Line 32 電子の精霊に受け入れられるのは

「朝夫…」

神の台詞ことばを耳にした父は、ポツリと僕の名前を呼ぶ。

 口調は穏やかだけど、威圧感が半端ないなぁ…

僕は、全員の視線が僕に集まる中、内心で思っていた。

神は気まぐれにそう告げたのかもしれないが、やはりその声音にも抗いがたい圧力なようなものが感じられる。加えて、先程アカシックレコードの操作を試みて失敗したハオスからの視線は、明らかに殺意が入り混じっている。

「僕がやってみれば…あんたは納得する…のか?」

僕は、神の方へ視線を向けて問いかける。

同時に、自身の心臓の鼓動が強く脈打っていたため、自分でもかなり緊張しているのがわかる。

『…するかもしれないし、しないかもしれない。先程、この人間ものの魔力の波長から…そこにいる二人を引き連れてきた人間ではないと気付く事ができた。故に、お主ら二人が、電子の精霊達の主であることに…相違はないな?』

「ええ、その通りですが…」

神からの問いかけに対して父が答えるが、その表情はあまり明るいとはいえない。

『なに、ほんの気まぐれだ。うまくいけば、お主らを無事に物質界アッシャーに帰らせてやろう』

「…解りました……朝夫」

父は一応神の提案を受け入れたらしく、僕の方にアイコンタクトをしてくる。

黙ったまま首を縦に頷いた僕は、その場から歩き出してアカシックレコードの前にある椅子へ向かう。

また、神が口にした“物質界アッシャー”とは、僕達が暮らす今の世界――――———神々からしたら人間界の事をいうらしい。しかし、その事実を教えられるのはもう少し後になりそうだった。

 ……物凄い殺気を感じる…

椅子へたどり着いた際にハオスが席から退いてくれたが、その入れ替わりの際に視線こそ合わせてはいないが、彼から物凄い殺気を僕は感じ取っていた。


『また違う人間が来た!』

『何だか、懐かしい魔力の波長だね!』

「!!?」

僕が椅子に腰かけた途端、脳裏に声が響いてくる。

気が付くと、僕の周囲に蛍のように小さく黄色い光が纏わりついていた。

 やはり…先程見た光は、電子の精霊だったんだ…!!

僕は、自分にしか聴こえない声が響いてきた事によって、先程ハオスが座っていた時に見た黄色い光の正体が電子の精霊であると確信する事となる。

 ライブリー達を含め、これまで関わってきた電子の精霊とも何か違うかんじがするな…

僕は、椅子や自身の周囲に纏わりつく電子の精霊を見つめながら考え事をしていた。

『要は、俺達電子の精霊は、友好的とはいえそれぞれ“意思”を持っている。故に、関わり方を間違えると、予想もできないような危険な目に遭うかもしれない事を、肝に銘じてほしい』

僕はこの時、リーブロン魔術師学校で初めて情報リテラシーの講義をした際、イーズが口にしていた台詞ことばを思い出していた。

 今こそ、やり方次第では元に戻れないくらい危ないかも…!?

あの時イーズが口にしていた台詞ことばが、本当に現実化するかもしれないという不安が僕の脳裏をよぎる。

『では、先程の人間ものにも指示したように、このリストにある人間の中から一人選んで、その者の運命を変えてみてほしい』

僕が電子の精霊と相性が良いと判断したのか、神は次なる指示を与えた。

その場で首を縦に頷いた僕は、鍵盤のような形をしたキーボードに両手を沿える。気が付くと、目の前に3つのモニターが映し出され、左側には神が立ちあげているリストがエクセルの表のごとく表記され、そこには複数人の氏名が載っている。

 これは、どういった基準フィルターを設けて抽出されたリストなんだろう…?

僕は、リストをスクロールしながら考える。

 どれもこれも赤の他人だし、運命を変えるといっても……

スクロールしながら考えるが、どの人物にしようか定まらない。

「……なぁ」

『む?』

リストを一通り見た後、僕は横で立っている神に声をかける。

「今が電脳…所謂精神だけみたいな状態でもあるから、あんたの指示を行使するために、ライブリーの力を借りても大丈夫か?」

『ほぉ』

僕が上目遣いで神に視線を向けると、当の本人は一瞬だけ黙る。

『…構わないよ。同族がいた方が、“彼ら”も歓迎するだろうよ』

短い沈黙を破った神は、僕に対して問題ない旨を述べた。

「…ライブリー。こちらへ来てもらってもいいか?」

「えぇ、もちろん!」

神の了承を得た僕は、後ろの方で立っていたライブリーに視線を向ける。

彼女はすぐに承諾し、僕のいる椅子の方へと小走りでやってきた。一方、ハオスは僕に席を譲った後は少し後ろの方でその場の成り行きを見守っている。

 もしかしたら、神が僕の横にいるから妨害とかしてこないのかもな…

僕は、現状からそのような事を考えていた。

普通なら、自身が成し得なかった事を他人がやろうとしているのを見てしまったら、妨害せずにはいられないだろう。それでもハオスがそれを実行しないのは、僕が座る椅子の横に神が立っており、「近寄るな」と言わんばかりの圧力プレッシャーをかけているためかもしれない。

『…では、ライブリーとやら。主の肩辺りにでも、手を沿えるといい。さすれば、魔力の伝達や彼の者が視ている内容の共有が可能になるぞ』

「…わかったわ」

ライブリーが移動してきたのを垣間見た神は、彼女に一言だけ助言をする。

 あ…

彼女が僕の肩に左手を沿えると、そこから魔力が流れ込んでくるのを感じ取る事ができた。

 今までは全く実感がなかったけれど…こうやって、僕は電子の精霊の魔力ちからを借りて魔術を行使していたんだな…

僕は、ライブリーから流れ込んでくる魔力を感じながら考え事をする。

そして、少し緊張していた僕は、一度だけ深呼吸をして呼吸を整えた後に口を開く。

「よし、やろう」

そう告げた僕は、リストの中から選んだ人物の“運命”を変えるという神のような作業を開始する事になる。



 魔力の流れ出し方が、今までと全く違う…

私ことライブリーは、朝夫の肩に触れた途端にいつもとは違う感覚を味わっていた。

「よし、やろう」

朝夫が一言告げた後になると、更なる変化が私の視界に現れる。

彼はリストから一人の人物を指定し、鍵盤のようなキーボードを操って「運命を変える」という作業工程を始めたのだ。


「ネットワークの海…!!でも、これって…!!?」

気が付くと私は、頻繁に行き来する場所に自分が立っていた。

ネットワークの海といっても、人間が知る水でできた海のように青くはなく、黄色い光で周囲が眩しく、そういった光景がどこまでも続いているという私達・電子の精霊にとっては当たり前の光景だ。

しかし、いつも泳ぐ海とはどこかが異なる。

 アカシックレコードからアクセスしているからか…普段の潜り方とは、全く違う…!!

私は、そんな事を考えながら高速ないし光速でネットワークの海を泳ぎぬけていく。

途中で数十枚のスクリーンショットらしき塊とすれ違うが、私の目的の物ではないため、そのまま横切っていく。

 おそらく、朝夫が見たリストにあがっていた人間の“生きている瞬間のスクショ”ね…

私はいくつかの塊とすれ違う中で、その正体について考えていた。

「そうか、これって…」

私は、泳ぎぬけながらある事に気が付く。

スクリーンショットの塊とすれ違った際、その一部に手を掠めていたのだが、そこから炎が消えるような映像ビジョンが脳裏を巡った。

電子の精霊の脳裏に入り込んでくる動画や静止画は、その物体における詳細情報を意味する。よって、私の脳裏に映し出されたビジョンによって、神がどういう風にフィルターをかけてリスト化したのかを唐突に理解する事になる。

 だから、朝夫はこの人間を選んだ…!!

私は、心の中でそう確信する。

それとほぼ同時に、朝夫が選択した人間を示すスクリーンショットの塊が私の視界に入ってきていた。

「“運命変える”…って、随分大それたことだけど…。朝夫!!聴こえる!!?」

次第に距離が近づいてきた際、私はその場で声を張り上げる。

『ライブリー…どうした?これで聴こえるのか!?』

すると、頭上の方から朝夫の声が聴こえてくる。

現在、このネットワークの海を行き来できるのは電子の精霊のみである。そのため、術者である朝夫はこの現状が視えている訳ではないのだ。

「この人間の情報網に、突撃していけばいいのかしら!?」

私が頭上に向かって声を張り上げると、一瞬だけ音が途切れる。

おそらく、神に口頭で確認しているかもしれない。

『あぁ、それでいい…!!』

すると、すぐに頭上より朝夫の声が響いた。

「了解!!」

彼の台詞ことばを聞いた私は、安堵もあってか顔が緩む。

『はじめましての同胞だ!』

『気を付けて行ってきてね!!』

『後で疲れるかもしれないけど、頑張って!!』

塊へ自身が突っ込んでいく途中、周囲で同胞と思われる電子の精霊の声が複数響いていた。

 彼らがこれだけ協力的なのも、一重に…私達精霊を一人の「友」として良好関係を築いてくれた朝夫のおかげかもしれないわね…!!

私は、内心で考え事をしながら望木親子二人の顔を想像していた。

元々私達電子の精霊は、その特性上人間によって使役される事が多い。今まで見てきた中でも、“電子端末を操作する時にだけ必要な存在”と考える人間が多かったが、望木家の人間―――————とりわけ、朝夫と道雄はそうではなかった。

 運が良かったのかもしれないけど…何はともあれ、朝夫の役に立てるのがこんなに嬉しいと思える日が来るとは思わなかったな…!

私は、飛び込む直前、を細めながらそんな事を考えていたのである。


その後、私は朝夫が指定した人物の“中”へ飛び込み、アカシックレコードの力も以って「運命を変える」という処理を行う事になるのであった。


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