Line 11 「シャイン」と「シャドウ」

「この黒いのは、一体…?」

パソコンに現れた異変を目の当たりにして、宥芯ユーシンが戸惑いの表情を見せていた。

動画投稿サイトに表示された生配信は動いていたが、そのウィンドウの外に突如として黒いグラフィックが表示されていたからだ。

その突風か煙にも似た黒い「何か」は、次第に人の形を形成していく。

『あー!大分泳いだなー!!』

すると、黒いグラフィックから、思いもよらぬ存在ものが登場していた。

現れたのは、全身が黒ずくめの精霊。おそらく、ライブリーやイーズと同じ電子の精霊だろうが、僕が知っている“彼ら”とはどこか違う雰囲気を感じられる。

『シャドウが一体、何用かしら?』

すると、僕のMウォッチに宿るライブリーの声がカラオケボックスの部屋内に響く。

彼女の台詞ことばによって何かを感じ取った黒い精霊は、現状を把握したような表情を浮かべる。

『お前ら、確か…。人間に名を貰った精霊やつだっけか…。という事は、出てくる“場所”を間違えたのかもな…』

周囲を見渡しながら、黒い精霊は述べる。

その際に一瞬だけ、僕と目があったような気がした。

『…朝夫。俺とライブリーを、具現化させてくれ。気が付いているだろうけど、こいつも俺らと同じ電子の精霊だ。話をさせてほしい』

「わ…わかった…」

その直後、黙っていたイーズの低い声がパソコンのスピーカーより響く。

 今はどんな表情をしているか解らないが、イーズの奴…苛立っている…?

僕は、彼らを具現化するアプリケーションの操作をしながら、そんな事を考えていたのである。


イーズとライブリーの具現化を終えた後、イーズより簡単な説明があった。

魔術師の界隈で知られている妖精において「善き者」と「悪しき者」がいるように、電子の精霊にも似たような存在がいるという。

ライブリーやイーズは「善き者」側で、今パソコン上にいる精霊は、後者の「悪しき者」に当たるらしい。

『だから俺は、本来は別の人間が使っている機械に忍び込む予定だったんだ』

『本当にそうなの?』

『そうやって悪意がないフリをして、このパソコンで何かしでかすつもりだったんじゃねぇか?』

ライブリーやイーズが、悪しき精霊に問い詰めている。

その光景を、僕や宥芯ユーシンは黙って見守っていた。また、「彼ら」も名前がない存在であるが、人間によって名付けられることを嫌っているそうだ。そのため僕は、彼らにつけられた「シャドウ」という電子の精霊の一派を示す呼称で呼ぶ事にした。というのも、便宜上、仮名があった方が相手と対話しやすいからだ。

「あ…。望木先生!下松しもまつさんから電話が来たので、そちらの方をお願いしますネ」

「…了解しました」

スマートフォンの着信通知に気が付いた宥芯ユーシンは、僕に声をかけた後、部屋の隅っこへ移動して電話をかけ始める。

 僕らがシャドウの出現で驚いている間に、テスト配信が終わってしまったからな…。おそらく、日本こちらの様子を気にしての電話だろうな…

僕は、スマートフォンを耳に当てて通話する彼女を見つめながら、そんな事を考えていた。

『…とにかく!俺は、お前らと事を構える気はねぇんだから…。早く、ネットの海に行かせろっての!!』

『何だか、怪しいのよねー…』

一方で、シャドウを含む精霊達の対話はまだ続いていた。

今、彼が駄々をこねている理由は一つ。イーズがパソコンの設定を機内モードにする事でネットワークを遮断し、シャドウをネットワークの海へ行かせないようにしているためである。

現在、僕らの目の前に現れているシャドウは、一人称が「俺」なので、男なのだろう。そして、話し方から察するに、割と好戦的な性格をしていそうだ。

「…で、シャドウとやら。お前は本当に、間違えてこのパソコンに出てきてしまった…という事で、間違いないんだな?」

僕がパソコンの液晶画面内にいるそいつに対し、尋ねる。

自分の存在に気が付いたシャドウは、一瞬僕を睨み付けるも、彼は不気味な笑みを放ちだす。

『まぁ、そんな所だ。ただ、俺様がシャドウだからなのか、疑り深くて疲れるんだよ。この二人…』

シャドウの声音は声変わり前の少年の声に近いが、どうにも胡散臭い雰囲気を感じる。

ライブリーやイーズが警戒する理由も、何となく解った気がした。

「依頼者は誰とか、そんな事は訊いても答えないだろうから訊かない。だが、電子の精霊ならば、本来行くべき所とそうでない所の区別は…端末のIPアドレスで判明できるんじゃないのか?」

『…っ…!!』

 僕からの問いかけに際し、シャドウは動揺の声音をあげている。

「それと…お前達シャドウは、魔術師による具現化が不要って事なんだろうか?出没した段階で、精霊として視認できていたみたいだったが…」

先程の質問に対して答えられないだろうと考えた僕は、それ以外の気になる質問をする。

『いや、俺らシャドウもそいつら…人間共が“シャイン”と呼ぶ精霊やつらは、元々は同等の存在だ。だから、大抵の魔術師共には視えないはずだが…』

シャドウは、こちらからの質問に答えながら、スマートフォンで通話をしている宥芯ユーシンの方を一瞥していた。

『さて。そちらの質問には答えたし、そろそろ解放してくれねぇか?』

数秒程沈黙が続いたが、シャドウはすぐに話し出す。

 本当なら、もっと尋問したいが…。この後、リーブロン魔術師学校に帰らなくてはいけないしな…

僕は、本当ならここで切り上げたくはなかったが、この後も業務があるという観点から、ここでひとまず区切りをつけようと考える。

「…仕方ない。僕らも、まだやる事があるからな。イーズ」

『…朝夫が言うなら、仕方ないか。…ほらよ』

僕がイーズの名前を呼ぶと、彼はパソコンに設定していた機内モードを解除してくれた。

すると、パソコンの液晶画面に電波表示が少しずつ現れ始める。

『話のわかる人間やつで、良かったぜ!』

『もう二度と、この機械に侵入しないでちょうだい!』

シャドウは、ご機嫌なのか満面の笑みを見せる中、ライブリーが珍しく嫌味っぽい口調を言い放っていた。

パソコン上がオンラインになったのを皮切りに、シャドウの身体が最初に見た黒いグラフィックへと変貌していく。

『ikna emehtE edam ohw nalc eht fo…』

「ん…!?」

一瞬だけ、彼が謎の台詞ことばを発する。

しかし、途中言いかけたまま、シャドウは僕の使うパソコンからネットワークの海へと帰っていくのであった。


「お疲れ様でした、望木先生!カラオケボックスを出て、学校へ戻りますかネ」

「…了解です。カラオケの室料は学校の経費で落とされるとはいえ、長居は無用ですしね」

シャドウが去った後、通話を終えた宥芯ユーシンと共にカラオケボックスを出る。

下松しもまつさんは、何か言っていましたか?」

僕は、歩きながら彼女に問いかける。

宥芯ユーシンは、地面に視線を向けながら口を開く。

「望木先生が対面していた、“シャドウ”が現れた時にアメリカやイギリスでテスト配信を視聴していた彼らのパソコンに、一度だけ波のようなものが生じたと言っていましタ。端末自体には特に問題はなかったため、偶然の可能性もある。…下松しもまつさんは、そのようにおっしゃっていましタネ!」

彼女は一瞬考え込んだように見えたが、すぐに明るい表情へ戻って答えた。

『一応、イーズにパソコン内部を確認してもらった所…今の所、特に目立った問題はないみたいよ』

「ライブリー!」

すると、Mウォッチに宿るライブリーの声が響く。

幸い、今は新宿の交差点で周囲には多くの人々が行き交うおかげで、話し声といった雑音も多い。そのため、ライブリーの声を怪しまれる心配もないが、一応僕はライブリーが宿るMウォッチに視線を落とさずに相槌を打った。

「…念のため、シャドウが口にしていた音声をテキストファイルにまとめるよう、イーズに伝えてもらえるか?」

『了解!』

僕がそう伝えると、ライブリーは元気な声音で応じてくれた。

「…電子の精霊って、機械や端末の中ならいろんな事ができるんですネ!」

すると、一連のやり取りを見ていた宥芯ユーシンが話しかけてくる。

「万能…という訳ではないですが、人間側の能力次第では、もっと多くの事ができると思いますよ。…僕の父はおそらく、自分より完璧に彼らの実力を発揮できているかと思いますがね」

「成程…」

僕は、話の中で父・道雄の優秀さを口にする。

 どうやら、彼女は皮肉めいた台詞ことばの意味までは解らないか…

宥芯ユーシンの反応を見た僕は、彼女は日本語の直接的な意味は解っても、皮肉を言っているか言っていないかという言葉のあやともいえる深い意味はまだ理解できないのだろうと考えたのである。

「さて!早い所、学校へ戻りましょうか」

「そうですね!」

とりあえず、この後にも業務が少し残っているため、電子の精霊の話は一旦ここで打ち切りとなる。

僕達二人は、新宿駅前の交差点を通り抜け、「入口」を経てリーブロン魔術師学校に帰還するのであった。



『今日…偶然だが、“使える魔術師にんげん”に遭遇したぜ』

僕達がリーブロン魔術師学校に帰還し、別の業務を行っていた頃―――――――――周囲が真っ暗な何処かで、僕らが会ったシャドウが今の台詞ことばを口にする。

『“使える”って…』

『絶滅したと思っていた、“あいつら”の末裔って事??』

すると、彼の周囲にいると思しき精霊達の声が聞こえる。

『…おそらくはな。まぁ、“あの一族”とは毛色も目も全く異なるから、先祖に“あの一族”が混じっているのかもな』

シャドウは、少し得意げになりながら話す。

『問題は、奴の周りにはいけ好かない同胞が2匹いるって事だな』

『人間なんぞに、使役されているって事?』

『忌々しいと同時に、面倒でもあるね』

シャドウが語る中、他の精霊達も口々に話す。

『まぁ、暇つぶし程度に色々調べてみるさ。何せ、俺達・電子の精霊は、情報収集に長けた精霊ものでもある訳だしな!』

シャドウがそう述べてから数分後、彼らはそれぞれネットワークの海の中へと消えていったのである。

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