貴族の国(2)

 ウルカヌス王国の国王、イグニスへの謁見は玉座の間にて行われるようだった。二人の騎士の案内でシドラスとセリスがソフィアと共に、玉座の間まで案内される。シドラスが咄嗟にギルバートとタリアだと説明したことで、アスマとベルは同行したことを訝しがられたが、ウルカヌス王国内での取引を考えていて、その交渉のために同行したというセリスの機転により、何とか誤魔化すことができていた。ただし、国王謁見の許可までは下りず、衛兵に連れられて別室に案内されたようだ。

 シドラスは内心、そちらのことが気になって仕方がなかったのだが、その気持ちを表情に出してしまうと怪しまれる。アスマがアスマであると知られないように振る舞うには、隠しごともうまくならなくては、とシドラスは気を引き締めるつもりで深く息を吐いた。


「ここです」


 年配の方の騎士が一つの扉の前で立ち止まり、シドラスとセリスにそう説明した。その間もソフィアは二人の後ろにつき、心なしか、その曇った表情をしている。やはり、怒られることは嫌なのだろうかとシドラスが思っていると、その様子を見た騎士がシドラスとセリスの前を手で示した。


「ソフィア殿下はこちらにお願いします」


 その一言を受け、ソフィアが戸惑いながらも、ゆっくりとシドラスとセリスの前に移動する。その姿にシドラスは何となく、ソフィアが国を飛び出した理由は、親との確執なのだろうかと思った。


「それでは、これから国王陛下にお逢いしてもらいますが、中では自分から口を開かないようにお願いします」

「分かりました」


 年配の騎士の頼みにセリスが軽く頷き、それを合図にするように玉座の間の扉が開かれた。中は広い空間が広がっており、扉から部屋の奥に向かってカーペットが敷かれていた。そのカーペットを追うように目を移動させると、その先に立派な椅子があり、そこに恰幅の良い男が座っている姿を見つける。


 それが国王、イグニスかと思ったシドラスが軽く目を向けた瞬間、イグニスの瞳がシドラスに向き、シドラスは思わず目を逸らした。玉座に座っていることもあって、その体格が特別大きく見えるわけではない。パンテラの店主である獣人のグインの方が大きいことは当たり前だ。それでも、その瞬間のイグニスはそれ以上の迫力があった。


 これが王族の雰囲気なのかと思う一方で、自国の王族、アスマの姿を思い出し、シドラスは本当に大丈夫なのかと不安になる。エアリエル王国はあれが王子で大丈夫なのかと思ってからすぐ、そこまでの問題がないことに気づいた。そもそも、アステラもイグニスのように迫力があるわけではない。これはイグニスが特別だと考えるべきだろう。


 イグニスの前まで行き、案内した騎士に倣うように、シドラスとセリスは跪いた。その前に立ったソフィアがイグニスに呼ばれ、その前に一歩踏み出す。


「良く帰った、ソフィア」

「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」


 馬車の中での振る舞いが嘘のように、ソフィアが大人しく頭を下げる。その様子に内心、シドラスは驚いたが、それを表に出すほど未熟ではなかった。


「帰ってきたなら問題はない。それよりも…」


 イグニスの視線がシドラス達に向いたことが分かった。何を言われるのかとシドラスは緊張で身体が強張る。


「エアリエル王国の騎士よ。まずはソフィアを無事に送り届けてくれたことに礼を言おう。今回の件で必要な書類等は騎士団長に任せてある。後で逢うといい」

「承知いたしました」

「さて、ここからが本題なのだが、エアリエル王国は何を望む?」


 王女であるソフィアを保護し、ウルカヌス王国まで送り届けた。そこに求めるものがなければ、何の関係もない他国がそれだけのことを行うはずがない。それは尤もな考えだった。出立する前にその会話を受ける可能性はハイネセンからされていた。その場合の返答も、既に用意されている。


「我が国がゲノーモス帝国と緊張状態にあることはご存知でしょうか?」

「ああ、良く知っている。動き次第では、こちらも動こうと思っていたからな」


 あっけらかんと言っているが、シドラスもセリスも笑えない内容だった。要するにイグニスは漁夫の利を狙っていたらしい。エアリエル王国とゲノーモス帝国が争っているところに割って入って、双方を潰してしまえば、ウルカヌス王国に敵対する可能性のある国がなくなる。そうなってしまえば、大陸の利権を手に入れたようなものだ。


「ああ、そうか。要するに、何かあったら手を貸せ、と言いたいのか。ゲノーモス帝国が攻め込んできた時には増援を送れ、と」


 セリスの返答を待たずして、イグニスは考え込むように宙を見ていた。ソフィアを送り届けたこと自体はウルカヌス王国にとって恩を売ったことになるが、それでどこまでの行動を約束してくれるのか分からない。今の願いも場合によっては、ゲノーモス帝国と接触される理由にされかねないことから、シドラスもセリスも次の言葉が来るまで生きた心地がしなかった。


「分かった。できるだけ検討しよう」


 その一言に安堵したシドラスは思わず息を吐き出した。流石のセリスもホッとしたのか、少しだけ表情が和らいでいる。


「しばらくは王城に滞在するといい。そのための部屋はある。後でメイドに聞くといい」

「ありがとうございます」


 セリスが礼を述べ、イグニスとの謁見が終わろうとしている頃になって、それまで大人しくしていたソフィアが口を開いた。


「あの…お父様」

「何だ?」

「実は、私を助けてくださった方が今、この国で商売の話がしたいと言って、この城に来ています。その人達のこの城での行動の権利と、交渉の権利を与えてくださりませんか?」


 ソフィアの言葉を受け、イグニスがちらりと騎士に目を向けた。騎士の一人がギルバートの名前を告げると、イグニスも聞いたことがあったのか、納得したように声を出す。


「そうか。お前を助けてくれた人なら、それくらいはいいだろう。ただし、取引内容までは関与しない。いいな?」

「はい、ありがとうございます」


 頭を下げるソフィアを見て、シドラスはその行動に疑問を懐いた。確かにギルバートとアスマに名乗らせた以上、それを怪しまれない細工は必要だが、王城内を自由に行動する必要などないはずだ。王国内での交渉の権利があれば、それだけで仕事の話はできる。


 確かにシドラスとセリスが王城に泊まり、今回の一件に関する手続きを進めないといけないので、アスマとベルが王城にいられるのならありがたいが、それを考えてソフィアは今の頼みを言ったのだろうかとシドラスは考える。そもそも、ソフィアが王国を出た理由が分からない以上、そこに何かがあるのだろうかと思い、シドラスは少し不安を覚えた。



   ☆   ★   ☆   ★



 マリアというメイドの案内で、ベルとアスマはシドラスやソフィアと共に、与えられた部屋に移動した。マリアは表情に乏しいメイドで、元々ソフィアの世話役なのか、ソフィアと逢った際に久しぶりであることを伝えるだけで、ソフィアに恐縮する様子も特に見られない。少し人形のようだと思う一方で、本来のメイドはこのようなものなのだろうかと思う気持ちも少しあった。


「では、何かあったらお呼びください」


 部屋に案内すると、すぐにマリアはそう言って立ち去ってしまった。その完璧なメイドの姿にベルは少しだけ憧れを懐き始める。


「どうしたの?」

「いや、私もあのように振る舞った方がいいのかと思って」

「ベルが?できるの?」

「……できないが」

「だよね」


 分かったように笑い出したアスマに腹が立ち、ベルはアスマの脛を蹴り上げた。痛みにアスマが悶え、床を転がり続ける隣で、シドラスは冷静に部屋の中を見回している。


「隣の部屋も同じ仕様ですかね?」


 シドラスとセリスの頼みで、ベル達に与えられた部屋は二部屋だけだった。今いる部屋がその内の一部屋で、もう一部屋は隣にある部屋らしい。この二つに部屋を絞ることで、何かあってもすぐに対応できると二人は考えたらしい。


「多分そうだろうな。この辺りは客室だって言ってたし」

「でしたら、私と殿下はこちらに泊まります。ベルさんはセリスさんと一緒に隣に泊まるようにお願いします」

「ああ、分かった」


 隣の部屋を見に行こうと思ったベルが扉を見た瞬間、その前で立ち止まっていたソフィアが意を決したように顔を上げた。


「あの!私も一緒にその部屋にいてもいい…?」

「王女殿下もご一緒に?」

「そう。ほら、どこで眠っても、城の中なら問題ないでしょ?」

「いえ、ですが、王女殿下には殿下のお部屋があるのでは?」

「それは…」


 シドラスの当たり前の指摘を受け、ソフィアは困ったように俯いていた。その反応にシドラスの方が困惑した顔で、ベルやアスマに目を向けてくる。これは一体どういうことかと聞きたいようだが、それはベルもアスマも聞きたいことだ。


「何か理由があるのか?」


 ベルがソフィアにそう聞いてみると、ソフィアはゆっくりと顔を上げてから、再び困ったように俯いた。その態度に本格的にどうしたらいいのかと、ベル達が顔を合わせた直後、ソフィアがそのまま振り返って、扉に手を伸ばした。


「やっぱり、いい…」


 その一言を残して、ソフィアが部屋から出ていってしまう。その後ろ姿の小ささが、ベル達の頭にしばらく残った。



   ☆   ★   ☆   ★



 ソフィアは思い悩みながら、自室までの道を歩いていた。自分の話を今すぐ話しても、アスマ達が信じてくれるとは思えない。それは自分自身でも疑い、本当かと信じられない時があるくらいなのだから、仕方ないことだ。それでも、現実は待ってくれない。急いで、どうにか説明しないと、再び時間がなくなる。


 どう説明するべきか、とソフィアが深く考え込もうとした時のことだった。廊下を歩くソフィアの後ろで、微かに足音が聞こえた。その押し殺したような足音の小ささに、ソフィアは反射的に寒気を覚えた。

 ソフィアの頭の中で、王国を出る前のことが蘇っていく。もう少しあるかと思った時間は、もうなくなってしまったのかと考えながら、ソフィアは振り返った。


 一枚の布で作られた黒い外套。頭から足の先まで黒いその姿に、ソフィアは恐怖し、顔を歪めた。


「もう…!?」


 そう呟きながら、後ろに下がろうとしたソフィアの動きに合わせ、そこに立っていた人物が距離を詰めてくる。その手には怪しく光るが握られていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る