第4話 アストラル宇宙

 気が付くと涼太は床も壁も天井も、真っ白な部屋にいた。部屋には美しい女性が一人、立っている。亜麻色の長い髪に明るい緑の瞳をして、真っ白なローブを着ていた。


「貴女は……。もしや御先祖に種を渡したという天女様ですか?」


「私は睡蓮です」


睡蓮は静かに微笑んで、涼太の手を握りしめた。仄かに蓮の花の香りがした。


「さあ、こちらです」


睡蓮は奥のドアを開けた。見ると部屋の外は宇宙空間だった。部屋に隣接して、イルカの形の青い宇宙船が透明なチューブの中に浮かんでいる。チューブは遥か彼方まで続いていた。涼太は睡蓮に続いてタラップを渡り、船へ乗り込んだ。


 

 船内には卵形の白いソファーが並んでいた。一人だけ、誰かが座っているのが見えた。


「淳君!」


涼太の背中を冷や汗が流れた。もしかしたらここはあの世ではないのか? 淳は熱射病で、あのまま死んでしまったのではないか?


「涼太のおじちゃん。僕ら、これから旅行に行くんだよ」


「旅行?」


「私がご案内します。座って下さい」


涼太は淳の隣に座った。


「では、出発しますよ」


宇宙船は音もなく発進した。


 

「私達高級勢力は、混沌とした宇宙を真善美で統一しようとしています。ですが、魔界勢力は真善美を理解しません。宇宙を荒廃させようと攻撃を仕掛けてきます」


「はあ……。高級勢力と魔界……ですか?」


「そうです。地球も魔界の影響を受けて、昔に比べると随分堕落してしまいました。特にまだアストラル体の未熟な若者は狙われています。世の中に犯罪や悲劇が蔓延しているのは、魔界が干渉して人の心を支配しているからです。魔界に打ち勝つには人々のアストラルエネルギーを高波動に上げる必要が有ります」


「アストラルエネルギーって何です? どうやれば高波動に上げられるんですか?」


「人間の体は物理的な肉体だけではなく、感情のエネルギーであるアストラル体や魂の体であるコーザル体などで出来ています。アストラル体のエネルギーを上げるには、美しいものを見たり聴いたり、善行を行うなどすると上がります。瑞々しくて新鮮な生命力の溢れる野菜を食べることでも上がります。人は死ぬと先ずアストラル宇宙へ行きますが――ここの事ですよ──アストラルエネルギーが十分にあれば、生きている間でも宇宙へ来れます。こんな風にね」


「じゃあ、俺の畑は……」


「ええ。あなたの御先祖に、我々が託したものです。私達高級勢力は、かつて地球のあちこちに神聖なる野菜を育ててもらうべく、地球人に種を渡しました。北米のインディアンや、南米のインディオ達は特に忠実に畑を維持してくれました。その昔、彼らは高められたアストラル体でよくこの宇宙へやって来たものです。ですが、魔界の干渉を受けた人間達との争いで、多くの畑が失われましたし、人々のアストラルエネルギーも低下しました。あなたの畑仕事も魔界との闘いの一端なのですよ」


「おじちゃん家って、凄かったんだな。まあ僕は農家より、戦士の方が良いけどな!」


涼太はヘナヘナと体をソファーに沈めた。やはり、祖父じいちゃんの言っていたことは本当だったのだ。俺は間違っていなかった!


「それで、これから何処へ行くんです?」


「我々の農業惑星、アグリへ行きます。到着までしばらくかかりますから、一眠りすると良いですよ」


睡蓮はソファーの脇のレバーを引くと、仰向けに倒した。船内の照明が徐々に暗くなっていく。涼太は宇宙船の天井をぼんやり眺めている内に、眠りへ落ちていった。


 

「涼太さん、起きてください」


睡蓮の声で涼太は目が覚めた。淳は既に起きて、窓の外を眺めている。涼太も窓に近付いて、外に目を凝らした。青と緑の惑星が眼下に広がっている。大気圏の外側を透明な膜が覆っているのが見えた。


「あの膜は何だろう?」


「高級勢力の高波動エネルギーフィールドです。高波動の膜で魔界の侵入を防いでいるのです。私達が通って来た航路も、エネルギーフィールドで出来ています」


 

 睡蓮が話している間にも、宇宙船は惑星へどんどん降下していった。巨大な森林の間を大きな河が流れ、開けた緑の耕作地へと続いている。太陽の光を浴びて、大地は生き生きと輝いていた。耕作地から離れた草原に巨大なスペースポートが見える。宇宙船が地表に近付くにつれて、涼太の体はポカポカと暖かくなった。


「惑星アグリのアストラルエネルギーを受けて、暖まっているのですよ」


涼太の心を見透かしたかの様に、睡蓮がにこやかに笑った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る