第9話 嘘吐きは一撃粉砕の始まり
その巨大蟹――カルキノスは銀太郎たちと鉢合わせた途端に堅い甲殻で覆われたハサミを振りかざした。
「これは……避けろ二人共!」
銀太郎の呼びかけに従ってミィルとリィルは飛び退く。
カルキノスのハサミが地面を砕いた。
「新手の魔物!? だったら、もう一度やるよリィル!」
「はい! 時間稼ぎは任せましたよミィル!」
リィルが再び【螺旋徹甲弾】を装填している間にミィルはカルキノスの動きを封じようとする。
しかし、ミィルの矢はカルキノスの頑丈な甲殻に全て弾かれてしまった。
「駄目! 私の攻撃が効いていない!」
カルキノスのハサミがミィルを薙ぎ払う。
「きゃあっ!」
「ミィル!」
銀太郎は思わず叫ぶが、カルキノスが横にしか動けないにも関わらず凄まじい速さで残った二人に詰め寄ってきていた。
「なんという俊敏さ! これでは間に合いません!」
「くっ、リィルだけでも!」
カルキノスの攻撃が予備動作に入った瞬間、銀太郎がリィルを突き飛ばす。
「(何をしているんだ。こんなことをすれば僕は……いや、これでいいのか。ここで犠牲が僕一人だけなら女神様も世界を救う真の勇者を新しく召喚出来る。結果的にそれがこの世界のためにならのだったら――)」
銀太郎は死を覚悟していた。
可愛い弟子を庇って死ぬのだから悪くはないと無意識に思っていたのだろう。
だが、カルキノスの頭上に人影が飛び出し、彼の覚悟は無駄なものとなった。
「打ち砕け――ダイザカリバー!」
飛び出したその人物は大振りな石槌でカルキノスの頑丈な甲殻に強烈な一撃を与える。
石槌の一撃は火花を散らして爆発音を轟かせた。
明らかな即死級の攻撃を受けたカルキノスは殻の内から蟹味噌を噴き出して倒れる。
「この爆発音はまさかあの人が!?」
銀太郎が驚愕していると、カルキノスの頭上に立った人物は銀太郎たちと目を合わせる。
「ご無事でありますか?」
銀太郎たちの窮地を救ったのはエルファシリア王国騎士団の甲冑を身に纏う凛とした雰囲気の女性だった。
よく見ると、その女性が振るっていた得物は石槌ではなく、岩塊が先端に突き刺さった大剣であり、女性が地面に大剣を置くと、重量によって小さな地響きが起こった。
「……ああ。助力を感謝する。お前は何者だ?」
「私はリークレイスという者であります。王国騎士団所属の聖騎士でありますよ」
「聖騎士……なるほど。しかし、王国騎士団の人間がどうしてこの森に?」
「それは先ほど交戦していた巨大蟹が理由であります。今朝、街の住民からこの森では見かけないはずの魔物が現れたという報告を受け、調査をすることになったのでありますよ」
「そうか。俺の弟子も……良かった。二人共、脈も安定しているし、気を失っているだけみたいだ」
「であれば、私が街までどちらかの子をおぶっていきましょう。あの蟹をここまで招き寄せてしまったのは私の責任でありますから」
リークレイスはミィルを軽々と背負ってそう言った。
一方、銀太郎は腕や脚をぷるぷるとさせながらリィルをどうにか背負い、先行するリークレイスについて歩く。
「ありがとう。ところで、お前の持っているその武器なんだが……」
銀太郎はずっと気になっていた女性の大剣を指差す。
「私の武器でありますか? これは私の家に代々伝わる聖剣であります。抜いた者に強大な力を授けるという神の加護が宿っているのでありますよ」
「となると、リークレイスは相当な実力者だったりするのか?」
「いえ、私はまだまだ未熟者であります。何故ならこの聖剣を一度も抜けたことがないのでありますから」
リークレイスが少し悲しそうな顔をする。
彼女の聖剣が刺さっているものはただの岩塊ではなかった。
岩塊というよりは石碑のようなものであり、磨かれたその表面には紋様が刻まれている。
「この聖剣は数百年前に私の祖先が一度だけ抜いたこともあるのでありますが、それ以来、抜ける者は誰もおらず、剣の銘も忘れ去られてしまったのであります。ほら、私の聖剣の先端に文字が彫られているでしょう?」
聖剣の先端には確かに剣の銘と思われる文字列が彫られている。
しかし、文字列の半分ほどは石碑に埋まって隠されている。
「名前の最後が『カリバー』で終わるとは分かっているのでありますが、正式な名前は誰も知らないのであります。なので、一応私は台座に刺さっているなんとカリバーだからダイザカリバーと呼んでいるのでありますよ」
「代々伝わる家宝の扱い雑だな……」
「そして、私はいつか聖剣をこの手で抜くために鍛錬を積んでいるのであります」
「へえ、すごいな。そういうのは尊敬出来る。お前なら聖剣に認められるかもしれない」
銀太郎は目を輝かせて語るリークレイスに思わず見惚れてしまっていた。
「えっ? 私のことを笑わないのでありますか?」
「誰が笑うものか。努力している人間を俺は馬鹿にすることなんて出来ない」
「……そ、そうでありますか。なんだか恥ずかしいであります。今まで他者からそんな風に言われたことはなかったでありますから」
リークレイスは照れ臭そうに口元をもごもごとさせる。
「(話し方は変だけど、この人、よく見れば意外と綺麗だな)」
「そ、そうだ!」
「は、はいっ!?」
急に大声を上げたリークレイスに驚いた銀太郎はうっかり素が出そうになった。
だが、リークレイスも銀太郎の声に驚いてびくりと身体を震わせ、二人の間に気まずい空気が流れる。
「も、申し訳ありません。びっくりさせてしまいましたであります」
「い、いや、こちらこそ。それで、どうかしたのか?」
「……大したことではないのでありますが、私の名前がもし呼びづらいのであれば、どうかリッキーとお呼びください」
「あー、まあ、そういうことなら構わない。よろしくな、リッキー」
リッキーは僅かながら口元を綻ばせて喜びを表情に表す。
「私、頑張るであります! きっと聖剣を抜いて見せるであります!」
高らかに宣言したリッキーの瞳の奥には火が点いていた。
銀太郎は燃えるリッキーの姿を見て微笑みを浮かべる。
「まずは日課の筋トレメニューをこなして、それから聖剣素振り百回を三セット! 次こそは私の筋力が聖剣に打ち勝つのでありますよ!」
「……………………ん?」
「おや? どうしたでありますか?」
「えっと、一つ尋ねておきたいんだが。……お前、聖剣から認められるために必要なものってなんだと思ってる?」
「それくらいは分かっているであります! 聖剣に認められる者は強い者! 我が家の言い伝えにもそう書かれているのでありますから! つまり、筋力を鍛えて強くなれば、聖剣に認められるのでありますよ!」
「おい。それってまさか――」
「ゴボッ、ゴボボボボッ!」
銀太郎が言いかけた直後、突然、彼らの行く手に倒されたはずのカルキノスが現れる。
「なっ、この魔物、まだ生きていたのか!?」
カルキノスが口から泡を噴きながらリッキーに襲い掛かる。
「リッキー! 避けろ!」
「いいえ! ここまで弱っているなら、後はこの一発で充分であります!」
リッキーはミィルを背負いながら、籠手に覆われた右手の拳をカルキノスの顔面に向けて放つ。
次の瞬間、リッキーの拳は着弾地点で火花を起こし、衝撃と爆風でカルキノスの身体を木っ端微塵に吹き飛ばす。
「……ふう。拳での戦闘は久しぶりだったので、少し力み過ぎてしまったであります」
銀太郎は弓矢でさえ傷一つつけられなかったカルキノスがただのパンチで粉々になったことに言葉を失う。
「(多分だけど、こいつはあれだ。脳筋だ)」
銀太郎はリッキーの攻撃で強烈な衝撃波が起きていたことを思い出す。
あの衝撃波は聖剣や台座から放たれた魔法の類ではなく、持ち主であるリッキーの単純な攻撃力の高さによるものだった。
とはいえ、ただのパンチが物質を塵に変えるほどの威力を出すなど、魔法の存在するこの世界でも普通はあり得るものではなく、銀太郎も自分の目で見た光景をすぐには信じられなかった。
「けれども、流石に籠手で和らげているとはいえ、私もかなりの反動を受けてしまったであります。申し訳ないですが、私ももう限界であります……ゴフッ」
リッキーは唐突に口から血を吐き出すと、目を回して地面に倒れ込んでしまった。
「ちょっ、リッキー!? しっかりしろ! リッキーッ!」
銀太郎が気絶した三人を抱えて街に着いたのはすっかり日が暮れた頃のことだった。
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