File 4 ローラーホッケー大会の準備と当日;日本と某会場

Line 10 新宿のカラオケボックスへ向かう

まさか、仕事の一環で日本こっちに戻ってくる事になろうとは…

僕は、不意にそんな事を考える。

そんな僕は、日本の新宿駅前にある交差点で信号待ちをしていた。

「望木先生!青になりましたヨ」

「あ…了解っす」

その場で呆けていた僕は、この日一緒に行動をしていたフー 宥芯ユーシンの声で我に返る。

歩行者用信号が青になった事で、自分達がいる側と少し離れた交差点の向かい側からもたくさんの人が歩き始める。人ごみの多さによって感じる不快感はどうしてもあるが、これまでよく目にしていた光景でもあるため、懐かしくも感じていた。



何故、僕が新宿の街を歩いているかには当然、理由がある。

遡る事、2日前――――――――――――――――

「さて、皆さん。今年もローラーホッケー大会の時期がやってきました」

職員会議にて、リーブロン魔術師学校の学長であるフェリシア・バラノが話を切り出す。

 校内行事という所か…?

あまり聞き慣れない単語を耳にした僕は、少しだけ首を傾げながら話を聞いていた。

その動作はごく小さな動作ものだったが、学長は雰囲気から察したのか、一呼吸置いてから話し出す。

「今年は新任の教師かたもいらっしゃるので、軽く説明をしておきましょう」

学長は、そう述べた後に僕の方を一瞬だけ一瞥していた。

 凛とした雰囲気を感じるな…

僕はこの時、女性であるフェリシア学長の雰囲気に一時の関心を覚える。

1年に一度だけ催されるという、ローラーホッケー大会。これはその名のごとく、生徒達が4輪のローラースケートを履き、木製でできたスティックで硬質ゴム製のパックを相手ゴールに入れると得点になる競技をして優勝を決める大会だ。リーブロン魔術師学校には、普通の学校にあるような校庭やグラウンドが存在しないため、提携している地上の会場を借りて実施されている。尚、昨年までは生徒と教職員だけで盛り上がる形になっていたが、今年度から新たな取り組みをする事になったと学長は述べる。

「では、オンライン中継について…。技術員の下松しもまつさん。お願い致します」

概要の説明を終えた学長は、次の話へ入るために側で控えていた光三郎に話を振る。

学長の後ろに立っていた光三郎は、教職員に軽く会釈をした後に口を開く。

「兼ねてより生徒の親御様より、“ローラーホッケー大会を観覧したい”というご要望を複数戴いていました。当校では、文化祭などといった外部向けのイベントがほとんどない事は親御様もご理解戴けていたようですが、やはり魔術を学び実際に使用している我が子を見たいという声を多数いただいていたので、今年度の大会よりインターネットを利用したライブ中継の配信を行うという事で決定しました」

光三郎は、淡々と話す。

「では、我々教職員は何をせよということか?」

すると、教職員の一人が挙手と同時に質問を投げかける。

その質問は、最もであった。職員会議で議題に上がるという事は、生徒達に限らず僕ら教職員にも関係がある事だからだ。一見、生徒達にしか関連がない行事でも、技術員の光三郎が話を進めるのだから、何かあるのだろうと思うのは当然だ。

技術員による説明は、続く。光三郎の説明によると、当日に生徒の親御にはパソコン上からアクセスできる動画投稿サイト・PouCubeより試合を観覧してもらう事になるが、大会当日を前に一度動画が見る事ができるかのテスト実施を希望しているとの事だった。

「テスト実施地域は、当校の“入口”があるアメリカ・イギリス・日本の3か所で行いたいです。そのため、教職員の皆様にはこの3か所へ実際に出向いてもらい、テストとしてこちらが撮影する映像をオンライン上で見る事ができるかのチェックをお願いしたい」

「となると…。現地に詳しい職員に、そこへ向かわせるのが一番かもしれませんね」

「そうですネ!一人だと諸々不安なので、二人一組とかが一番かと思います!」

すると、話を聞いていたマヌエルや宥芯ユーシンがそれぞれ話し出す。

「そうですね。では、イギリスの方は…ラスボーン先生にお願いしてもいいですか?」

「わかりました、学長。お任せください!」

マヌエルの意見に同調した学長は、イギリス出身の教師・テイマーに1か所目へ出向く事を指示した。

「あと、すみません。言い出したくせに何ですが…。わたしは生徒達を撮影する側に加わるため、テスト配信で現地へ赴く事はできません」

頃合いを見計らったのか、光三郎が話に割って入ってくる。

「わかりました。となると、日本の方は…」

光三郎の進言を受けた学長は、口を動かしながらこちらに視線を向けてくる。

すると、その場にいる全員の視線が僕に向いたような気がした。

「……了解しました……」

“確実に自分が指名されている”――――――――――――――複数の視線によってその意図を感じ取った僕は、承知した旨を口にする。

すると、僕が覚えている限りではフェリシア学長とテイマー辺りが満足そうな笑みを浮かべていた。



2日前に実施された職員会議でのそういった会話があり、僕はこうして新宿のど真ん中に立っている。宥芯ユーシンが僕と同行する理由は、彼女自身が提案した結果に加えて「日本だとアジア系の教職員2人の方が目立ちにくい」というテイマーの意見が反映された事に起因する。

「何だか、懐かしイ感じがしますね」

過去に日本で住んだことのある宥芯ユーシンは、しみじみとした表情を浮かべながら周囲を見渡していた。

フー先生は、日本に住んでいた時…何処に住んでいたんですか?」

僕は、足を動かしながら彼女に話しかける。

「えっと…。そうだ、高田馬場ですネ。日本人の学生サンを、よく見かけていた記憶があります」

「成程…。割と、移動が便利な街に住んでいたんですね」

僕達は、目的地へ向かいながら、何気ない会話をしていた。

宥芯ユーシンの両親はどちらも台湾人だが、父親の仕事の都合で一時期日本に住んでいたらしい。日本語が話せるのもそこから来るらしく、日本語学校へ通った訳ではないと本人は語る。

「望木先生の自宅は、新宿ここから近いんですか?」

「うーん…。近いような、遠いような…って所っすかね」

逆に宥芯ユーシンから質問をされたが、僕は返答に困ってしまう。

『新宿から電車で20分くらいの場所だと、近いか遠いか解りにくいわよね!』

すると、Mウォッチ内で僕らの会話を聞いていたライブリーが会話に入り込んでくる。

「Oh!可愛い子ちゃん…じゃない、ライブリーではないですか!」

ライブリーの声に気が付いた宥芯ユーシンは、自身が勝手につけたあだ名で呼ぼうとしてがすぐに訂正していた。

「日本の首都・東京は、国外の人間にしてみれば狭い土地なので“近い”と感じる人間やつはいると思います。ただ、僕のように東京に住んでいる人間からすると、府中は都下地域だし少し遠いイメージがあるかもしれないですね…」

僕は、ため息交じりで彼女の問いかけに答える。

 同じ東京都内とはいえ、新宿ここに比べたら、自分が住んでいる府中は田舎だろうしな…

一方で、僕はそんな事も考えていた。


「わぉ!これが、ゴ●ラ…!!」

フー先生。こっちっすよ…」

駅前から歩き出して数分後、僕らは目的地寸前の所までたどり着いていた。

今回の目的地は、新宿市内にあるカラオケボックスだ。宥芯ユーシンが感激しながらスマートフォンで記念撮影をしているのは、目的地付近にあるビルを象徴するオブジェであった。

 場所は知っていたけど、ここで映画を見た事ないし…。いつかは、こんな高層ビルのホテルに泊まってみたいものだ…

僕は、オブジェを記念撮影している宥芯ユーシンを見つめながらそんな事を考えていた。

彼女が撮っていたオブジェがあるビルは、映画館や飲食店。コンビニやホテルが1つのビルにまとまった建物であり、今の歌舞伎町における象徴的な場所ともなってきている。

「ん…?」

僕が彼女を待っている間、一瞬だけ周囲が揺らいだような感覚を覚える。

周囲を見渡したが、目の前の通りやお店へ出入りする人影以外は特に何もなかった。

「望木先生!おまたせしまシタ…!」

「いえ…。予約時間まで少し余裕があったので、ちょうど良かったと思います」

数秒後、スマートフォンを片手に宥芯ユーシンが戻ってきたため、僕はカラオケボックスがあるビルのエレベーターのボタンを押したのであった。



『ここが、カラオケボックス…?』

「…そうか、イーズはカラオケボックスを訪れるのは初めてだったか」

目的地へ到着した僕達は、予約した旨を受付に伝え、案内された部屋に入った。

指定された時間が近づきつつあるため、持参した自分のパソコンを広げる。

「ライブリーは、日本のカラオケボックスに来た事があるんですか?」

『確か、一度だけかな。朝夫が終電逃した時に、仮眠を取るという名目で訪れたのは覚えているわ』

会話を聞いていた宥芯ユーシンが何気なく問いかけると、ライブリーが答えた。

「インターネットカフェでも良かったんだけど、1・2曲ほど歌いたかったし、やはり防音がしっかりしているという意味では、カラオケボックスは最適だからな」

それに対し、僕が反応する。

目的地へ向かう途中で宥芯ユーシンには話したが、今回のテスト配信をカラオケボックスで鑑賞する事にした理由は、インターネットを自由にできるWi-Fi環境。加えて、防音がある程度保障されているからだ。テスト配信なので聴かれては困る内容が配信される心配はないが、やはり周りに音が漏れない環境というのは、仕事をする上でも必要な環境だといえる。

色々な事を考えながら、僕はWi-Fiをカラオケボックスで敷かれている無線に切り替え、動画投稿サイト・PouCubeを開く。宥芯ユーシンは、そんな僕の動作を隣で見守っていた。


『おー…すごいなー!』

『生中継って、私も初めてかも!』

パソコンを立ち上げてから数分後―――――――――――――――――液晶画面に映った映像を目の当たりにした時、ライブリーやイーズが第一声をあげていた。

『皆さん、お疲れ様です。技術員の下松しもまつです』

動画サイトの画面には、光三郎が映っていた。

背景から察するに、教室棟にある廊下で撮影しているのだろう。

『映像や音声が途切れいたり、見にくい・聴きにくいという事はないでしょうか?異常があれば、詳細を。特になければ“no problem”とコメントを打ってください』

光三郎の指示を受け、僕はキーボードを使ってコメントを打ち込む。

僕がコメントをした数秒後、イギリスとアメリカへ向かった教職員によるコメントが液晶画面上に表示された。

 このアイコン…おそらく、奴の写真だな…

僕は、“no problem”の横に小さく表示されたイギリス側のアイコンを垣間見た時、そんな事を考えた。

配信中のコメント横につくアイコンは小さいので全容はわからないが、一見しただけでもテイマーの顔写真をアイコンに使用しているのは一目瞭然だった。因みに僕は、アイコン画像を何も設定していないため、朝夫の“A”のみが表示されている。

その後、光三郎が主体になって、校内のいくつかの場所が映し出される。当日は地上にある会場で行われるので電波の問題はないだろうが、彼曰く撮影に使用している機材は普通の人間が扱う機材それとは少し異なる物らしく、ちゃんと動作できるかの確認をしたいというのが今回の配信の趣旨だろう。


『では、事前に撮影の許可を貰った授業にてカメラを回し、魔術の発動がちゃんと映るかを確認した後、テスト配信を終了とします』

光三郎がそう告げた後、教室棟にある実習室の扉を開け始める。

因みに、ローラーホッケー大会では使用する硬質ゴム製のパック自体には禁止されているが、選手自身及び木製でできたスティックに魔術を使用する事はルール上で可能となっている。そのため、このテスト配信でも魔術を使用している光景を映し出せるかの確認をする事が、必須といえるだろう。

「すごい…」

僕は、画面上に映った光景を目の当たりにして、少し感激していた。

今回、撮影で入った実習はリーブロン魔術師学校の5年生が実施しているもので、“自分の身体に魔術をかける実習”を行っているようだ。ある生徒は直立不動のまま地面から浮いており、ある生徒は自転車をこぐくらいのスピードで上下左右と高速で移動している光景が映っていた。

「5年生は、ローラーホッケー大会でも主力の選手が多い学年ですからね。チームキャプテンも、彼らの学年から選ばれていると思いまス」

「5年生というと…15歳くらいか」

隣で配信を見ていた宥芯ユーシンが、補足をするように語る。

おそらく、僕が教職員の中でも一番新任故に、「何故5年生の授業か」を説明してくれたつもりだろう。

 日本人の15歳くらいの学生と比べると、やはり大人っぽい…

僕は、映像を見ながら、改めて人種の差を痛感していた。

「チームといえば…。大会のチームって、学年ごとではないんですか?」

「はい、宿泊棟のエリアごとに組んだ7学年ごちゃまぜのチームで…」

僕は、不意に思いついた疑問を彼女に問いかける。

宥芯ユーシンはすぐに答えてくれたが、台詞ことばが最後まで紡がれる前に止まってしまう。

「これは…!?」

突然の異変に、僕は目を丸くして驚く。

液晶画面に映る映像はそのまま流れていたが、画面上に黒い煙のようなグラデーションが現れていた。

『何かが、来るぞ!!』

動画を見ているパソコンにいたイーズの叫び声が、カラオケボックス上に響く。

機械やインターネットに明るい電子の精霊が動揺している所から察するに、今起きている現象は単なるコンピューターウイルスではないのだけは、この時直感していたのであった。

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