流れ者には荷が重い

新井三任

第1話 勇者の教育係をクビになる①

「Bクラス傭兵ロウ」

「はい」

「貴方が今日、ここに呼ばれた理由が分かりますか」

「分かりませんが、あまり良い話ではなさそうだと見当はつきます」

そう言って、顔を上げずにロウは周囲を伺う。


眼前には聖職者らしい、白を基調に金糸を織り込んだ装束を纏った金髪のエルフ。

名をリーティアという。今回の召喚は彼女の仕切りらしい。

ただし、ロウとの距離が近すぎて見えるのは腰から下くらいのもので、彼女の表情は伺い知れない。いつもの通りだろうと予測はつくが。


その奥、一段上がった先には玉座に腰を下ろす王と王女の姿がうっすらと見えるが、顔を上げずに見るには少し遠い。上目遣いで顔が見えるのは左手前方に立つ6人の男女だけ。それぞれロウと同じ役目を担っているが、如何せんロウとは立場も位も違いすぎて、まともに会話もしたことがない。

場所が場所だけに、彼らの表情は一様に引き締められているが、ほんのわずか、こちろを見る口元や目元に侮蔑や憐憫、嘲笑の気配を感じれば、まあろくなことではないだろうことは分かった。


「査問、と言えば大仰に過ぎるかもしれませんが、貴方の指導方針について、いくつか尋ねたいことがあります」

「分かりました。何なりとお尋ね下さい」

「…殊勝な心掛けですね。ではまず…」


そうして、ロウに対する詰問が始まった。


「…では、決して手を抜いている訳ではないと?」

「非才の身なれば、皆様の目には力及ばぬ点が多く見受けられましょうが、王命に対し『手を抜く』など恐れ多いことで、考えにも及びません」

「ですが、私や他の方々が受け持つ『勇者候補』に比べ、あまりに成長が遅すぎるのではありませんか?近衛騎士団長が指南されている第二グループは、すでに魔獣の討伐を重ね、レベルは30に達すると聞いております。ですね?」


と、リーティアが並んだ6人のうち、玉座側の端に立つ白銀の鎧を身に纏った美丈夫、近衛騎士団長ブレイズに水を向ける。


「ええ。まずまず順調に仕上がっていると思います。それでもリーティア殿の第一グループには及びませんが」

「いえ。こと実戦に関しては近衛騎士団長の方が経験豊富かと。それに、他の皆様方のグループもおおよそレベル20を越えているとのことで、私もうかうかしてはいられません。ですが」


そこでリーティアがロウに目を向ける。


「ロウ、貴方のグループはまだ10にも達していないとか?」

「一人がレベル8、あとの4人は先日レベル5になったばかりです」


ロウの言葉に、空気がざわり、と揺れる。


「…事前に聞いた通りではありますが…。なぜ、そのように成長が遅いのか理由を説明して貰えますか」

「先程申し上げた通り、非才の身なれば、皆様のような才気を用いての指導は適いません。剣技も魔術も皆様には遠く及ばず、ただ経験だけは多く持ち合わせておりますので、それをもって彼ら『候補』を指導しておりますが、ただ…」

「ただ?」

「『彼ら』には基礎が足りません」

「基礎、ですか」


リーティアの声音がやや落ちる。


「いや、それはおかしいな、傭兵」


そこに、6人のうちの一人、黒い甲冑を身に着けた大柄な男が横槍を入れる。


「第三大隊長」

「横入りは失礼だと思うがリーティア殿、この傭兵の言い草を真に受けて貰っては困るぞ。我らとて同じ物知らぬ異世界人を預かって鍛え上げているのだ。基礎が足らぬは皆同じ。此奴の所だけに限ったことではない。それでいて未だ実戦にも出れぬのは

此奴の怠慢としか思えぬのだがな。なあ?『逃げ足』」

「バルガス大隊長」


バルガスの最後の言葉にリーティアが反応するが、それに構わずバルガスが続ける。


「皆、口にせぬからいかんのだ。折角の王の御前だ、この際はっきりしておこう。そもそも傭兵、お前はなぜこの場にいる?」

「…傭兵ギルドにて指名され、拝命致しました」

「そこがおかしい。ギルドはそんなに人足らずなのか?王都のギルドであればA級はもちろん、S級でも応じることは出来る筈だが」

「それはギルドに訊いて頂くしかありません。ギルドが誰を選ぶかについて私には知る由も、断るという選択肢もありませんでしたし、今回の依頼内容については王城に入って聞かされるまで知らなかったというのが実情です」


ロウは飄々と答える。

その態度が気に召さなかったのか、さらにバルガスの詰問は続く。


「分かった。それについては傭兵ギルドに厳しく問い質しておこう。では何故これほどにレベル上げが遅れている?皆が預かる異世界人については聞いての通りだ。比べて未だ10にも満たぬとは、怠慢でなければお前の力不足であることは明らかだな」

「これまでに申し上げた通り、力及ばぬ点はお詫び致します」

「…ふん。言葉は殊勝だが、それで済むものではないぞ。なにより…」

「そこまでで良い」


バルガスの話を制したのは玉座に座すこの国の王、ヴァンフリートだった。


「しかし、王…」


なおもバルガスは食い下がる。が、


「質問は良い。多少の不満が口に出るのも許すが、糾弾は認めぬ。それはバルガス、お前の仕事ではない」

「…は」


王の言葉で、荒れかけた場の空気が収まる。


「ロウ、面を上げよ」

「はい」


王の言葉に応じ、ロウは顔を上げる。玉座には40前後の壮年の男性が座り、その横には10代半ばの少女がこちらを眺めている。

王に拝謁するのは依頼を受けた時以来だが、王女の顔を見るのは何年ぶりだろうか。母親の面影が見えるが、あのひとと比べてちょっときつめの表情は年若さの故でもあるのかなとロウは思う。まあ母親の方は暢気さが顔一面に出てるような人だったが。


「私からひとつ問いたい点がある」

「はい」

「先程、『基礎が足りない』と言っていたが、バルガスの言い分にも一理ある。他の者にできることをできぬ、であれば、納得できるだけの理由は必要だ」

「はい」

「では、其方の言う『基礎』とは具体的に何を指しているのか。体力か、知力か、武力か、あるいは魔法力か」

「いずれも違います」

「…では、何を彼らに教えているのか」


多分これは怒られるかなあ、と思いながらそれでもロウは澱みなく答える。


「『この世界で生き抜いていくために必要な力』です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る