第7話 ウォーカー

「皆さん、今ウォーカーから連絡がありました。例の触手にやられたウォーカーのアストラル体が損傷しているため、アグリに降下して、新鮮な野菜を食べさせて治したい、とのことです。皆で協力してください」


「そういうことなら任しておけ!」


皆は活気付いた。


「涼太、淳君、きゅうりを採りに行くぞい」


寅吉は麦わら帽子の紐を結び直した。


「きゅうりかね?」


「おうよ。魔を浄化するのにはきゅうりが良いのよ。ほれ、鋏と籠を渡すから、一緒に収穫じゃ」


「分かった」


寅吉に続いて、二人は畑へ向かった。


 

 畑には、伸び伸び育ったきゅうりが青々と実っていた。地球で見かけるどのきゅうりよりも、瑞々しい輝きを放っている。


「こりゃあ、良いきゅうりだわ。確かにこれなら、魔も祓えるかもな」


「そうじゃろ。よし、大きく実っている奴だけ採るんじゃぞ」


三人は畑の端からきゅうりを選別していった。


 

 きゅうりを収穫した三人は、センターのキッチンに居た。


「先ずは良く洗ってな。ワシはきゅうりの出し汁漬けを作る。涼太はトマトときゅうりの酢の物じゃ。冷蔵室に昨日収穫したトマトがあるからの。淳君はきゅうりを細かく刻んで、ガーゼに張ってな、湿布を作ってもらう」


涼太はきゅうりを洗うと、薄くスライスした。丸々一本スライスすると、塩で揉む。トマトを洗って一口大に切り、お酢と砂糖を混ぜて混合液を作った。ボウルにきゅうりとトマトと液を入れ、混ぜ合わせる。冷蔵庫で冷やしたら完成である。

 

「ウォーカーが到着しましたよ。今医務室で休んでもらっています」


睡蓮がやって来て告げた。寅吉と涼太は料理をそれぞれ器に盛り付けた。サッパリと涼しげな出来映えである。器とスプーンとフォークをトレイに乗せると二人は歩き出した。淳は冷蔵庫で冷やしておいた湿布を取り出し、二人の後に続く。


 

 涼太が医務室のドアをノックすると、


「どうぞ」


と中から澄んだ声が聞こえた。ドアを開けると白衣の女性が出迎えた。


「奥のベッドに寝かせてます」


女性は部屋の奥の薄いカーテンで仕切られた一角を指差した。


銀嶺ぎんれいさん。食事を持って来てもらったから、カーテンあけますよ」


女性はカーテンを開けた。白いベッドに上半身を起こし、脇腹を手で押さえた若い女性が座っている。黒目がちの大きな目にやや厚ぼったい唇。焦げ茶色の短く切られた髪。


「あんた、地球人じゃな?」


寅吉が思わず声に出した。


「ええ。元はね。今はウォーカーだけど。っと痛た……」


「まあ、取り敢えず食べたら良いわ。おっと、その前に、傷口にこれを張っておきなさい」


淳が湿布を差し出した。銀嶺は服を捲ると、脇腹に付いた痛々しい傷口に湿布を張った。涼太はベッドに設置されているテーブルを起こす。


「きゅうりの出し汁漬けに、トマトときゅうりの酢の物です」


「有り難う。頂くわ」


銀嶺は嬉しそうに出し汁漬けを食べ始めた。


「ああ、やっぱりこれよね! きゅうりのクリアーなエネルギーが体に染み渡る感じ!」


「お味の方はいかがです?」


「美味しいわ。日本に居た時を思い出すわね」


「日本人ですか?」


「ええ。日本で生きていたときは水泳のインストラクターをやっていたわ。でも、魔界に心を操られた暴漢に襲われて死んじゃってね。睡蓮さんに頼まれてウォーカーになったのよ」


銀嶺は話しながらパクパクきゅうりを食べた。


「タコにやられるなんて、お姉ちゃん雑魚やな」


「あら、そうねえ。私まだ新人だからね」


「でも、戦士なんて、何か格好いいですね。俺は農夫だからこんなことしか出来んで、テレビで見てたけど、何かもどかしかったですわ」


「魔界との闘いは何も前線で戦闘することだけじゃないわ。野菜を育ててくれる人が居るから、私もこうしてアストラル体の修復が出来るんだし。貴方は農夫を頑張って」


「は、はい!」 


銀嶺はあっという間に二品を平らげた。


 

 それから三日間、銀嶺は医務室で涼太達の運んでくる野菜を食べ続け、すっかり回復して仲間と共にアグリを発って行った。涼太は今までに無い充足感に包まれていた。


「睡蓮さん。俺、頑張って農夫を続けますよ。地球で生きている間も、死んでからも」


「是非ともお願いします。ではそろそろ地球へお送りします。スペースポートへ行きましょう」


「はい。じゃあ、祖父ちゃんまたな」


「おう、いずれまたこんな風に会えるでな。それまで地球で頑張れや」


「うん。じゃ、淳君、行こうか」


 

 スペースポートで例のイルカの宇宙船に乗り込み、涼太は白い部屋に戻って来た。


「睡蓮さん、有り難うございました。けど、ここからどうやって家まで帰ったら良いのかね?」


「それは心配要りませんよ。大丈夫です。ではまたお会いする日を楽しみにしています」


そう告げると、睡蓮は宇宙船で帰っていった。


「睡蓮さんて……。ちょっと母さんに似ていたな」

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