竜虎相搏(14)

 アクシスの身に危険が迫っている。自分が向かって、それで何ができるかは分からないが、少しでも助けられる可能性があるなら、アクシスの元に行きたい。

 その思いを告げたことで、ハクはライトによって抱えられ、森の中を移動することになっていた。


「あ、あの……!? こ、この持ち方でないといけませんか……!?」

「え? いや、そう言われても、他にどうやって?」


 身体の下から背中と足元を掬われるように持ち上げられ、ライトが森の中を駆け出したことに、ハクは若干の気恥ずかしさを覚えていた。他の方法を求めて聞いてみるが、当のライトは他の方法を知らないような反応だ。


「普通に負ぶっていただくとか……?」


 アクシスの背に掴まった記憶を思い返しながら、ハクはそのように聞いてみるが、ライトの表情は険しいものに変わり、断固として拒否する姿勢を示すようにかぶりを振っていた。


「えっ? どうしてですか?」

「いや、寧ろ、どうして、それがいいと思ったの? ちゃんと言っておくけど、男の背に乗ることはその男を殺すことになるかもしれないってことをちゃんと覚えておくべきだよ?」

「えっ!? どういうことですか!?」

「詳しくはちょっと俺の口からは……流石にそういう雰囲気でもないし……まあ、この話はまた余裕がある時にしよう」


 どことなくはぐらかした様子のあるライトに抱えられ、ハクはそのままアクシスがいると思われる方向に移動していた。


 最初は何となく、家のある方向に移動しようとしていたのだが、その途中、森の一部から強烈な熱気が漂っていることに、ハクだけでなくライトまで気づき、その方向にアクシスがいるという可能性が高まって、ハクを抱えたライトは方向を転換していた。


 高木の隙間を走るハク達の前に、高木へと燃え移って、今も広がろうとしている炎が飛び込んでくる。その熱気にライトは思わず足を止めて、きょろきょろと辺りを見回し始めていた。


「何をしているのですか……!?」

「いや、流石にあそこは行けないから、どうやって回り込もうかと……」


 そう言っているが、高木に燃え広がる炎は広く、どこまで続いているか分からない。この間もアクシスとレックスがぶつかっているとしたら、事態は一刻を争う。


 ハクはライトに抱えられたまま、自身の手に目を向けて、若干の痺れの残った感覚を確認する。不安定ではあるが、魔術自体は発動できそうだ。


「私が可能な限り、魔術で保護しますので、そのまま突っ切ってください! お願いします!」


 ハクがそのように懇願すると、ライトは心底迷った表情をしながらも、すぐに覚悟を決めたように大きく息を吸って、「頼む」と口にしていた。


 ハクがライトの腕の上で術式を生み出し、自分達を光で包み込んでいく。それを確認したライトが一気に走り出して、目の前に広がる炎の中を突き進み始めた。


 魔術は不安定で若干揺らめいているが、ハクは必死に神経を注ぎ込み、炎やそこから放たれた熱がハク達の元に届かないように何とか堪えていた。


 やがて、ハクとライトは高木の隙間から飛び出し、高木の薙ぎ払われた広場に突入する。そこでライトが立ち止まり、ハクは思わず顔を上げていた。


 浮かぶレックスにそこから放たれる炎。それに抗おうとするアクシスが炎を放って、何とか均衡を保っている様子だった。


「お、おい……? このサイズのドラゴンは流石に……?」


 ライトが戸惑いと怯え交じりの声を出し、その場で足が竦んだのか、そこは流石に危険と判断したのか立ち止まっていると、ハクがアクシスの元に駆け寄ろうと必死に身を乗り出しかける。


「お父さん!」


 そう叫んだハクを前にして、ライトが驚きの表情を浮かべる中、同じくらいの驚きをハクはそこで広がる光景から受けることになった。


 最初は気のせいかと思うほど、変化はゆっくりと広がっていた。次第にそれは間違いないと感じて、ハクはアクシスの魔術の質が変化したことに気づく。


 何が起きたのかと思っていたら、レックスが何かを狙ったように攻撃し、アクシスの魔術が再び押さえ込まれ始めていた。そのレックスが狙った方を確認し、ハクがアクシスの足元に目を向ける。


 そこでアクシスの近くに人がいることにハクと同じで気づいたのか、ライトがやや疑うような声をぽつりと零した。


「殿下……? シドラス……? ベル婆もいる……?」


 アスマ達がアクシスの足元にくっつく。その途端、アクシスの魔術が再び変化し始めて、ハクはそこで何が行われているのか察し始めていた。


 恐らく、アクシスはここまでレックスの魔術に対抗するために、魔術の出力を上げようとしていたが、それをしてしまうとサラディエに被害が出ると躊躇っていた。被害を減らすためには、魔術を細かく操作する必要があるが、それは大きなペンで小さな文字を書くような作業だ。

 一瞬も隙を作れない。そのような状況では、流石のアクシスでも難しく、実際に状況は均衡しているどころか、徐々に押されつつあった。


 しかし、そこに魔王であるアスマの魔力が加わったことで事態が変わった。魔王の魔力がアクシスの魔術に作用し、アクシスの魔術は魔王の魔力によって強制的に出力を上げることになった。


 アスマの魔力が魔術の出力部分を担当したことで、アクシスは自身が出力を上げる必要がなくなり、魔術の細部まで意識を向ける余裕が生まれた。


 結果、アクシスの魔術がレックスの魔術を覆い込むように変わった。


「こんなことが……?」


 そこで起きた反応を目撃したことで、ハクは驚きと共にまた違う感情に襲われていた。


「違ってた……」


 竜殺しの魔王と呼ばれるアスマが生きていたら、いつか竜であるアクシスは殺されるかもしれない。そのように思い込み、ハクはアクシスのためにアスマを助けようとした。


 だが、実際はその魔王であるアスマの力によって、アクシスは助けられている。

 ここまでの自分の考えや行動は全て間違えていた。そのことを理解したハクは猛烈な後悔に襲われ、静かに涙を流す。


「馬鹿だ……本当に私は……何てことを……」


 小さくそう呟くハクの前で、アクシスの炎はゆっくりとレックスの身体を包み込んでいた。



   ☆   ★   ☆   ★



 レックスの身体が地面に落下して、その場から動かなくなった。アクシスの炎に包まれ、黒く焦げた身体を見れば、レックスがどうなったかは確認しなくても分かる。


「た、すかったのか……」


 不意に湧いてきた安堵感に襲われ、ベルはその場に思わず座り込んでいた。


「良かったぁ……」


 そう呟いたアスマだけでなく、流石のシドラスも限界だったのか、アクシスの身体を借りるように凭れかかりながら、ベルと同じように座り込んでいく。


「無事か?」


 アクシスがやや心配した様子でベル達の方を向きながら、そう聞いてきた。


「ああ、うん。何とかね」


 アスマは笑顔でそう答えているが、ベルはその解答にやや懐疑的になりながら、自身の着ていた服に目を向ける。レックスが死に物狂いで放った魔術のこともあって、服は煤けただけでなく、一部が燃えたようにボロボロになっている。


「数少ない私の服が……」

「ご安心ください。今回の一件を報告して、ちゃんと手当てが出るようにしますので」

「頼む」


 シドラスにそう頼みながら、ベルはふと服の下に入れていたものは無事かと気になった。ボロボロの襟元から手を突っ込み、そこにぶら下がった物を掴むと、服の外まで引っ張り出してみる。


 それは竜王祭の際、アスラから貰ったネックレスなのだが、取り敢えず、今の一連の出来事で壊れることも、傷つくこともなかったようだ。

 そのことにベルが安堵していると、不意にアクシスが口を開いた。


「それは……?」


 そう呟いたアクシスがじっとベルの方を見つめたまま、驚いた顔をしていることに気づき、ベルは引っ張り出したネックレスを見せてみる。


「これか? これはプレゼントで貰った物だが、どうかしたか?」

「そ、それだ……」

「はあ?」


 急にアクシスが何を言い始めたのか分からず、ベル達が揃って、きょとんとした顔をしていると、アクシスは驚きを噛み締めながら、静かに伝えてくる。


「その首飾り。そこにつけられた石こそ、だ」

「は、あ……?」


『ええっ!?』


 ベル達三人は思わず声を上げて、ベルの握るネックレスを見ていた。ライトが選び、アスラが渡してくれたというプレゼントが探そうとしていた魔術道具である。

 その事実にベル達は呆然としたまま、しばらく言葉を交わすこともなく、三人の間で視線を彷徨わせるのだった。

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