サマーエンドロール ~俺と彼女のシネマな夏~
木根間鉄男
ープロローグー俺の映画的日常
「俺にとっての人生のバイブルは映画なんだ。特に『コマンドー』はね。確かにあれはシュワちゃんの筋肉バカっぷりが炸裂してるけど、その根底には男としてのまっすぐな生き方だったり悪を許さない心だったり、そういうのが含まれてると思うんだよ」
俺は映画が無いと生きていけない。
映画なんてただの娯楽、無くてもいいものだと言われるかもしれない。
けれど映画は人生の縮図だ。映画は人生に必要なすべてのものが詰まっていて、人生の要所要所で必要なことを教えてくれている。
俺、
「まぁ人生の縮図だってことは認めるが、コマンドーはねぇだろ。あれは吹き替え版を娯楽として見ると面白いが、それ以外はさっぱりだ。やっぱりもっと大人になれって。『マッドマックス』こそ至高だろう! 復讐から始まる男の生き様! うなるエンジン! かっこいいったらありゃしねぇぜ!」
一方俺の目の前の男、自称レッド・ラムはそう言って譲らない。
ちなみにだが、レッド・ラムなんて名乗っているが思いきり日本人で俺の幼馴染。クセの強いぼさぼさした黒髪に黄色人種特有の平たい顔、サングラスをかけて日本人感を隠しているつもりだが、バレバレだ。本人曰く『ブラッド・ピット』似らしいがはたしてどうだろうか。
身長、体格も俺と同じ平均的な日本の大学生並みだ。
しかもラムの着ているシャツには「No Cinema! No Life!」なんてバカでかく書かれている。本場の人間はこんなセンス悪いシャツ着ない。
「いいや、ラム! コマンドーこそ正義! 最高の映画だ! それに並ぶのは『ターミネーター2』しかないね!」
「それはただお前がシュワ好きだからだろう!? ちなみに俺はスタローン派だ。『ロッキー』も『ランボー』もいいが『エクスペンダブルズ』最高!」
「エクスペンダブルズにもシュワちゃん出てるだろうが」
「けどほとんどちょい役じゃねぇか。1じゃ意味深なこと言ってただけだし、2は確かにかっこよかったが3は完全に爺じゃねぇか」
「『大脱出』で爺になった二人が共演してたの忘れんな。お前この前大脱出最高って言ってたろうが」
外ではセミが暑さを訴えかけるように鳴いている。俺の部屋にはエアコンがガンガンかかっているが、議論がヒートアップして思わず汗がにじみだしてきた。
「とりあえずこの話は保留だ。いつかお前にシュワ愛を教えてやるが、今はそんなこと言ってる場合じゃない」
「あぁ、そうだな、友よ。休戦だ」
そして俺たちの視線は机の上に置かれたアマゾンの段ボールに移動する。
「レンタルに置いてなかったから注文しちゃったよ、『ゾンビマックス―怒りのデスゾンビ―』」
「あぁ……こんなクソ映画丸出しのタイトル、誰も借りたがらないもんな……俺たちみたいなコアなゾンビハンター以外には! なんだよゾンビマックスって! 邦題訳した奴絶対世紀末感丸出しのビジュアルだけでつけただろ!」
そう、この箱の中には数日前に注文したDVDが納められている。
ネットでたまたま見つけて、気になったタイトルを買ったのだ。
「ゾンビものはタイトルを超えていいものがあるからな。『ドーン・オブ・ザ・デッド』のパクリの『ショーン・オブ・ザ・デッド』とか!」
「いや、あれはただのバカ作だろう。特にレコードでゾンビを倒すシーンは」
「めっちゃ面白いじゃん、あのシーン! 俺好きなんだけどなぁ」
「ってまた脱線してるぜ。早く映画見ようぜ」
「そうだったな」
俺は箱を開けてパッケージを取り出し、再生機にかけた。
「俺コーラで頼むわ。ゼロカロリーの」
「人んちで毎回毎回図々しいよな」
「俺たちの仲だろ? な?」
「……分かったよ」
「あ、ポテチも頼む。コンソメで」
「……お前と仲良くなった自分を呪いたくなった」
なんて言いあいながらも俺はコーラとポテチを用意してソファについた。
柔らかなソファに体がずぶりと沈み込み、とても心地よい。
金をはたいて映画視聴のためだけにソファを買ったのは正解だったようだ。
隣にラムがドカッと座るのを確認して、俺は再生ボタンを押した。
「映画泥棒のあれがないと映画見てるって気分になれねぇよな」
「……知らないよ」
さて、俺たちが映画を鑑賞している間に少し自己紹介だ。
もしこれが映画なら重要な伏線がしれっと含まれているだろうが、あいにくこれは現実。あまり覚えてくれてなくても構わない。
俺はさっきも言ったが黒咲彰。H県K市に居を構える大学2年生だ。ちなみに所属は映研。将来の夢は映画監督になること。
現在は夏休み真っ最中、というわけではなくただ大学に行かず引きこもっているだけ。
大学での生活はもっと青春映画みたいに華々しいものだと思っていたのだが、現実は違った。
とても退屈でくだらない。何の刺激もない日々に飽き飽きしている。
映研で自主映画を撮れるかも、と思っていたが的外れ。結局ただ映画を見るだけの会で、俺は幽霊部員を決め込むことにした。
中退した、となるとこの家が引き払われてしまう。2階建ての小さな家、しかも実家から自転車で15分程度の距離だが、俺の映画キングダムなのだ。王国が崩壊するのを防ぐため、一応ギリギリ顔は出しているが、最近は暑すぎて外に出たくない。
こんな日こそエアコンの効いた部屋で映画を見るべきだ。全人類そうすればいいと思う。
俺のことはこれくらいにして、次はラムの紹介だ。
といっても長年付き合っているが、俺はこいつのことをよく知らない。本名すらも、だ。
極端に言えば自分のことは話さない人間なのだ。
今日みたいにフラッと俺の部屋にやってきては映画を一緒に見て、いつの間にか帰っていくというものだ。
映画という共通の趣味があるし、拒む理由もなくずぶずぶとこの年までこんなわけのわからない奴と過ごしてきたのだ。
こいつのこともこれくらいだろう。
もうそろそろ映画も終わるし、本編に戻ろうか。
「なるほどなぁ……ゾンビを操る力があるのは結構強いな」
「あぁ、確かにな。しかもそれが味方側とは……チートすぎだろ」
「けど……」
「あぁ……」
『マッドマックス要素無いじゃん!』
俺たちは顔を見合わせてそう言った。
「強いて言えば敵のトラックがマッドマックスに出てきそうとか、味方の格好が世紀末っぽいとかだけじゃん!」
「俺の中の邦訳タイトル詐欺10選に入れておこう」
「……ちなみにほかのタイトル詐欺は?」
「『マイティ・ソー バトルロワイヤル』。あれ、結局ソーはバトルロワイヤルで一回しか戦わなかったし、原題のラグナロクのほうがかっこよかったろ」
「あぁ」、と俺は顔をしかめた。
何も言い返せないし、もっともだったせいだ。
「ま、映画はダメなところもあるさ。けどその分良いところもある。俺は良いところを探す人間になりたいな」
そう、映画には確かに良し悪しがある。
けれど悪いところばかりを槍玉に挙げて否定するのは、映画の見方としてどうかと思う。
映画は良くも悪くも、楽しんでほしい、という願いが込められて作られたと俺は思う。
否定するっていうのは、その映画に関わった人の願いとか熱意を否定する気になるし、俺は嫌だ。
「ま、映画の見方は人それぞれだ。お前が何を言おうが関係ねぇよ」
ラムがゴクリ、とコップに残ったコーラを飲み干した。
俺も釣られて自分のコップを空にする。
炭酸の抜けた温いコーラが喉を抜ける。この後味の悪さ、『ターミネーター3』に通ずるところがある。
コン、とコップを置いた瞬間庭で「わんわん」と犬が鳴いた。
「宅配か?」
「そうみたい」
庭の犬はアインシュタイン、俺の愛犬だ。
番犬としては超優秀で、やってきた人に片っ端から吠えまくる駄犬だ。
まぁ俺の家に来るのは宅配便かラムかだけなので問題はないが。
「そういやラムが来るときあいつ、吠えないよな。何かしたのか?」
「さぁ? 好かれてるんじゃねぇの?」
「……そうなのかな」
ハンコを取る時間、適当な雑談を交わしてから玄関へ向かう。
案の定宅配便で受取印を押して荷物をもらう。
「また映画か?」
「『グレイテスト・ショーマン』、劇場で見たけど欲しくなっちゃって」
「よし、見るか」
「いいぜ。お前にもお勧めしたかったんだよ」
「俺も劇場で一回見たけどな。ちなみにレンタルでも見た」
「俺も」
「なんだよ、俺たち好きすぎじゃねぇか」
「仕方ないよ。俺たち、どうしようもない映画好きだろう?」
ここから始まるのは映画よりも奇妙で痛快で、映画よりもチープな俺の物語だ。
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