最終日(8)

 ライトの一言によりアスラの思いつきが現実味を増してから、とんとん拍子に話は進んで、話し込んでいるブラゴとシドラスに伝わってすぐ、アスマにも伝わることになった。シドラスに同行したアスラの口から、ブラゴに話したことでブラッシュアップされた思いつきが伝えられ、アスマは途端に表情を輝かせていた。


「それって、もしかして、俺もお祭りに参加できるの!?」

「いえ…」

「いや…」


 アスラとシドラスが口を揃えて否定したことにアスマは愕然としていた。その隣でベルがアスラから聞いた話を考え、首を傾げている。


「それって、ライトが危なくないですか?」

「はい」

「いや、はいって…」

「でも、大丈夫ですよ。解決する方法を思いついたら、寧ろ面白そうって言ってくれましたから」

「………王子の圧力ですか…」

「そんなのありませんよ…!?」


 笑顔のアスラに対して、ベルはかなり疑いの目を向けていた。ベルは王国の寛大さを十分に知っているはずだが、その陰に隠れて権力を振りかざした圧力の類の存在を勘繰っているように見える。アスラとしては、ライトやウィリアムであっても無理強いしたくない質なので、そのような疑いを向けられても困ることしかできない。

 そのことをベルは察したのか、しばらく疑いの目を向けてから、小さくかぶりを振っていた。


「まあ、アスラ殿下がそのようなことをするはずがありませんよね。アスマも騎士の圧力を受けることはあっても、圧力をかけるタイプには見えないし」

「兄様はそうですね。人に指示するよりも、人に指示されたことで困るタイプです」

「しかし、ライトは良く面白そうって言いましたね。危ないのは危ないんですよね?」

「最初はそうでしたが、エル様のことを思い出して思ったんです。魔術を使えばいいのではないかって。魔術なら、それくらいの攻撃を止める手段はありそうじゃないですか」

「なるほど。確かに魔術は私達の考えも及ばないところがありますからね。それくらいはできるかもしれませんね」


 この時のアスラとベルの会話は後から思うと、非常に楽観的なものだった。そのことを知ることになるのは、アスラがベルと話していたしばらく後のことだ。血相を変えたライトがエルと一緒にアスラのところにやってきて、滑り込むように頭を下げてきた。


「殿下!!あの話はなかったことにしてください!!」

「急にどうしたんですか?」


「いやー、実はアスラ殿下。お話を伺ったんですけどね。結論から言うと、魔術でそう言った攻撃を止めるのは無理なんですよ」

「え?無理なんですか?」

「そこまで万能な防御魔術って言うのは現状存在していなくて、できるとしたら、着るものを作る時から魔力を込めて、鎧くらいの耐性を持つようにするくらいで、それも明日となると難しいんだよね」

とかしないと無理ということですか…」

「まあ、身体を強化するような魔術を使うことで、ある程度の対応はしやすくなると思うから、それでライト君に頑張ってもらうしか…」

「いやいや!?無理ですって!?やめましょうよ!?ねっ!?」


「ですが、もう騎士団長にも兄様にも話してしまいましたよ」

「え…?」

「ライト君。時には諦めも必要だよ?」

「嘘…?」


 アスラが予期せぬ形でライトに圧力をかけてしまうことにこの時はなったのだが、このすぐ後にアスラはライトやエルと一緒にチャールズと出逢い、事態は再び一転することになった。



   ☆   ★   ☆   ★



 虎のマスクを地面に捨ててから、ライトは腰元に手を伸ばしていた。シンプルな服装はアスマの服として目立ったが、武器を隠す場所には困った。結果的に隠せたのは、前腕程度の長さの小剣だけだ。それで相手にできるのかという疑問はあったが、それ以上に問題は目の前の男がという点だった。


 周囲を警戒していたライトだったが、流石に男の握ったナイフを止めることはだった。ナイフはライト自体にちゃんと触れることになっていた。それでも無事なのはライトの着ているジャージが今日のために準備された特注品だからだ。エルが服の製作に立ち会い、丹精に魔力を込めていったことで、防御力が格段に上がっているためである。


 そのことに男が気づいているのかいないのかで、ライトの戦い方は大きく変わった。男が気づいていないのなら、ライトは多少防御を疎かにしてでも、男に攻撃する方を選べる。小剣というリーチのない武器を持っている以上は、そのことも考えなければいけない。


 しかし、男が気づいているのなら、ライトはある程度の防御を考えなければいけない。確かにジャージは刃を受け止めたが、万能というわけではないのだ。何でも攻撃を止められるわけではなく、ライトにダメージを与えてくる攻撃も存在している。

 ダメージが蓄積していく中で、ライトが完全な優位性を保つことは難しい。それは相手の得物がナイフであったとしても、同じことだ。


 そう思っている間に、男が背中に背負っていた長い棒を手に取った。先端には布が巻かれており、男がその布を取ると、中から鉤爪状の刃が姿を現した。

 この瞬間、ライトが微かに覚えていた武器の長さという優位性が消えたのである。ライトは隠し切れない戸惑いを表情に出してしまう。


 男はその間、ナイフを握る手を開いたり閉じたりしていた。何かの違和感を確認しているようだ。もう片方の手に持った棒を握る手も、同じように繰り返している。


「何だ…?」


 小さな声で漏らしているのは、その違和感の正体が分からないからのようだった。男はほとんど歩くようにぶつかってきたが、ジャージとナイフがぶつかった衝撃は確かに腕に入っているはずだ。その衝撃から、微かな違和感を腕に与えているのだろう。そんな小さな違和感でも、普段との違いが目立つことはライトも知っていることだ。


「一つ質問してもいいか?」

「何だよ?この状況で悠長だな」

「お前はこいつを受け止めたのか?」


 ライトは必死に演技をして、表情に出さないように頑張った。そこだけは悟られてはいけないとライトは思っていたのだが、あまりに表情に出さないように集中したため、何も言えなくなってしまったことが問題だった。


「そうか。違う細工があったのか…」


 男の納得にライトの冷や汗が止まらない。武器の長さという優位性に続き、ライトの身を守るジャージの存在にも勘づかれてしまった。それでも何とかするのが騎士としての務めだが、確実性が失われている以上はライトも気を引き締めなければいけない。そう思いながら、小剣の柄に触れてから、男に刃を向けた。


「じゃあ、こっちも一つ悠長に質問してもいいか?」

「何だ?」

「お前達は何者なんだ?」

「お前と同じでノーコメントだ」

「うーわ、喧嘩売られた…」

「ずっと売っている」


 男がライトに迫りながら、左手に持った棒を振るった。先端についた鉤爪状の刃は何かに引っ掛けるのに最適な形をしている。その形を見たことでライトが思い出したのは、王城に侵入していた人物の話だ。壁を登るという特徴に、目の前で振るっている武器は適しているように思えた。

 もしかしたら、この男が王城に侵入していた男なのかもしれないとライトが思ったところで、そんなことを考えている場合ではないと教えるように、棒の先の鉤爪がライトに迫ってきた。ライトは冷静に小剣で捌きながら、その棒の更に内側に踏み込もうとする。


 棒は先端に鉤爪がついている以外の武器的要素がなかった。釣り糸がついていても不思議ではないくらいにただの棒だ。その内側に入り込んでしまえば、ライトを攻撃する手段はない――ということもなく、男はナイフを振るってきた。それも正確にライトの首元を狙ってきている。


「うわっ!?忘れてた!?」

「馬鹿か、お前は…」


 男の呆れたような声にライトは不満だったが、否定できない状況には変わりがないので、否定しないままに距離を取る。男はジャージに気づいたのか、それとも勘なのか分からないが、ライトの無防備な肌を直接的に狙ってきていた。離れるにしても近づくにしても、ライトは急所を的確に切られることになりそうだ。そのような予感がして、ライトが困惑した顔を浮かべる中で、男が手に持っていた棒を振るおうとした。


 カツンという音が路地に響き渡り、ライトと男の動きが止まったのはその時だった。

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