寵児の巣立ち(1)

 言うまでもなく、レックスとの戦いの中で最も働いたのはアクシスである。流石のアクシスでも疲れただろうと思い、ベル達は気遣いの気持ちから、一旦、ここで休もうと提案したつもりだったが、気づいた時にはアクシスの背に乗って移動することになっていた。


「い、いや、そういうことでは……?」


 シドラスが戸惑いの様子を見せて、ベルも同意するように首肯する。アスマだけは暢気にアクシスの背を楽しんでいるが、別にベル達はアクシスの背に乗りたかったわけではない。


「疲れているなら、ゆっくりと休むといい」


 そうアクシスは言ってくるが、ベル達が休憩を求めた理由は疲労ではなく気遣いからだ。アクシスの方が疲れているだろうと思い、そのように言ったと説明しているのだが、当のアクシスは聞く様子がなく、結局、ベル達はアクシスの背に乗ったまま、家のある広場に戻ってくることになった。


 そこで待っていたはずのイリス達と対面する、という予定だったのだが、ベル達が到着した時には、既に広場の光景が一変していた。


「な、にがあった……!?」


 アクシスが思わず驚愕し、そのように呟いている上では、ベル達も同様に目を丸くして、広場に広がる光景を目にする。


 そこには存在したはずの家が消え、代わりに無数の瓦礫が積まれていた。


「い、家は……!?」


 アクシスの背から降りながら、アスマが困惑した様子で声を上げる。ベルとシドラスもそれに続いて降りていると、アクシスの近くにソフィアやエルが歩いてきた。


「このように壊されたわ」


 残念そうであり、申し訳なさそうにソフィアは呟いて、家のある方を手で示す。驚愕しながらベル達が家の方を見ると、その前ではミカが呆然とした様子で座り込んでいた。手には見覚えのある布を掴み、目からは大粒の涙を零しながら、崩れた瓦礫の山を見つめている。


「お家が……私達の家が……!?」


 信じられないとばかりに声を荒げ、泣きわめくミカをタリアが優しく寄り添っているようだった。その近くにはイリスも立っているが、その表情はとてつもなく暗い。


「ごめんね……お家を守れなくて、ごめん……」


 イリスは小さく呟いて、その声を聞いたミカがイリスの方に目を向ける。一瞬、睨みつけるように鋭い視線を送ってしまうが、すぐにその目は優しく、悲しそうなものに変わって、ミカはかぶりを振っていた。


「お姉ちゃん……違う……」


 そう呟いて、ミカは耐え切れなかったように涙を流し始める。その姿にイリスの表情は更に暗くなって、自分を責め立てるように俯いていた。


「本当に何があったんだ?」


 戸惑うベルが声を発すると、同じようにその光景を見つめていたソフィアが暗い表情のまま、イリスの様子を否定するようにかぶりを振る。


「何も悪くないのよ。あの子も頑張ってたし、私達もできる限りのことをしたけど、守り切れなかったのよ」

「何かが来たのか?」

「ドラゴンです。竜を超えるほどの大きさをした白いドラゴンがやってきて、魔術で全てを壊していきました」


 悲しそうな表情を浮かべ、エルがそのように説明してくれたことで、ベル達は同様に驚きの表情を浮かべていた。


 レックスだけでなく、他のドラゴンも森の中にはいた。それがイリス達を狙って、この場所を訪れたということに、ベルはレックスと対面していた時に思い至っていた考えを思い出す。


「やはり、レックスのあれは時間稼ぎだったのか」

「そのようですね。きっとミカさんを連れ去って、人質にしようとしていたのでしょう」

「レックス?」


 ベルとシドラスの会話を聞いて、エルが不思議そうに呟いた。ベル達は首肯し、自分達の身に何が起きていたのか、ソフィアとエルに説明を始める。


「レックスがアクシスの前に現れて、アクシスを襲ってきたんだ。この場所が襲われる可能性も考えて戻ろうとしたんだが、レックスの魔術に動きを止められて、戻ってこられなかった」

「えっ? ちょっと待って? それって大丈夫なの? だって、アクシスとレックスが戦うって……ええ?」


 ソフィアがドラゴン抗争を思い出したのか、頻りに驚きで声を上げながら、ベル達の顔を見回していた。当然の反応だろうと思いながら、ベルは頷いてアスマに目を向ける。


「良く分からないが、アスマの魔力がアクシスを助けたらしい」

「アスマの? どういうこと?」

「その辺りは後でアクシスから直接聞いてくれ。魔術に明るくない私達では全く分からなかった」


 ベルがかぶりを振りながら答える一方、シドラスは別のことを気にしている様子だった。広場の中をじっくりと見回してから、ソフィアやエルを見て不思議そうに聞いている。


「ところで、この場に現れたというドラゴンはどうしたのですか? 何もせずに立ち去ったのですか?」

「いや、ドラゴン自体は倒したわ。ここから少し離れた場所に死体があって、今はあのパロールっていう魔術師とガイウスが調べていると思う」

「パロール達が来ているのか?」

「ええ。ドラゴンを倒したのも、その二人が持ってきてくれた例の魔導兵器を使ったからよ」


 そう答えながら、ソフィアの表情が今もまだ暗いことにベルは気づいた。ドラゴンの死体がそこにあって、パロールが調べているというなら、それは魔術師の範疇であるということだろう。


 それなのに、ソフィアとエルがここにいるのは、きっとソフィアの中でまだ覚悟が定まっていないからだ。サラディエに至るまでの会話を思い出し、ベルはそう思いながら、ソフィアの近くに寄っていた。

 そこでソフィアはベルの視線に気づいたのか、僅かに口角を上げて、小さく頷く。


「ちゃんと頑張るから」

「別に心配してない。ソフィアなら大丈夫だ」

「ありがとう」


 ソフィアは少し気恥ずかしそうに微笑み、ベルは力強く頷いた。兄であるハムレットと真正面から向き合ったソフィアだ。そのことを知っているベルが不安に思うはずがない。


 二人がこっそりと話していると、ソフィアの説明を聞いたアスマとシドラスが同じことを思ったのか、広場を見回しながら口を開く。


「あれ? パロールとガイウスが来たって、ライトは?」

「呼び出した当人は不在ですか?」

「いえ、何でも聞いたところによれば、他に何かを見つけて、そちらに向かわれたとか。詳細は分かりませんが、この森には来ているようですよ」


 アスマとシドラスの疑問にエルが答え、二人はライトが何を見つけたのだろうかと疑問に思った様子だった。ベルもわざわざ単独行動をすることなど、相当なことに違いないとは思うが、そのこととは別のことで若干の不安を覚える。


「なあ、ライトのことだが、別行動を取った結果、迷子になっているという可能性はないよな?」


 ベルがそう切り出し、その可能性に気づいたようにアスマやシドラスだけでなく、ソフィアとエルもハッとした顔をしている。


 サラディエは全てが同じ高木で構成され、その中に紛れ込むと、自分がどの位置にいるのか分からなくなるほどだ。その中に一人でいるとすれば、他の皆のいる場所に向かいたくても、向かえなくなっている可能性が十分に考えられる。


「ど、どうしよう……!?」


 アスマが慌てたように呟く中、アクシスがゆっくりと首を擡げて、ベル達に聞いてくる。


「人を探せばいいのか?」

「あっ、そうだ。アクシス! お願い! ライトがどこにいるか探して!」

「もち。任せろ」


 そう言ってアクシスが森の方に意識を向けようとした時のことだった。不意にシドラスが動きを止めて、遮るように手を伸ばしてきた。


「ちょっと待ってください。何か聞こえませんか?」


 静かにするようにジェスチャーを見せるシドラスの一言を聞いて、ベル達はゆっくりと耳を傾けてみる。高木の奥へと意識を向ければ、確かにその場所から誰かの話し声が聞こえてきた。


「ちょっと待ってください……!? このままはちょっと……!?」

「まあまあ、歩けないから仕方ないって」

「いや、そういうことではなく、もっと単純に恥ずかしさが……!?」


 聞こえてきた話し声に耳を傾けて、ベルはその声が誰のものなのかを考える。


「ライトの声に聞こえるね」


 アスマがそう呟いた。ベルとシドラスも頷いてから、もう一つ、別に聞こえる声を考える。


「この声って、確か……」


 ベルがそう言いかけた時のこと。高木の隙間から足音が聞こえ、そこから人影が飛び出してきた。それは声が聞こえていたようにライトであり、無事に逢えたことを喜びたいところだが、それ以上にベル達の視線はライトの抱える一人の人物に向けられていた。


「あっ、殿下達」


 そう暢気に呟くライトとは対照的に、その腕の中にいる人物とベル達の視線が鋭く交わる。


「ハク」


 その様子を見て、アクシスが静かに声を発していた。

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