合同捜査(3)

 反乱分子を特定するに当たって、関与している可能性が非常に高いケロンの殺害事件を調べる必要が出てきた。そのため、元々犯人を探し出そうとしていたエルにガイウスが協力してくれることに決まり、エルは再びケロンの遺体が保管された部屋を訪れていた。


「傷口が非常に綺麗ですね。迷いがないだけでなく、単純に剣を振る技量が高い証拠です」

「ガイウス様から見ても、これは騎士の犯行だと思いますか?」

「間違いないですね。普通の太刀筋ではないですから」


 ガイウスが確認したことによって、騎士による犯行であると確定し、目撃された人物がケロンを殺害した可能性が高まったが、そこからの特定は流石に難しいようだった。しばらく傷痕を眺めていたガイウスは、やがて渋い表情のまま、かぶりを振った。


「これ以上のことは分かりませんね」

「そうですか…それでしたら、一度現場を見に行きますか?」


 エルの提案にガイウスが頷き、部屋から出ようとした直前、ガイウスが遺体の近くに並べられた物に気づいた。


「ん?これらは?」

「ケロンさんが亡くなった時に持っていた遺品ですね。まだ保管しているようです」

「一応、確認してもいいですか?」


 エルが既に確認し、そこに何らかの証拠は見当たらないと分かっているが、それを理由に止めることでもない。場合によっては、ガイウスにしか分からない視点から、何かしらの証拠が出てくるかもしれないと思い、エルは首肯した。


「ただ一部が魔術道具ですので、触れる際にはお気をつけください。そこまで危ない物はないのですが、突然発動する場合があるので」

「分かりました」


 ガイウスがケロンの遺品を眺め始める。その中身は使いどころの見つからない魔術道具か、魔術道具の材料に用いられる物ばかりだ。


 それらを順に眺めていたガイウスが、ふと動きを止めた。何かあったのかとエルが思った瞬間、ガイウスが振り返って、その中の一つを見せてくる。


「この割れたビン…これは何が入っていたか分かりますか?」

「ああ、それですか。当日に見せてもらったので分かりますよ。魔術道具に用いられる特殊な塗料です」

「塗料?」

「はい。無色透明な液体で、塗っても色がつくことはないのですが、魔力と触れることで反応し、光る特性があるんです。それを利用することで、魔力の有無を判別する魔術道具に用いられることもあるのですが、洗っても簡単に落ちないことから、魔術道具を作っている最中に光り出す魔術師もいて、あまり好んで使われない代物ですね」


 エルはケロンが嬉しそうにそれを見せてくれた時のことを思い出し、少し寂しい気持ちになりながら、その説明をしていた。犯人に対する憤りも、もちろん強いのだが、それ以上に寂しい気持ちが大きく、ケロンのことを思い出す時は本人に見せられないほど、暗い表情になってしまう。

 エルが寂しい気持ちになっている隣で、エルの説明を聞いたガイウスはビンを見つめたまま、何かを考え込んでいた。


「魔力に反応して光る…」

「どうかしましたか?」

「実は昨日のことなのですが…」


 そこでガイウスの話を聞き、今度はエルが深く考え始めた。証拠は後々調べるとして、可能性だけで構築すると、十分にあり得る話が頭の中で浮かび上がる。


「それはいつのことですか?」


 エルの問いにガイウスが詳細に思い出そうとしたのか、宙に目を向けたまま、少し動きを止める。


「ハムレット殿下とソフィア殿下がお逢いした後のことですね」

「そのタイミングということは…」


 エルは昨日の出来事を思い返し、自分の可能性が十分にあり得ることを確信した。その上で、その証拠を見つけるために、必要なことを確認する。


「もしかしたら、犯人が分かったかもしれません…」

「本当ですか?」

「そのために証拠を見つけ出す必要があるので、少し協力してもらいましょう」


 そう言って、エルとガイウスはその部屋を後にした。



   ☆   ★   ☆   ★



「どうして、こんなところに殿下が!?」


 驚き立ち上がるリエルとノーラに、ソフィアは慌てて両手を突き出し、動きを止めるようにお願いしていた。そのソフィアの言葉にリエルとノーラは立ち上がりかけた体勢のまま、ピタリと動きを止めて、ゆっくりと再び座り始める。


 部屋を訪れてからも、ソフィアの緊張は解れていないように見えた。ベルが分かるくらいなので、目聡いアスマが気づかないはずもない。ソフィアの背中を軽く押し、驚いた表情で振り返ったソフィアに、優しく笑いかけていた。

 その笑顔に安堵したのか、覚悟を決めた様子のソフィアがリエルやノーラと向かい合っていた。二人はソフィアに何を言われるのかと戦々恐々の様子だ。


「ごめんなさい!」


 そして、不意にそう叫びながら、自分達に向かって頭を下げたソフィアに、二人は完全に固まっていた。あまりに驚き過ぎて、ソフィアに何を言われたのか分かっていない表情だ。

 ゆっくりと水が布に染み込むように、その言葉の意味を理解していったのか、やがて二人の表情が慌てた様子のものに変わっていく。


「い、いえ、急にどうされたのですか!?」

「わ、私達は謝られるようなことを何も…!?」


 必死に否定しながら、両手と一緒にかぶりを振ったノーラに、ソフィアは否定し返すようにかぶりを振り返していた。


「いや、全ては私の所為なのです。私が最初から、もっと人を頼っていたら、貴女一人が怪我を負うことのない完璧な警備ができていたはずなのです。このような事態にはならなかったはずなのです」


 自分を責めていると分かるソフィアの苦しそうな表情に、ノーラとリエルは言葉を失っているようだった。ソフィアの言葉は少しずつ弱々しくなり、更に自分を責めるような言葉が続いていく。


「他人を信頼できない人間を信頼できるとは思えません。誰にも信頼されない私には女王になる資格がありません。そのような私を貴女達が守る価値などないのです」


 自分を卑下するようにソフィアが呟き、俯くように顔を下げた直後だった。ノーラとリエルが示し合わせたわけでもないのに、同時に声を上げていた。


『そんなことはありません!』


 その声の揃い方と大きさに、ソフィアは驚いたように顔を上げていた。ノーラとリエルは真剣な表情でソフィアを見つめている。


「殿下がこれまでにどれだけの努力をされてきたのか、私達は知っています。殿下こそが次の女王になられる御方だと思い、そのことに疑いを持ったことはありません」

「私達はその殿下を御守りすることが仕事なのです。そのことに誇りを持っているので、私は怪我を負ったことよりも、殿下を御守りできたことを光栄に思っています」


 ノーラとリエルが真剣な表情で語る姿を見ても、まだソフィアは信じ切れていない様子だった。


「本当に…?本当にそう思っているのですか?兄さんよりも、私の方が相応しいと?」


 疑わしそうに聞いてくるソフィアに、ノーラとリエルは迷うことなく首肯する。


「確かにハムレット殿下と比べて、殿下は少し近寄りがたい印象がありますが、そのことで女王に相応しくないと思ったことは一度もありませんよ」

「私達はソフィア殿下がどのような国を作っていくのか、楽しみにしていますから」


 笑顔で語るノーラとリエルの姿を見ても、ソフィアはまだ信じられないのか、少し唖然とした表情のまま、固まっていた。その姿を見たセリスが苦笑し、耐え切れなかったようにソフィアに声をかけている。


「先ほど、御自身で他人を信じることが大事だと仰っていましたが、その口で信じられないと言いますか?」


 セリスにそう聞かれたソフィアが気づいたらしく、ゆっくりとかぶりを振っていた。二人に向かって深々と頭を下げて、とても小さな声で「ありがとう」と呟いている。ソフィアに頭を下げられた二人は、どのようにしたらいいのか分からないようで、非常に困った様子だ。


「本当にありがとう…」


 そう再び呟いた直後、リエルが慌てて立ち上がり、ソフィアに駆け寄っていた。ノーラも立ち上がろうとしていたが、それは慌ててベルが止めた。


 二人がどうして立ち上がったのかと思っていたが、それはソフィアを見たら、すぐに分かった。深々と頭を下げた体勢のまま、安堵したのかソフィアが涙を流していた。リエルは何かあったのかとソフィアに聞き、どうしようかと困っている様子だが、ベル達はそれを止めることなく、ただ笑って眺めていた。


 無事にソフィアがノーラ達と和解し、ベル達が良かったと思った時のことだった。不意に部屋がノックされ、セリスが代表して扉を開いた。そこにはエルが立っており、どうしたのかと不思議そうな顔をするベル達に軽く頭を下げてくる。


「少しお手伝いをお願いできますでしょうか?」


 エルの視線を感じたらしく、不思議そうに自分を指差したアスマに、エルは大きく頷いた。

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