7ヶ月前~1週間前(4)
パロール達の合同研究が開始してから数ヶ月が経とうとしていた。その間にパロール達が検討した方法は数十種類に及ぶが、そのどれもが有益な結果を齎すことがなかった。少しずつ、パロール達の精神は疲弊している。
「ああ、全然ダメだ!!」
手に持っていた書物を投げ捨てながら、エルが盛大に項垂れた。魔王の力を封じる方法として、パロール達が考え出した方法の全ては有益な結果を齎していないが、問題はその全てが失敗したと言い切れない点だ。
そもそも、魔王の力からそれを封じたという結果まで、パロール達の想像によって考え出されているものに過ぎない。それが有益な結果を齎さないと判明しても、実際にその手段が意味を成さないものなのか、仮定の一部に間違いがあるのか分からないのだ。
それなら、何を以て有益な結果と判断するのかという点だが、パロール達の想定する魔力量に対して効果があるかどうかを基準にしている。
例えば、魔術師を拘束する際にも用いられる魔力を封じる鉱石だが、一定量以上の魔力に対して用いるには、相当量の鉱石が必要となることが分かった。その情報から魔王の魔力に対して用いるための鉱石の量を計算すると、エアリエル王国の国家予算を全額用いても、用意できない量の鉱石が必要となる。
そうやって、一つ一つ可能性を潰していくと、必然的に実現可能な可能性が残るはずなのだが、先に可能性の方が潰えそうな予感に、エルだけでなくパロールも項垂れたくなる。
これまでも、魔術研究において、これと似た事態になることはあった。パロールはそれらを乗り越えてきたし、エルも同じはずだ。
しかし、今回は状況が違った。結果が出ないことは誰かの命を奪うことに直結してしまう。それまでの結果が出なくて困るのは自分という状況と明確に違っている。
そのことがパロールに重責となって伸しかかり、パロール達を酷く疲弊させる原因になっていた。
「あとはどれくらいありましたっけ?」
「ちょっと今はもう考えたくない」
「そうは言っても、時間がないんですよ?早くしないと…」
そう言ってパロールが立ち上がろうとしたところで、パロールは軽く体勢を崩した。足に力を込めたつもりだったが、うまく力が入らなかったみたいだ。
「パロール?大丈夫?」
「大丈夫です。ちょっと踏ん張り損ねただけで」
「それって、結構大変だよね?ちょっと休めば?」
「そうは言っても、時間が…」
「途中で倒れたら、その時間がもっと短くなるよ。休むことも大事だって」
「そう、ですよね…」
ラングがパロールに近づいてきて、パロールの顔をじっと見てくる。パロールの目元が気になるみたいで、ラングの手が伸びてきて、目の下に触れる。
「隈ができてるけど、ちゃんと眠れてる?」
「そういえば、最近はあまり眠れてないかも」
「ちょっと、パロールちゃん。そんな様子だと本当に倒れちゃうよ?」
「いろいろと考え込み過ぎているから眠れないのかもしれない。ちょっと気分転換に外でも出歩いてくるといい。それから、少し眠って身体を休めなさい」
三人に心配されたこともあり、パロールは一度休んでおこうと思った。ガゼルの言うように外でも出歩いて気分転換すれば、少しは良く眠れるかもしれないと考える。
「そうですね。ちょっと休んできます」
パロールは部屋を後にして、王城の外に出ようと考える。頭の中を渦巻く様々な考えについて、できるだけ考えないように意識しながら、パロールは王城の外のことを考える。意識していること自体が考えていることに繋がっていると、この時のパロールはうまく気づけていなかった。
☆ ★ ☆ ★
王城の外の空気は変わらない。人々は明るく、楽しい雰囲気はいつもと一緒だ。
そして、そこで流れている話題も、最後にこの王都の街を訪れた時から変わらず、新たな王族についてのものだった。その話題が耳に入る度に、パロールは忘れようとしていた合同研究のことを思い出す。
痛い。頭が痛い。そう思って、パロールは頭を押さえる。
「ちょっと大丈夫かい!?」
そう声をかけられて、パロールは頭を押さえたまま、声のする方に目を向けた。そこにはケンジーが心配した顔で立っている。
「大丈夫です」
そう答えながら、未だズキズキと痛む頭から手を離す。ケンジーに余計な心配をかけないように、パロールは軽く微笑んでみせる。
しかし、その微笑みはあまりうまくなかったのか、ケンジーの心配した表情は変わらなかった。
「最近見ないから心配していたんだよ。大丈夫かい?目の下にそんなに隈を作って」
パロールはハッとして目元を押さえた。そういえば、ラングに隈があることを心配されていた。それなのに、微笑みだけで心配させないように思っていた自分が愚かしいにも程がある。
「髪もまた伸びたね。そろそろ切りに来なよ?」
「そうですね。ちょっと今、忙しいんですけど、それが無事に終わったら切りに行きます」
パロールができるだけの笑みを浮かべると、ケンジーは心配したような顔のまま、柔らかな笑みを浮かべている。
「あまり頑張り過ぎてもいけないよ?ちゃんと休みなよ?」
「はい。分かりました」
パロールが軽くうなずくと、ケンジーはパロールの手を握って、優しく微笑みかけてくる。
「お店で待っているからね」
「はい」
「またね」
「はい、また」
軽く手を振りながら、ケンジーが立ち去っていく。その姿を見送りながら、パロールは前回髪を切った時のことを思い出していた。
その中で、合同研究のきっかけになった占術に繋がる手紙のことを思い出し、その手紙を故郷の村に送っていなかったことに気づいた。
あの手紙はパロールの記憶が確かなら、パロールの部屋にあるはずだ。そのことを考えていると、自然とパロールの足が王城の方に向いていた。
☆ ★ ☆ ★
自室に戻って探ってみると、パロールが送ろうとしていた手紙はすぐに見つかった。試しに手紙を開いてみると、パロールがまだ研究を楽しんでいた頃の気持ちが詳細に書かれている。
その手紙を読んでいるだけで、パロールの頭や胸が強く痛んできた。この手紙を故郷に送ってもいいのかという疑問が湧いてきてしまう。
ここに書かれていた気持ちの数々をパロールは今も持っている自信がない。それを近況報告として手紙に書いてしまうと、自分の両親に嘘をついているような気がしてくる。
今の気持ちに合わせた手紙を書き直した方がいいのではないか、と強く思ってきたところで、パロールはインクとペンを引っ張り出してきた。あのインク占いの一件から仕舞い込んでいたが、手紙を書くくらいには使えそうだ。
それらを手に持ち、パロールは今自分が置かれている状況と、それに対する自分の気持ちの全てを書き始めた。
自分の占いで魔王が誕生するという結果が出たこと。その対処のために魔王の力を封じる方法を探す合同研究を始めたこと。その研究が何一つとしてうまく行っていないこと。
そして、合同研究がうまく行かないことで、自分の中でふつふつと湧いてきている絶望を言葉にしていく。それらの言葉が手紙としてまとまるのに時間はかからなかった。
気づいた時には紙が文字で埋まり、パロールは冷静になる。そこに書かれた言葉の数々は王城内でも知る人の限られていることであり、何より、そこに書かれたパロールの気持ちはとても暗い。
この手紙が送られてきた両親が手紙を読んだ時に、どのように思うかなど考えるまでもなく分かることだ。娘のことを心配して、もしかしたら、故郷の村に帰ってくるように言うかもしれない。特に魔王のことを知ると、それは強く思うことだろう。
そんなことが許されるはずがない上に、そんなことをしてしまえば、パロールは二度と笑うことができないだろう。
手紙を破り捨て、パロールはベッドで横になった。疲れているから思考が暗くなる。一度、眠って休んでしまえば、きっと回復するに違いない。
本当にそう思っているわけではないが、そう信じたい気持ちは強かった。パロールはゆっくりと瞼を閉じて、できるだけ頭を空っぽにする。
ここ最近はそうしても眠ることができなかったが、この時はすんなりと眠ることができた。それは王都の街を歩き回り、肉体的疲労があったからかもしれないし、手紙のことで研究のことから少しだけだが、意識が逸れたからなのかもしれない。
どちらにしても、ここで久しぶりにゆっくりと休めたことはパロールにとって良いことだった。パロールは気づいていなかったが、それほどまでにこの時のパロールの身体は疲れ果てていたのだ。
そのことをパロールが知るのは、次に目が覚めた時だ。外の様子から時刻まで、ほとんど変わっていないことに気づき、一瞬眠っただけだったのかと思ったところで、パロールの部屋にラングが駆け込んできた。
「パロール!?」
「師匠?どうしたんですか?」
「いや、生きているなら良かった…」
「そんな、ちょっと休んだだけですよ?」
「ちょっと?昨日から顔を見ていないけど?」
「え?」
そこでパロールは自分が二十四時間以上も眠っていたことを知った。研究の開始から数ヶ月が経ち、タイムリミットまで三ヶ月ほどに迫った頃の出来事である。
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