Line 33 物質界(もといたせかい)へ

作業を開始して1分ぐらいが経過したのか、アカシックレコードの操作画面に“処理終了”という文字が浮き出る。

『どうやら、精霊達かれらに弾かれる事なく、処理を実行できたようだな』

横で見守っていた神は、満足そうな口調で言葉を紡ぐ。

「…これで、あんたの望みは叶えた。そろそろお暇させてもらえないかな」

僕は、少しけだるそうな口調で神に述べる。

 今は電脳で肉体の疲労は感じないはずだが…何だか、全身に疲労感が起きているような感覚がする…

神やその周囲を見渡しながら、僕はそんな事を考えていた。

『…そうだな。どうやら、このアカシックレコードへ訪れるための魔術を行使したのは、お主ではなく…そこにいる、業深きそなただな』

神は僕に対しては少し感心したような声を出していたが、ハオスに向かって顔をあげた途端、物凄い圧力プレッシャーが神の背中越しに感じた。

「はっ…!!」

その圧力プレッシャーに対して少しだけひるんだが、ハオスはすぐに我に返る。

『一見したところ…主たるお主ら親子はあの仮面の人間に脅されて、仕方なくこの場所へ来た…といったところか』

神は腕を組みながら、状況を分析していた。

その台詞ことばを聞いた父が少し視線を下に落としていたが、神はその一挙一動を見逃していなかった。

『……あたりか。まぁ、結果としてはよい退屈しのぎにはなったものの…何故、このような事を?』

神は瞳こそ見られないものの、視線は完全にハオスへ向いていた。

「神よ…貴方ならば、知っているだろう!!このアカシックレコードへたどり着くためには、電子の精霊とそれを行使できる魔術師そんざいが必要だということを!!故に、僕は彼らに協力を仰ぎ、共に来てもらっただけです!!」

真実を言い当てられたせいなのか、ハオスは激昂するような口調で言葉を放つ。

しかし、真剣な表情かおで訴えかけている割には、最後の方は明らかに嘘をついている。

 あんたが父さんを拉致して脅迫してきたくせに、まるで快く承諾してくれたような言い方をしやがって…

その白々しさを目の当たりにした僕は、苛立ちを感じていた。

『無論、知っておる。だがしかし、このライブリーとイーズやらを見る限り、自らが望んでこの場所に来たようには見えんがな』

少し興奮気味のハオスに対し、神は冷静に述べている。

 神はもしかして、視認しただけで精霊の考えや状態が解るのか…!?

話を聞いていた僕は、神の思いがけない能力に対して内心で驚いていた。


『ならば、最後に一つ質問といこう』

神は何かを思いついたのか、僕の方を一瞬だけ一瞥する。

無論、神に瞳は見られないため、本当にその視線が僕に向いていたかは不明だ。

『仮面の男よ…。そなた、もしも自身が電子の精霊を使役できる魔術師みのうえになれたとしたら、どうする?』

「どうするって…」

『どう向き合い、どうつきあっていくかを問うている』

思いがけない質問に対し、ハオスは少しだけ挙動不審になっていた。

彼が唇を噛みしめていた直後、神はすかさず具体的な質問をしてくる。問いかけに対してハオスは、その場で腕を組んで考え事をし始めたものの、そこまで長くはかからなかった。

「僕に絶対的な服従を誓わせ、必要な時に必要な分だけ利用する…かな」

ハオスは、普通に答えたつもりだった。

しかし、彼の台詞ことばは僕やライブリー達を不快にさせたのは言うまでもない。

『……』

ハオスの返答を聞いた神はその場で何かを呟いたようだったが、声がかなり小さかったため当人以外は誰も聴こえなかったのである。


『まぁ、よいか。それでは、今の状態では五体満足で帰るのは難しいだろうから、我が手助けしてやろう。…そこを退け』

「あ…あぁ…」

最後の質問に納得したのかは定かではないが、神は椅子に腰かけたままの僕にその場からどくよう命じられる。

命令口調で言われた訳だったが、何故か不快な感覚は全くなかった。むしろ「この相手には従わなくてはいけない」と魂に秘められた本能がそう察知していたのかもしれない。僕は、命じられてすぐにその場からどいた自分に対し、相手はやはり「神」なのだと改めて認識したのである。

椅子に腰かけた神は鍵盤のようなキーボードを操作し、モニターがある場所の目の前に2つの球状に帯びた光が発生させていた。

「これは…?」

発生した2つの光は、すぐさまイーズとライブリーの目の前に飛んでいく。

目の前に現れた球状の光に対し、イーズがまじまじと見上げていた。

『電脳を肉体に戻す魔術…それを行使するための、魔法陣の代わりと言えばわかりやすいかな。もと来た道を辿り、扉から出た後にその光に魔力を注入するだけでよい。さすれば、術が行使されて、お主らは無事に物質界アッシャーへ戻れるだろう』

神は、穏やかな口調でイーズとライブリーに説明をした。

 アカシックレコードを媒介にし、電子の精霊を介して球状の光を発生させた…のか…?

会話を聞いていた僕は、神が今行った事に対して分析をしていた。

当然だろうが、神も電子の精霊を行使できるのだろう。アカシックレコードを電子端末の代わりとして魔術を行使したのだとしたら、そう考えるのが妥当である。

「あ…」

「懐にすっぽり収まるんだ、これ…」

気が付くと、ライブリーとイーズが今起きた事に対して声をあげていた。

二人の目の前に現れた球状の光は、そのまま浮遊してライブリーとイーズの洋服にあるポケットの中へ自分から入り込んだのである。

『…尚、その光はお主ら電子の精霊にしか触れる事はできない。それを努々、忘れる事ないようにな』

椅子に腰かけたままの状態で、神は言葉を紡ぐ。

後半の一言はライブリー達に対してというより、僕達人間――――――———とりわけハオスに対して口にしたようにも感じられる。


こうして神と別れた僕達は、もと来た道を歩き出す。

自身の思い通りにならなかったせいか、ハオスはブツブツと呟きながらうなだれていた。足こそ動いていたものの、まるで心ここにあらずのようだ。

「…朝夫」

「父さん」

すると、父・道雄が小声で僕に声をかけてくる。

「神のおかげで物質界アッシャーには戻れそうだが…。その後、どうする?あの男が、すぐにわたし達を解放してくれるとは信じ難いが…」

父は、前を進むハオスには聴こえないくらいの小声で話す。

僕は、ハオスの状態を確認しながら口を開く。

「大丈夫…だと思う…というか、信じたい…かな」

「信じるって…ハオスの事をか!?」

僕の返答を聞いた父は、目を見開いて驚く。

「…いや、“信じる”といってもハオスの事ではない」

「!?」


「扉が、閉じられていく…」

もと来た道を戻り、電子の精霊が開いた扉をくぐると―――――――――――――――扉がひとりでに動き出し、30秒ほどで扉が閉まってしまう。それを目の当たりにしたライブリーが、ポツリと呟いていた。

「さて!俺らも、地上へ帰ろうぜ!!」

「あぁ」

すると、普段通りの明るい口調でイーズが述べていた。

彼の右手には、先程神から渡された球状の光が宙に浮いている。父も、普段通りのイーズを目の当たりにして少し安心したのだろうか。その声音が少し安堵しているように僕は感じ取っていた。

「…さて、あんたももう少しこちらへ来なさいよ。この場に留まりたいというなら、話は別だけど…」

ライブリーが、少し辛辣な物言いをしながらハオスに視線を向ける。

相変わらず、ハオスは暗い表情を浮かべていた。

「!!」

僕が足を前に一歩進めた直後、一瞬だけハオスと視線が合う。

 何だか、表情が怖いな…

すぐにハオスから視線をずらしたが、一瞬見ただけでも「怖い」と感じる表情からは何を考えているかは全く読めない。

「…さて、やるぞ」

球状の光を自身の目の前に持ち出したイーズは、両手をかざして魔力の注入を始める。

それとほぼ同時に、僕の隣に立っていたライブリーも同じように行動を開始した。その場で誰も話さずに沈黙が続く訳だったが、魔力を注入された球状の光による音が響いてきていたため、特に不快感はなかった。

 光が…!!

時間の経過と共に、二つの光は魔法陣の光へと変貌し、僕達の周囲を取り囲む。

「うわっ!!」

「きゃっ!!」

魔法陣から大量の光が出現し、眩しかった僕達はその場で瞳を閉じる。

その光は、最初この場所へ来る前にハオスの根城アジトで行使された魔術の光とほとんど同じような現象ものだった。

 …絶対という保証はない。だけど、僕は「あいつ」を信じるしかない…。おそらくだけど、もう「大丈夫」なはずだから…!!

僕は、内心でそうなる事を強く望みながら、その場で瞳を閉じる。

そうして神が貸してくれた力を行使して、僕達はもといた世界へと戻っていく事となる。



「う…」

魔術を行使してからどのくらい時間が経過したかは定かではないが、僕は重たくなった瞼を開く。

 右手左手…どちらの指も無事……か…

僕は、意識が少しずつはっきりする中、左右の手が正常に動くかの確認をしていた。

 父さん…

気が付くと、僕の横には気を失っているのか、を閉じてパソコンデスクの上で突っ伏している父・道雄がいた。

「よかった…生きてる…」

僕は、父の右腕に触れて脈があるかを確認した。

今の父はデスクに突っ伏している状態なので、生死の確認のために喉元へ触れるのは厳しい。そのため、剥き出しになっている利き手の方に触れたのである。


「…お疲れさん」

「あ…!!」

父の無事を確かめた後、僕の前方より聞き覚えのある声が響いてくる。

そこで初めて現状を理解する訳だが、魔法陣の外側の方には複数の人間が倒れていた。うつ伏せになっているので顔は解らないが、服装からしてハオスの部下達だろう。その倒れた人間達の真ん中で座っていたのが、所々にかすり傷や打撲を負った僕の同僚――――――――————テイマーだった。

僕はこの時初めて、“自分は運命を変える事が出来た”と心の中で自分を褒めたたえる事ができたのかもしれない。

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