終章-24:最終決戦、マヒコ 対 サラピネス

「でえぇいっ!」

『しつこいぞ、いい加減に死ねい!』

 命彦の斬撃を受け止め、魔力物質を纏う拳を振るうサラピネス。

 そのサラピネスの拳が命彦の顔面を捉え、頭部ごとへし折れた姿が見えたが、しかし殴った感触は空であった。

「ここだ、ボケぇ!」

『くぅおおーっ!』

 執拗に頭部を狙い、命彦の魔力物質製の日本刀が袈裟斬りに振るわれて、サラピネスが魔力物質製の手甲を纏った2本腕で防御する。

 と同時に、残りの2本腕で打撃を繰り出す。今度は当たる前に、命彦が分身して視覚的に撹乱した。

『……我が敵を幻惑せよ。駆けよ《陰遁・影分身》!』

 命絃が予め展開していた魔法を発動させ、1体の魔法幻影が拳を振るうサラピネスの前に躍り出る。

『小賢しい真似をっ!』

 打撃は分身を捉えてのけ反らせ、霧散させて、本体の命彦を捉えられずに空を切った。

 高速戦闘時の撹乱攻撃は効果てきめんであり、サラピネスを非常に苛つかせる。

 それが偽物と分かっていても、脳の情報処理が加速している高速戦闘時には反射的に反応してしまい、無視しにくいのである。

 しかも手の込んだことに、命絃の具現化する魔法幻影は、霧散する一瞬まで殴られた姿や吹き飛んだ姿を演出するため、魔法幻影を殴ったにも関わらず、本体を攻撃したと意識が思い込みやすい。

 接近戦では、明らかにサラピネスより命彦達に軍配が上がった。

 この上、メイアも助勢に来れば、負ける可能性が真剣に出て来る。

 そう判断したサラピネスは、敢えて命彦を誘った。

『……貴様の力は認めよう。小娘と2人がかりであれば、万に一つでも、この我を凌駕するやも知れぬと。それはそれで面白いゆえ、最後まで付き合ってやりたいところだが、宴が失敗に終わっている以上、我にはまだ母神より与えられた役目がある。終わりだ!』

 サラピネスが天に指をかざした。漆黒の球体がまたしても具現化される。

 狙いは、地上で神霊魔法を構築するメイアであった。

 メイアは地上での《神降ろし》に手こずっており、具現化にはもう少し時間がかかる。

 メイアに魔法攻撃を放てば、サラピネスの負ける可能性は相当低下した。

 それゆえに、サラピネスに勝ちたい命彦は是が非でも、この魔法攻撃を止めに来る。

 そう読んだサラピネスの思惑は、見事に当たった。

「させるかぁっ!」

 空間転移して慌ててサラピネスの腕を斬り落とす命彦。サラピネスがニヤリと笑い、思念を放った。

『最後まで青い奴め!』

 サラピネスの魔力物質製の手甲を纏った双拳が振るわれ、間一髪後退して見切った命彦が、日本刀から野太刀状に伸長させた刀身で真一文字に斬撃を放ち、衝撃を感じて目を見開く。

 サラピネスの腕は届かず、伸長したこちらの刀身は届く。その計算を持って間合いを後退させ、攻撃した筈の命彦の腹部を、サラピネスの手甲から槍のように伸びた一本の角が貫いていた。

 命彦の腹部を覆う魔力物質を突き抜け、腹に刺さる魔力物質製の角。命彦の全身を激痛が走った。


「命彦さん!」

「「「わ、若様ぁっ!」」」

 平面映像で命彦と眷霊種魔獣サラピネスとの戦闘を見守っていた舞子と従業員達は、命彦の腹部にサラピネスの魔力物質が突き刺さる様子を見て、思わず声を上げた。

 庭のドデカい平面映像に映し出された命彦は、痛みのせいか、痙攣しているように震えている。

 魔力物質製の野太刀を右手に持ち、サラピネスの腹へと切りつけたまま、自分の腹部に突き刺さるサラピネスの魔力物質を、左手で握り締める命彦。

 その命彦を見つつニヤついたサラピネスは、魔力物質の角付き手甲を纏う手首を左右へゴリゴリ捻り、拷問でもするように、命彦の身体へ突き入れて行った。

 平面映像に、左右に首を振って必死に痛みに耐える命彦の姿が映る。それを見て、舞子は目を手で覆った。

「見ていられませんよっ!」

 従業員達も、そしてその場にいた従業員の子ども達も口々に言う。

「あんの魔獣め、許せん!」

「皆で若様を助けに行くぞ!」

「ウチもいく! このままやったら、ワカサマしんでまう!」

「はやくたすけにいこっ!」

 逸る従業員達を、古参の従業員4人が止めた。

「やめんか!」

「ワシらが行っても死ぬだけじゃ」

「若様は、私達を守るためにも戦っておられるのです!」

「そうだよ。あたしらの命、無駄に散らせちゃダメだ!」

「し、しかし!」

 従業員達がさらに抗弁しようとした時であった。凛とした声が庭に響く。

「落ち着いて皆、戦ってる命彦の姿をよく見て?」

「み、魅絃さん!」

 舞子も、従業員達も目を丸くした。店舗棟から昏睡している筈の魅絃が現れたからである。

「目を覚ましたら、店の別荘階にいて驚いたわ。でも、凡その事情はポマコンを見て分かってる。現状も把握した。その上でもう一度言わせてもらうわね? 落ち着いて命彦の戦う姿を見て皆? あの子は諦めてるかしら? ソルティア達は気付いているわよね?」

「はい。姫様かミサヤ様が具現化されたのでしょうね? 若様は《陰闇の纏い》による痛覚抑制効果で、激痛が走るあの状態でも、どうにか意識を保っておられます」

「野太刀もまだしっかり右手で握っておる。若様は狙っておるんじゃ」

「そのとおり。見守りましょう、最後まで。それが私達の戦いよ?」

 魅絃の言葉に、ドワーフ翁とエルフ女性が付け足した。

「うむ。皆で祈ろう。〈魔竜の練骨具足〉に封入された魔法は、ワシらの魔力でできておる」

「ええ。私達の想いは魔力を介して、きっと若様へ届く。皆で心を一つにして、若様を応援するのです!」

 舞子も従業員達も平面映像を再度見た。

 命彦の勝利を信じて、無事を信じて、ただひたすらに祈り、応援した。

 

 自分も身体を魔力物質で斬り込まれているというのに、余裕の表情であるサラピネスが、目の前で震える命彦の様子を見て、ニヤニヤと勝ち誇る。

『魔力物質は伸縮も形状の再構築も自由にできる。これも小童、貴様が使っていた魔法技術であろう? どうだ、自分の魔法を相手に使われた気分は? その魔法で生じた痛みは格別であろう? 魔法で痛覚を抑制しても、そうして震えておるほどだ。相当のモノだと察せられる。しかし……同じく腹に傷を受けておる立場だが、クハハハハッ! そちらは随分と余裕を失っておるように見えるぞ?』

 痛みらしい痛みを感じず、延々と戦えるように作られた魔法生物と、傷を痛んで震える人間の違いを、サラピネスが嘲笑う。

 突き刺さったままの角付き手甲を押さえ、震える命彦の口から出たのは、苦痛の声にあらず待望の声であった。

「ぐくっ! ……こ、この時を……俺は待っていたっ!」

『……ぬうっ!』

 左手で、自分を貫くサラピネスの角付き手甲の腕を押さえ、左側の触手を巻き付けて残り2本の腕も封じた命彦が、右側の触手を瞬時に操作し、一瞬で無防備に傷口を晒すサラピネスの腹部へと触手を潜り込ませる。

『バカめが、この程度の攻撃が我に効くか!』

 サラピネスの言葉を完全に無視して、命彦は素早く指示した。

「ミサヤ、今だ!」

『はい! 我が主を傷付けた報いは受けてもらう、喰らうがいい!』

 サラピネスの腹部で、右側の触手の先端が砕け、そこへ埋め込まれた、魔力物質で塗装されている〈出納の親子結晶〉も砕ける。

 そして、呪詛物である[陰龍の爪]が、サラピネスの体内に出現し、その呪詛を振りまいた。

『こ、これはっ! ぐ、ぐぅおぉぁぁーっ!』

 すぐさま触手を切り離した命彦へ、反射的に蹴りを見舞って叩き落とすサラピネス。

 しかしそれ以上の追撃はできず、微妙に腹部が膨れたサラピネスは、激しく苦しみ出した。

『ぐううあああぁぁーっ!』

 苦しみ悶えるサラピネス。神霊付与魔法の効力があからさまに弱まり、腕に纏っていた魔力物質製の手甲も明滅する。サラピネスは明らかに弱体化していた。

 我が身に起こった異常に目を血走らせ、サラピネスが地表に蹴り落とした筈の命彦を見ると、命彦は地面に落ちる寸前に、ふわりと浮き上がった。

『……っ!』

 驚きに目を見開くサラピネス。

 背面から神霊魔法力場を纏う蹴りをまともに受けたため、命彦の胸部を覆う〈魔竜の練骨具足〉は完全に砕けていた。肩や足に装着した装甲も衝撃に耐え切れず、すでに砕け散っている。

 その全て砕けた〈魔竜の練骨具足〉の破片が、墜落する命彦から剥がれ落ち、塵と化した途端、魔法具に封入されていた精霊融合付与魔法が解放され、霧散する筈だった融合魔法力場が命彦を勝手に包み込んだのである。

 サラピネスは幻視した。墜落する命彦の背後に、数百人の人間や亜人がいる姿を。

 地表に叩き付けられる筈だった命彦を、その者達が手を突き上げて押し止める姿を見た。

『ど、どこから、現れたのだそやつらは!』

 混乱と苦痛に悶え、驚愕に震えて動きを止めたサラピネスの視線の先で、血の噴き出す腹を押さえた命彦は、笑っていた。魔法力場に包まれた瞬間、思念が聞こえたのである。

『『『若様、私達がいます!』』』

『『『ワカサマ! まけちゃだめーっ!』』』

「ああ。ああ。俺は勝つ! 絶対に勝つ!」

 墜落を止めた精霊融合魔法力場はすぐに霧散したが、命彦を奮い立たせるのには十分だった。

 その命彦へ、瞬時にミサヤと命絃が最後の力を与える。

『……傷痍を癒せ。生かせ《陽聖の恵み》! マヒコ!』

『……相乗四象の加護を与えよ。包め《四象融合の纏い》! 今よ!』

「おうさ! はああぁぁーっ!」

 腹の傷が癒え、淡い4色の色相環を作って輝く分厚い融合魔法力場を、魔力物質の上から全身に纏った命彦が、砕けたり、ひび割れた全身の魔力物質を瞬時に修復しつつ、サラピネスに肉薄する。

「せぇいっ!」

『ぐおっ! おぶっ! どはあっ!』

 命彦の連続攻撃が弱るサラピネスに炸裂し、呪詛の力に抵抗しようとしていたサラピネスの注意を削ぐ。

 捨て身の命彦の攻撃に、反射的に拳を返すサラピネス。

 しかし、サラピネスの弱体化した魔法力場を纏う拳打は、融合魔法力場に包まれた命彦の魔力物質に無力化される。

 反撃も意に返さず、サラピネスの顔面へと融合魔法力場を集束した、右腕の〈四象の魔甲拳:エレメントフィスト〉を叩き込む命彦。

 エレメントフィストは遂に砕け散ったが、サラピネスの纏う神霊付与魔法が一瞬消えた。その瞬間である。

 命彦が、ミサヤの伝達系精霊探査魔法《旋風の声》を介して、地上へ力一杯に思念で呼びかけた。

『メイアぁぁぁーっ!』

「りょーかいっ!」

 思念で命彦の思考を送り付けられたメイアは、神霊儀式魔法《神降ろし》を再度展開し、【雷命の女神:ミカヅチヒメ】の威容を背後に投影しつつ、空間転移してサラピネスの目の前に瞬間移動すると、神霊結界魔法でサラピネスの動きを封じた。

『がああぁぁーっ!』

「ぐぬぬぬぅっ!」

 捕縛系の神霊魔法防壁で圧迫され、呪詛の苦しみと魔法防壁の圧力に必死の形相で抵抗するサラピネス。

 そのサラピネスを抑え込むメイア。

 メイアの背後にいた命彦は、すでに魂斬家伝来の源伝攻撃魔法《魂絶つ刃》の詠唱に入っていた。

 上段に魔力物質製の日本刀を両手で構え、命彦が朗々と呪文を紡ぐ。

「始源より生まれ、我が想い満たす、命魂の力よ。……我が意に応え、魂斬の命脈に継がれし、絶対の刃を呼び起こせ!」

 意志儀式魔法《戦神》の使用により、魔力のほとんどを放出していた命彦は、【始源の魔力】の現出を加速させ、以前よりも魔法展開速度を短縮して、源伝魔法を具現化した。

「我が敵の一切を絶ち斬り、ことごとくを突き滅ぼす、魂斬の刃よ。……其の刃に、絶てぬ者無しっ! 遍く絶ち斬れ《魂絶つ刃》!」

 魔力物質製の日本刀が斬絶・突滅の魔法波動を纏い、刺突の姿勢を取った命彦が、そのまま身動きを封じられたサラピネスへと突貫した。

「ぜいりゃあぁぁぁっ!」

 絶対破壊の波動を宿す刀身は、神霊魔法防壁を簡単に貫通し、サックリとサラピネスに突き刺さった。

 サラピネスの目が怯えに見開かれる。

「見下した人間の魔法で、消え失せろぉおおぉぉーっ!」

「ゴアアアアアアァァァッ!」

 命彦の言葉と共に、刀身に封入されていた魔法波動が解放され、爆発的に拡散した破壊の奔流を、体内から浴びたサラピネスは、初めて地声のまま絶叫した。

 破壊の奔流はサラピネスの身体を突き抜け、余さず呑み込み、背後の空間をも突き滅ぼして消え去る。

 あとには、虹色に輝く空間の裂け目だけが見えていた。

 三葉市を滅ぼす一歩手前まで追い詰めた、眷霊種魔獣サラピネスはここに絶命したのである。


「やった……やりおった!」

「ああ、僕ら助かったよ!」

「よくやってくれたわね、命彦……さすが私の弟分」

「見事です、命彦さん」

 勇子と空太が肩を組んで喜び、梢とミツバが淡い笑みを浮かべて賞賛する。

 その梢達の見上げる先で、魔力物質製の装甲が輝く粒子のように消え始めていた命彦は落下を始めた。

『「命彦!」』

 命彦の下腹部の魔力物質装甲にめり込んでいた特殊型魔法具、〈秘密の工房〉から飛び出たミサヤと命絃が、命彦を抱き止め、肩を貸す。

 メイアがゆっくり降下する3人に追いつき、恐ろしく蒼白い命彦の顔を見て問いかける。

「命彦、平気? ……死人みたいに真っ青よ?」

「バカ言え……勝ったんだ、ここで死ねるかよ。あとは……任せたぞ、メイア?」

 【逢魔が時】はまだ続いている。軍や警察の魔法士はもう1体の眷霊種魔獣とまだ交戦していたし、多くの魔獣が迷宮の防衛線を突破して、【迷宮外壁】前の最終防衛線に到達する可能性があった。

「頼んだぞ、メイア」

「分かったわ、任せて」

「……ミサヤ、姉さん。店へ帰ろう」

 そう言って答えるメイアを見て、青白い顔の命彦は笑うと、命絃の取り出した〈転移結晶〉で、【精霊本舗】へと帰還した。

 帰還した命彦達は、店の庭に出現し、そして魅絃を見付けた。

「か、母さん……」

 命彦がひときわ目を丸くしていると、魅絃がスッと近付いて、命彦を抱き締める。

「よくやったわ、さすが私の息子よ」

「母さん、また抱き締めて……ふががっ!」

 妬いた命絃がすぐに2人を引き剥がそうとするのを、ミサヤが羽交い絞めにして制止する。

 ミサヤの気遣いに感謝しつつ、命彦は疲労で朦朧とする意識を総動員して言葉を紡いだ。

「ごめん、母さん。家族を、母さんを守るって約束してたのに、俺は目の前で母さんを……」

「いいのよ。仇は取ってくれた、それで十分だわ」

 魅絃の満面の笑みを見て、命彦はスッと胸のつかえが取れた気がした。

「ありがとう、母さん。力を貸してくれた皆も、ありがとう……」

 命彦は淡く笑い、ホッとして母や姉達の笑みと、周囲の者達の笑顔を脳裏に焼き付けた瞬間、意識が途切れた。

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