合同捜査(2)
ノエル直々に案内された部屋の中にコルトはいた。案内を終えたノエルは用事があるらしく、コルトの取り調べは完全にシドラスに任せて、その場所を後にする。コルトから話を聞くことを考えると、部屋の中に入れるのはシドラス一人だけだ。それを考えると、ノエルがいるかどうかは取り調べに関与しないので、シドラスは気にすることなく、部屋の中でコルトと向き合っていた。
コルトは現れたシドラスの姿に不思議そうな顔を見せた。
「エアリエル王国の騎士がどうして、ここに?」
表情で語っていた言葉をそのまま、コルトは疑問として零した。シドラスが返答することなく、コルトの前に座ると、コルトは何かを思ったのか、納得した顔をする。
「そうか…他国の騎士なら話すと思ったのか…そんな簡単な話ではないのに!」
コルトは怒りを叩きつけるように、強く地面を蹴りつけた。椅子に座ったまま、手足は拘束されており、その動きに合わせるように鎖が音を立てる。
「残念ですが、私がここに来た理由は私が他国の騎士だからではありません」
「では、どういう理由だと?」
「私が平民出身だからです」
シドラスが明かした言葉にコルトはしばらく驚いたように固まっていた。そこから、耐え切れなかったように俯き、小さく笑い声を上げ始める。
シドラスがそのコルトを黙って見守っていると、やがて俯いたまま、小さな声でぽつぽつと呟き始めた。
「そうか…エアリエル王国では、そのようなことがあるのか…」
「貴方がこの国への反逆行為を考え始めたのは、その体制に疑問があるからですか?」
シドラスの問いを聞き、コルトはゆっくりと顔を上げた。さっきまで笑っていた人物とは思えないほどに悲しそうな顔をして、ゆっくりと頷く。
「ああ…この国では、貴族にしか立場が与えられない…どれだけ努力をしても、俺達みたいな平民に未来はない…それが小さい頃から、ずっと嫌いだった…」
「貴方が行動を起こしたきっかけは?そこに何か理由があったのですか?」
「きっかけは…」
小さく呟いてから、何かを思い出したようにコルトは口を閉ざした。そこに違和感を覚えたシドラスがコルトの表情から思考を読み取ろうとするが、その時には違うことを考えていたのか、コルトは別の話を始めてしまった。
「平民出身の騎士なんて、この国では一度も聞くことがなかった…エアリエル王国では普通のことなのか?」
「ええ、そうですよ」
「だったら、俺も…そっちに生まれたら、もう少し違う未来があったのかな?」
ぽつりと呟きながら、コルトは目から大粒の涙を零していた。顔を押さえようと思ったのか、持ち上げた手が椅子に繋がった鎖を引っ張り、顔の手前で止まる。
「後悔しているのですか?」
「分かりません…だけど、誰かを殺したいわけではなかった…それだけは確かです…」
「では、どうして王女殿下の命を狙ったのですか?」
シドラスの質問に答えられないという意思表示なのか、コルトは大きくかぶりを振った。結局のところ、大事な話が聞けていないと思ったシドラスの前で、コルトは絞り出すように呟く。
「あの人達は違うと思った…だから、聞いたんだ…そうしたら、もう戻れなかった…」
「あの人達…?」
コルトの呟きをシドラスは聞き逃さなかった。今は騎士に一人、反乱分子かその協力者がいると判明している。その人物を指す言葉なら、この場合は「あの人」と口に出すはずだ。
それが複数形になっていたということは、最低でももう一人はいるということになる。
「その人達の名前は?」
シドラスが直接的に聞いてみるが、コルトはかぶりを振るばかりで答えてくれない。
「言えない…言ったら、俺が殺される…!」
コルトはソフィアの命を狙っている。普通に考えると、ここで話さなくても処刑される未来に変わりはないはずだ。
それでも、口に出すことを躊躇われるということは、それだけの脅威であるとコルトが実感したことになる。
何より、あの場面でソフィアを狙ったコルトの犯行は急いているように思えた。それだけ急ぐ理由があるとしたら、そのコルトと関わっている人物達からのプレッシャーがあったと思われるのだが、それだけプレッシャーをかける理由がシドラスには思いつかない。
何か違和感がある。一連の犯行を思い出せば思い出すほどに、シドラスの中でその思いが募っていった。
☆ ★ ☆ ★
シドラスをコルトの部屋に案内した後、ノエルは再び王城を訪れたリリィの案内をしていた。案内する先はユリウスの遺品を保管している部屋だ。気持ちの整理がある程度はついたリリィから連絡があり、遺品を引き取りたいと言うので、部屋に案内することが決まっていた。
案内された部屋で、ユリウスの残した物を見たリリィの表情に、ノエルは軽く声をかけてから、部屋を後にする。まだしばらく、向き合う時間がリリィには必要だと、その表情を見たノエルは思った。
ユリウスの遺品と向き合ったことで芽生えた感情に、リリィが整理をつけるまで待っていようと思い、ノエルが部屋の前から移動しようとした直前、廊下を足早に歩いてくるテンキの姿に気づいた。
「どうされたのですか?」
咄嗟にノエルが呼び止めると、ノエルに気づいたテンキが立ち止まった。その表情はノエルを見つけたことに安堵したように見える。
「実は騎士団長を探していたところなのです」
「私を?」
「はい。ミネルヴァの貴族と連絡を取りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「フレアと?何か分かったのですか?」
ノエルの質問にテンキは頷き、エンブ達が手に入れた情報を教えてくれた。一般市街に違法な武器が流通し、その武器を売りつけた人物を特定する中で、セレスの貴族の当主であるブランが怪しいという結果に行き当たったらしい。
「それでセレスの貴族の屋敷を調べるために、お力をお貸しいただきたいのです」
テンキの頼みに納得したノエルは頷いた。フレアに連絡することを約束し、テンキにエンブの元に戻るように伝えた。ノエルはテンキを見送ってから、リリィが入っていった部屋の扉を見つめ、少し考える。
リリィのユリウスへの愛情や、さっきの表情を思い出すに、そこでの時間が小一時間で片づくとは思えない。遺品はそこまで多くないのだが、リリィが呼び出すまではノエルも他の仕事をこなしていて問題ないはずだとノエルは判断した。
取り敢えず、まずはフレアに連絡するべきだと思い、ノエルはリリィのいる部屋を離れて、自室に向かって歩き出した。
☆ ★ ☆ ★
軽いノックをすると、部屋の中から想像以上に元気そうな声が返ってきた。扉を開けてみると、部屋の中に置かれたベッドの上で、ノーラは横になっている。
「もう大丈夫なの?」
部屋の中に入りながら、リエルはノーラにそう聞いた。ノーラは笑顔で頷き、自分の首の後ろを触っている。
「まだちょっと痛むんですけど、身体的には問題ないそうです。明日からは仕事に戻れます」
「そうなんだ。良かった。だけど、あんまり無理しちゃダメだからね」
リエルが昨日、同じ部屋を訪れた時には、まだノーラの意識が戻っていなかった。ベッドの上で横になったノーラは綺麗に眠っており、一瞬死んだのかとリエルが錯覚するほどだった。無事だったと分かり、リエルは心底ほっとしたが、気を失った理由が理由だったので、もしかしたら、何か他が悪くなるかもしれないとリエルは怯えていたのだが、それもなかったらしい。
リエルの心配にノーラは照れたように笑っていた。良くも悪くもいつもの笑顔で、その表情をされたら、リエルの方が照れてしまう。
「だけど、一体何があったの?」
「いや、それが私も覚えていないことが多くて。一応、聞いたんですけど、あまり教えてくれないんですよね」
「ソフィア殿下の御部屋で倒れていたんだよね?」
「そう聞きました」
リエルとノーラが不思議そうに話し始めた時だった。部屋の扉が再びノックされ、ノーラはさっきと同じテンションで声をかけた。
「誰だろう?」
純粋に思ったことをリエルが呟いた直後、扉がゆっくりと開き、そこに立っていた人物が顔を見せる。
その瞬間、時が止まったようにリエルとノーラは動きを止めた。それどころか、呼吸すらも止まり、更には心臓の鼓動まで止めかけていた。
「お邪魔します」
リエルとノーラの見つめる人物の背後から、そのように声が聞こえて、そこに立っていた人達が入ってくる。
「殿下!?」
その先頭に立っていたソフィアの姿に、リエルはようやくその声を出していた。
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