ベンチ

@sakenomoka

ベンチ

 新しい職場に配置されて1週間。

 少し気合いを入れて、朝6時に起きちゃったりして、弁当を作ってみたり。流行りの小さなマグボトルにほうじ茶ラテ入れて、ほとんど誰も来ていない職場でひと息ついてみたり。

 平成生まれが稀少ではなくなって、真新しさとは縁遠くなっていたここ数年。10年前までは、ええーっ、平成生まれ?!という心地よかった驚きも、平成が31年も重なれば、以下省略。もはや平成も過去の時代になってしまって、2000年代生まれたちがつやつやの肌とぱっちりおめめを携えて採用されてくるこのご時世、自分は真新しさとは無縁の世界にいるように感じていたのだが、新しさというのは自分で作っていくのだなぁとしみじみと感じている。

 緊急事態宣言が発令されようとしている日の昼とは思えないほどの雲一つない空に引き寄せられるように、6時起きで作った弁当をさっさと食べて、外へ出た。

 ここ3年くらい、桜をまじまじと見る機会もなかったのだが、「見ちゃダメ」と言われたものほど見たくなるのと同じ心理で、陽の光がよく当たる、ベンチに座りながら桜を眺めた。

 眺めながら、今、何してるのかな、と考える。

 それは一瞬で、今度はあの道を通ってみようかな、あのお店に行ってみようかな、と考える。このあたりにはおいしいカレー屋さんがあるのだと、先輩に教えてもらった。

 他にも耳寄りな情報がないか、携帯でいろいろ検索して、緑色のアイコンを押して、ホーム画面に戻って、そろそろ戻らないといけない時間だと気付く。

 ベンチから腰をあげ、少し離れたところにある満開の桜を最後に目に焼き付ける。

 すでに散り始めた桜を、こんなにももったいないと思ったのは初めてかもしれない。誰もが待ち望み、この1週間のためにつらい夏と冬を乗り越えてきたというのに、堂々と花見をすることさえも叶わなかった。そんな悔しい気持ちを抱えた人たちのことを思うと、より一層、この桜が散ってしまうのが惜しい気持ちになった。

 太陽の光をはじくかのように白く輝く花びら。3年前にまじまじと見た夜桜は、雪のように静かに水面に花びらを散らせていた。

 全身を包む陽気。あの日は、とても寒かった。

 春の始まりの冷たい風。あの日は、指先はあたたかかった。

 ひとりきりのベンチ。あの日は、きれいだねってはしゃいでいた。

 あの日の私は、今の私を想像していなかっただろうな。この先も、一緒に桜を見るのだと、信じてたんだろうな。どうしていれば、また一緒に桜を見れたんだろうな。少し不思議な気持ちになりながら考えてみたけど、不毛なのでやめることにする。

 公園内に点在するベンチに腰掛けた他の人も、一瞬でもひとりになりたくて外に出てきた仲間なんだろうな、と眺める。

 天気が良くてよかった。でなければ、こんなときに、ひとりになる時間なんて作れなかっただろうから。

 お天道様万歳、そう思った今日の日の出来事なのでした。

 

 

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