最終日(7)

 竜王祭の二日目のことだ。ゴーレム由来の大通りのパニックから、ライトとウィリアムがアスラを必死の思いで連れ出したところで、アスラがぽつりと呟いた。


「これは兄様を狙っている人の仕業ですかね?」


 ライトとウィリアムは正にその通りだと思っていたが、アスラの気持ちを考えると、そうだと首肯することはできなかった。誤魔化す必要があるだろうかとライトがウィリアムの顔色を窺ったところ、そのウィリアムと目が合ってしまったので、恐らく同じことを考えていたに違いない。その様子にアスラが気づかないわけがない。


「やはり、その問題は一度ちゃんと解決するべきですよね」

「一度解決するべきと言ってもどうやって?相手のことが何も分かってないんですよ」

「そこが一番の問題ですよね。兄様が誰に狙われているのか分からないのに、向こうからは兄様が分かってしまう…」


 その自分の発言が鍵になったようだった。アスラは尻すぼみに言いながら、何かを深く考え始めていた。ライトとウィリアムはアスラの思考がどこに向かっているのか読めず、その様子を見守ることしかできない。


「兄様を兄様だと思わせずに、兄様以外の人を兄様と思わせることができれば、兄様以外の人が狙われますよね?その人が狙ってくる人を相手できるなら、今回の問題は解決できませんか?」

「え…?いや、まあ…それはそうかもしれませんが…どうやって?アスマ殿下以外の人をアスマ殿下と思わせるとか、できますか?」

「難しいと思いますよ。何せ、アスマ殿下を知らない人は王都にいませんから」

「ですが、最終日はみんなマスクを被りますよね?」

「確かに顔は分かりませんが…」

「それに兄様が着るために用意された服を兄様以外の人が着ていたら、兄様だと思いませんか?」

「今回の祭りのために作られた服でしたら、確かに…」

「近くにシドラスさんとベルさんがいたら、それは本当に兄様です」

「そこまで行くと、確かにアスマ殿下と間違える可能性はありますが、仮にその役を誰がやるのですか?命を狙われる以上はその覚悟を持った人物でないと…それにアスマ殿下と背格好が似ていることも条件のはずです」


 ウィリアムのその疑問は既にアスラの中で解決しているようだった。聞かれるなり、アスラはじっとライトの方に目を向けてきて、ライトはしばらくアスラが何故自分を見ているのか不思議に思っていた。


「あれ…?ちょっと待ってください…?俺って言ってます…?」

「ライトさんなら、その条件に合うと思います」

「命を狙われる覚悟とかできてませんよ!?」

「え…?騎士なのに…?」

「語弊がありますね。騎士は死ぬ覚悟ができているのではなく、死なないように全部を守る覚悟を持っているんですよ」

「そうなんですか?」

「私は殿下をお守りするためなら、この身を犠牲にしても構いませんよ」

「あれ?一瞬で四面楚歌…」


 ライトの顔から血の気が引いていく様子を見たことで、流石にウィリアムも悪いと思ったのか、頭を掻きながらアスラに視線を送っていた。アスラはアスラで苦笑いを浮かべている。


「もちろん、仮の話ですよ。ライトさんならできるかもしれないっていう」

「ああ、そうですよね…」

「でも、実際にやるとしたら可能ですか?」

「可能かどうかでしたら、不可能ですね。最終日は顔を隠せますが、それは相手も同じなので、全部を警戒しないといけません。そうなった時、俺が気づくよりも先に俺の命が奪われている可能性がありますよ」

「それは同感ですね。今日のような騒ぎならともかく、最終日の騒ぎを利用しない手はないでしょうから。そうなった時、で全てを把握することは不可能です」

「それはつまり、ということですか?」


 ライトとウィリアムは顔を見合わせてから、唸りながら考え始めた。そもそも、騎士は二人で行動していることが多い。現在はシドラス一人で護衛しているアスマだって、本来ならイリスというもう一人の護衛がいる。今はベルが来たことで、アスマが一人で行動する時間が減った上に、アスマが魔王であることから、イリスは遠方での研修に参加しているのだが、シドラス一人でアスマの護衛を任されたわけではない。

 完璧な護衛のためには二人以上の協力が必要となる。それは騎士全員が持っている考えである。この時のライト達は知らないことだが、シドラスがアスマに与えた二日目の制限時間をなくしたのも、この考えを起因とするところだった。エルが一緒にいるのなら、警戒する範囲に制限をかけられることで、護衛が堅固なものとなる。


 それらを考慮してみると、ライトとウィリアムは二人で不可能とは思えなかったし、そう言うこともできなかった。言ってしまえば、普段の騎士の護衛は不十分なものであると認めることになる。少なくとも、二人はそう思っていないし、ブラゴだってそのはずだから、そう言ってしまうことはできない。


「そうなりますね…」


 ライトがぽつりと呟くと、アスラが間髪を入れずに言ってくる。


「シドラスさんが一緒にいたら、ライトさんは可能なんですよね?」

「え?まあ、シドラスがいることで、相手の方向も限られるでしょうしね」


 ライトはそう答えながらも、一向に消える気配のない嫌な予感に苛まれていた。自分を見つめてくるアスラの目が、純粋だからこその狂気を帯びているように見える。


「殿下?理論的に可能でも、絶対に大丈夫なわけではないんですよ?」

「そうですよね。分かってますよ」

「なら、いいんですけどね…」


 未だ嫌な予感は払拭できないが、ライト達にはいつまでも話し込んでいる余裕はなかった。すっかり落ちついてしまったために、ライトは忘れかけていたが、大通りでは未だゴーレムが暴れ回っている時間である。その音を気にしていたウィリアムが考えているようだった。アスラの護衛としての仕事はあるが、大通りのことを考えると応援に向かうべきかもしれないと思っているらしい。そのことはライトであっても、表情で分かった。


「ウィリアムさん。大通りのことでしたら、騎士団長もいますし、きっと大丈夫ですよ」

「そ、そんなに顔に出ていましたか…?」

「出てましたよ」

「お前にそう言われるくらいに出ていたのか…」


 ライトに指摘されたことがウィリアムはショックなようだったが、その反応の方がライトからするとショックだった。


「俺ってそんなに間抜けな立ち位置ですか…?」

「いや、そういうことじゃない…」

「ウィリアムさんは隠すことに自信があったんですよ」

「ああ、そういう…」


 ライトのショックがなかったことにはならないが、多少の緩和がされたところで、アスラはウィリアムを真剣な表情で見ていた。とても若い少年のものとは思えない表情で、それは王族としての立場に相応しいものだ。


「僕達は大通りよりも周囲の誘導に回りましょう。そっちの方が大変な状態だと思いますよ」

「そうですね。分かりました。その前に殿下だけ王城にお連れします」

「すみませんが、お願いします」


 ライトの蚊帳の外でアスラの王城までの護衛が決定する中、ライトは大通りの出来事から気になることを考えていた。ライトが珍しく黙ったまま歩いていたためか、そのことにアスラはすぐに気づき、顔を覗き込んでくる。


「どうしたんですか?」

「いや、さっきの大通りの奴って何ですかね?」

「あれは恐らく、ゴーレムだと思いますよ。魔物の一つである」

「殿下、詳しいですね」

「兄様の勉強している本で読んだことがありますから」

「アスマ殿下の本なのに、アスマ殿下よりも詳しいんじゃ…けど、やっぱり魔物ですよね…」

「魔物がどうかしたんですか?」

「いや、何だか気になる話があったような…」


 ゆっくりと記憶を遡っていく中で、ライトの心に引っ掛かっている出来事が近づいていく感覚があった。あれは確か昨日のことだと思い返し始めたところで、ライトはアスラを連れて王城に到着する。

 そして、最終的にその正体に気づいたのは、アスラをアスラの部屋に送り届け、アスラの部屋の中にある例の物を目にした時だった。


「あ、そうだ。これをエル様に伝えないと」


 不意に思い出したことを口から出したライトの様子に、怪訝げに見てくるウィリアムと違って、アスラは何かに気づいた顔をしていた。


「ああ、そうですね。エル様がいました」


 これがアスラの仮の話に現実性が宿った瞬間だった。

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