

「そうだね、多分一銭も使っていないのは僕達を含めて、赤山さんぐらいじゃないかな?他の人は使ってそう……」


僕が辺りを見回すと、教室にあるカバンや筆箱が昨日と変わっている人がほとんどだった。


すると、赤山さんが教卓の前に立って手を叩き、自らに注目させた。


「先生が来るまでに7時限目の会議訓練かいぎくんれんの授業について伝えておくね」


会議訓練とは、僕達の学校で毎日7時限目に行われている特殊な授業の事だ。

先生は全員その時間は職員室で待機していて、クラスの生徒達だけで独自に議題を出し、独自に会議をするという物。


「今日は…、というかしばらくは『例の件』についての議題が多くなると思うからよろしくね。」


「「「は〜い〜」」」


******************************


♪〜♪〜


7時限目の始業を知らせるチャイムが鳴った。


赤山さんが教卓の前に立つ。


隣には副学級委員長の山吹やまぶき つばさ君もいた。


「じゃー、今日の会議訓練の授業をはじめます」


そう言うと彼女は教室を見回した。


そして少し困った顔をした。


「やっぱり、何人かお金使っちゃったみたいだね……。私の連絡が遅過ぎたのもあるからしょうがないけど」


そうだよー、遅すぎたよー、などの声があちらこちらから聞こえる。


「ほとんどの人が使ってしまったと思うが、逆に全く使っていないヤツはどれくらいいる?」


山吹君がノートを開きながら皆に聞いた。

おそらく、お金を使っていない人をメモっておくつもりなのだろう。


僕は手を小さく挙げた。


他に手を挙げていたのは、五十嵐君と赤山さん。


そして、もう1人。


教室の1番後ろの1番廊下側に近い席で、あくびをしながら手を挙げている人がいた。


灰羽はいば あかつき君。


高校生なのに関わらずどこからか煙草たばこの臭いがする、正真正銘しょうしんしょうめい根っからの不良だ。


クラスが少しざわついた。


「灰羽が?絶対ウソ」


黄壁さんが呆れたように呟く。


「残念本当だよ、ほら」


そう言って彼はカバンから封筒を取り出し、口を下にして札束を床に落とした。


札束をまとめている帯のような物に全く変化が無い事が、彼の言っている事が真実だと告げていた。


「まじで?灰羽が?」

「黄壁…、お前はオレの事を何だと思ってるんだ?」

「いや、不良だと思ってるよ」

「そう思われるような言動をしている事は否めないが、流石に法に触れるような事はしないぞ?」

「よく言うよ…、明らかお前はしてるよな?」


そう言って彼女は煙草を吸うジェスチャーをする。


それに対し彼は、くだらねぇ…と軽く呟くだけだった。


そのやり取りを見ていた山吹君が灰羽君に声をかけた。


「なぁ、暁」

「あ?」


2人は保育園からの仲という事を、今ふと思い出す。


「なんで使わなかったんだ?」

「は?だからさっき言っ

「それは嘘。絶対何か理由があるんだろ?」


しばらくの沈黙。

2人とも、真剣な表情でお互いを見ていた。


そして。


「っっっつたく!お前には適わねぇな……!」

「何か考えがあって使わなかったんだろ?」

「はい、そうですよ…っと」


灰羽君はいきなり席を立つと、その場で自らの考えを説明した。


「オレは、これはテレビか何かの撮影だと思っている。」


「テレビの……撮影?」


赤山さんが興味深そうに彼に聞く。


「そう、撮影だ。もちろんそう考えるちゃんとした理由があるぞ。」


そう言って彼は教室の後方の窓側の天井に付けられた監視カメラを左手の親指でさした。


「この学校は無駄に設備が充実していて、教室や廊下にも監視カメラがついている。これを使えば撮影も楽だろ?」


「ん?それだけ?」


川澄さんが拍子抜けした感じに聞いてきたため、んなわけあるかと、灰羽君がわずかに声をらげる。


「皆は知らないだろうが、この監視カメラは教室に誰も居ない時はドアの方向をメインにうつすように向きを変えてんだ。不審者が入って来た時用にだと思うが…。」


彼はもう一度監視カメラを見た。


「けどな、昨日、始業式から帰ってきた時にコイツを見たら教室全体をうつす用の向きになってたんだ。大抵コイツの向きが変わるタイミングは授業中……、ほとんどの人が前を向いてる間に変わっている。それが昨日だけ違ったんだ。オレはそれが封筒の件と関係がないとは思えなくてさ。だから、あまりお金は使わない方がいいんじゃないかなと思ったんだ」


「なるほど……、教室全体を撮影するために向きを……」


僕は思わず呟いてしまった。


赤山さんも頷いていた。


山吹君はノートに何かを書くと口を開いた。


「暁のおかげで気付く事ができたが、もし、この封筒が草室君が言っていたようなヤバイやつらによる仕業だった場合、監視カメラに何かが映っているはずだし。仮に映っていた場合はもっと騒ぎになっている筈だから、これは暁が言っているようにテレビか何かの撮影だと俺は思う。皆はどう思うだろうか?」


テレビでしょー、灰羽君やるじゃんー、草室ビビりすぎー、の声が答えた。


なんでわざわざ僕の名前を出したのかは気になるが、灰羽君の話には納得する事ができた。


「という事は、もうそろそろ『ドッキリ大成功!!!』の看板を持った有名人が来るのかな?」


赤山さんの言葉で皆の顔が笑顔になった。


しかし。


いくら待っても。


待てど待てど、そのような事は起きず。


そして、下校時間になった。


もしかしたら校門を出たら〜、とかいう話も聞こえたがそんな事も無く、僕達は帰宅した。







******************************


その日の夜の事だった。


世界トップクラスの大金持ちとも言われ、裏社会との繋がりが噂されていた とある富豪が何者かによって殺害されているのが発見されたというニュースが流れたのは。



そして、彼の財産がまるまる無くなっていたという事も。


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