帝国の幕引き(2)
王城前に馬車が立ち並ぶ光景は帝国からの使者が王都を訪れた日と変わらなかった。
そこに唯一の変化があるとすれば、そこに乗り込む帝国軍人の数が減ったことと、馬車の近くに辿りつくまで、全員の手に枷がつけられていることくらいだ。
帝国からの使者はたった数日の間に、王国内での犯罪者に成り下がっていた。そのことを笑う者は王城にはいない。
あるとすれば、そこには畏敬の念だけだ。敵国のど真ん中に数人で乗り込み、そこで自分達の目的のために行動を起こしたのだ。
それを求められたとしても、どれだけの兵士が実行できるかは分からない。王城に務める衛兵でも、それは同じことだ。
馬車の近くで手枷を外されながら、ラインハルトは見送りのために現れたハイネセンの背後に目を向けた。そこにはハイネセンの護衛としてブラゴが立っている。
「君が今回の決定を下したそうだね」
ラインハルトの視線を感じ取り、ブラゴはラインハルトの言葉に首肯する。ラインハルト達帝国軍人の処遇はブラゴが提案し、受理されたものだ。
「王国は優しい国だと思っていたが、このような決定を下すとは」
恨み言のようにも聞こえる言葉を呟きながら、ラインハルトは手枷の外れた腕の調子を確認している。その様子を見つめるブラゴは眉一つ動かさない。
「優しさと甘さは別物です。必要なのは何を一番に考えるかという判断です。それは貴国も同じことだと思いますが?」
微塵の動揺も見せないブラゴからの質問を受けて、ラインハルトは微かに笑みを浮かべた。
「確かにそうかもしれない。私達は少し図り損ねていたみたいだ。貴国のことを」
「見直してもらえたのなら幸いです」
ブラゴが軽く頭を下げると、ラインハルトはやや諦めたような笑みを浮かべ、自分が乗り込む馬車に目を向けた。
「健闘を祈ります」
ラインハルトが馬車に乗り込む直前、最後にハイネセンがそのように声をかけた。その言葉を聞いたラインハルトは僅かに動きを止めて、自分が乗り込む以外の馬車を見やってから、少しハイネセンに目配せする。
「首くらいは守るさ。部下の首くらいは」
そう言い残し、ラインハルトは馬車の中に消えていった。
しばらくして、帝国軍人を乗せた馬車が王城を出立する。それを見送り、ようやく終わったとハイネセンは安堵の溜め息を漏らした。
「取り敢えず、これで何事もなく解決か……」
ハイネセンはそう呟いたが、ブラゴはその言葉に小さくかぶりを振った。
「そうでもありません」
その一言にハイネセンは顔を上げ、ブラゴに目を向けながら、小さく眉を顰める。
「まだ何かあるのか?」
「一つ確認しなければいけないことがあるそうです」
そう言いながら、ブラゴは懐に手を突っ込み、そこから懐中時計を取り出した。
☆ ★ ☆ ★
帝国軍人を乗せた馬車が王城を出立したほぼ同時刻。王都の一角を歩く人影があった。
その人影は路地から路地を渡って、仕事場に向かおうとしている最中で、急ぐ必要があるわけでもないが足は速く、歩くというよりも駆けるという印象の方が近い様子だった。
そのまま入った路地を進み、大通りに出ようとしたところで、その人影の行く手を阻むように目の前に人が現れた。男女交じった四人組で、それらは人影も良く見知った相手だった。
「これは殿下。どうされたのですか?」
いつもの調子で、その四人組の一人に声をかけるが、あまり反応は芳しくなかった。いつもは貼りつけたように笑顔を浮かべている一人の少年も、曇った表情で人影のことをじっと見ていた。
何か様子が変だと人影も気づいたのだろう。少し表情が強張ったところで、話しかけられたその少年、アスマは口に出した。
「ねえ、この懐中時計を知ってる?」
そう言いながら、アスマは懐中時計の絵が描かれた紙を目の前に掲げた。
「えっと……いや、俺は知りませんけど?その時計がどうしたんですか?わざわざ、殿下が逢いに来てくださるなんて」
人影はできるだけ、いつものようにそう返答していたが、その返答を聞いたことで、四人組の表情は更に曇ったものに変化した。
その雰囲気に人影が戸惑った表情を見せる前で、更にアスマが言葉を続ける。
「本当に何も知らない?この時計について、何も見覚えがない?」
「ええ。そんな時計は一切、見たことがありませんよ?」
「そう、なんだ……」
そう呟いてから、アスマは隣に立つ他の三人の顔を見た。ベル、シドラス、イリスの三人だ。全員が曇った表情をしていて、アスマの視線に小さく頷いている。
「あのね。ベネオラちゃんが覚えてたんだよ」
「一体、何を?」
「この時計、持ってたよね?」
そう質問されるが、人影は認めることがなかった。
「い、いえ、持ってませんよ?似ている時計を見間違えたんじゃないですか?」
「じゃあ、見間違いだとして、この絵を見せられたら、普通はこう言うよね」
そう言ってから、アスマは小さく息を吸い、震える唇で言葉を紡ぐ。
「『似た時計なら持っている』って」
その指摘に人影の目は明確に泳いだ。それを見逃さなかったシドラスがアスマの持つ紙を指差し、人影への追及を始める。
「これは王城に侵入した何者かが所持していた懐中時計です。術式の描かれたもので、これを所持していたら、城壁に仕込まれた魔術を通過できるという代物です」
「それが……何を……?」
「私達は恐らく、これを使用して、帝国に通ずる内通者が王城の情報を集めていたと考えました。そう考えれば、侵入者の出現に際して、帝国が行動を起こしたこととも繋がります。内通者本人か、時計を委託された帝国軍人かは分かりませんが、一連の犯行は全て帝国によるものだと結論付けられます」
シドラスの話を受けて、人影は戸惑っている様子だった。懐中時計を持っているかどうかという質問から、帝国による凶行の話題が出たら、戸惑うことも仕方ないだろう。
「ちょっと待ってくれ。どういう話か全く俺には分からない」
「貴方が帝国と繋がっていると仮定したら、一つ納得のいく話があるんです」
そう言いながら、シドラスは僅かにイリスを見た。イリスはアスマと同じく曇った表情で人影を見やり、シドラスの視線に応えるように頷いている。
「パンテラの空き巣です」
「空き巣……?それが一体……?」
「帝国からの使者が王都に到着し、パンテラを軍人が訪れた後に、あの空き巣が起きました。私は偶然とは思えず、いろいろと調べたのですが、結果的に何も分かりませんでした。だけど、気になったところがあったんです」
「気になったところ……?」
人影が質問するように呟くと、イリスは僅かに首肯した。
「店内の荒らされ方です。店内は異様に荒らされていました。カウンターの向こうなら分かりますが、何もないと誰でも分かるテーブル席まで完璧に荒らされていました。そこが不思議だったんですけど、貴方が内通者だとしたら、そこにも説明がつくんです」
「説明って……?」
「あの店の中で帝国側との情報交換を行っていたのではないですか?もしそうだとしたら、その証拠を消すために帝国軍人は店を荒らし、それを誤魔化すために金銭を盗んでいった。そう思ったんです」
イリスからの考えを聞いても、人影はしばらく口を開こうとしなかった。
もしも疑いが間違いであるのなら、今まで話した内容の多くは理解できないことのはずだ。困惑していたとしてもおかしくはない。
だが、人影はアスマ達の追及に聞き返すことなく、しばらく沈黙を続けた。その様子にアスマは更に表情を歪めた。
「ねえ?どうなの?違うよね?違うって言ってくれるよね?」
悲痛さの籠ったアスマの声を聞いて、人影はゆっくりと悲しげな顔をする。
「何で?どうして、そんな顔をするの?ねえ、どうして?」
そう聞くアスマの前で人影はゆっくりと項垂れた。
「すみませんね……殿下……」
その一言を聞いたアスマが耐えられなかったように涙を流し、項垂れた人影をまっすぐに見つめた。
「そんな……何でなの……?オーランド……」
その問いに顔を上げたオーランドの表情はアスマと同じように、今にも涙を流しそうなものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます