5章ー34:にやけるマイコと、喜悦する天敵

 気付くと舞子は、依頼所の談話室の畳の上で眠っていた。

「お、目え覚ましたか舞子?」

 舞子の横で、座椅子に座って白玉あんみつを食べていた勇子が笑う。

「勇子さん……ここは、依頼所ですか?」

「せや。舞子のおかげでリッチを退けたウチらは、魔力の使い過ぎで倒れたあんたを連れて、三葉市に戻ったんや。んで、命彦とメイア、空太が今、梢さんらに報告をしとるとこ。ウチはあんたの看病と説明のために、ここにおるんよ」

「それは、申し訳ありませんでした、くぅっ」

「ああ、起きんでええって! そのまま寝とき。多少魔力が回復して意識が戻っただけで、明日まで身体は動かせん筈やから。重たい倦怠感で言うこと聞いてくれんやろ? 本来やったら数日は寝込むほどの消耗やったんやけど、命彦が虎の子の〈魔霊薬〉を舞子にがぶ飲みさせて、回復を速めてくれたんや。お礼くらいは言っときや?」

「……〈魔霊薬〉って、飲むだけで心的疲労を軽減し、魔力回復ができるという、1本30万円ほどもする消費型魔法具ですよね? それを私にさせたと?」

 舞子が寝転んだまま顔を蒼くして問うと、勇子が気の毒そうに答えた。

「せや。6本くらいは飲ませとったね? そら無事に家へ帰らせる筈が、依頼主を気絶させた挙句、数日も寝込ませる状態にしてもうたんや。そのままやったらウチらの小隊の評判に差し障りあるし、そもそも舞子のご両親に訴えられかねん。止むを得ず、魔法具を使って回復させることにしたんや」

「ま、命彦さんの反応は?」

「安心し。魔法具を使わされたことに関しては腹立ってたみたいやけど、しばらくこき使ってやるってだけ言って、笑ってたわ。今回の件で、舞子の株は少し上がったんとちゃうか? そのせいで、ミサヤがイライラした目で見とったけどね?」

「そ、そうですか……」

 弟子として命彦に色々と教えてもらえる日は、まだまだ先と思い、舞子は苦笑した。


 勇子と話していると、命彦達が談話室に入って来る。

「戻ったぞ。舞子、起きてるか?」

「お帰り。もう起きとるよ。寝た切り状態やけどね?」

「命彦さん、メイアさん達も、うぐぐぐ……」

 身体を起こそうと苦戦する舞子に、メイアが苦笑して助け船を出した。

「あ、そのままでいいわよ」

「……はい。あの、お気遣いありがとうございます。そして、ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」

 舞子がそう言うと、ミサヤが《思念の声》で噛み付いた。

『本当に迷惑です。倒れるくらいであれば試さずにいた方が余程良かった。マヒコにまた散財までさせて、本当に迷惑です』

「まあまあミサヤ、落ち着けよ」

 命彦が舞子に小言を言うミサヤを腕に抱え、落ち着かせる。そして舞子に笑って言った。

「気絶して俺に魔法具を使わせたことは確かに減点対象だが、気絶するまで全力を尽くし、自分の力を証明しようとしたその意地と、実際に有言実行して見せた結果は見事だった。これでも結構評価してるつもりだぞ?」

「そうよ。ホントによくやったわ」

「実力の拮抗した魔獣と戦う時や、格上の魔獣と戦う時は、魔力が枯渇して気絶するまで戦うことがよくある。そこまでして、ようやくそうした魔獣達に勝てるし、自分達の命を拾えるんだ。意地を通すってのはとても重要だよ。勿論、自分にできることを明確に把握することもね?」

「はい!」

 真摯に返事をする舞子を見て、命彦が苦笑して言う。

「まあ、しばらくはゆっくり休め。6本も〈魔霊薬〉を使ったんだ。魔力の回復期間も相当早まった筈。明日には動けるだろう。ただ、魔力が全回復するかどうか、倦怠感が完全に抜け切るかどうかは、俺にも分からん。舞子も明日は学校があるって、ミツバから聞いてる。俺達も明日は学校に行くから、迷宮には行かねえつもりだ。魔法士業は休業と思って魔力回復に努めろ」

「了解です」

「僕ら宛てに緊急の依頼が出れば、また話は別だけどね?」

「その時はその時だ。とりあえず今回はここまで。一先ず小隊は解散する。今回の分の報酬は、後日依頼所からもらえるだろう。但し、舞子の分の報酬は俺がもらうぞ?」

「ふふふ、分かってますよ。〈魔霊薬〉を6本も使ってもらいましたからね?」

『分かっているのであればとやかく言いませんが、180万円分は今後の働きできっちり回収させてもらいますからね?』

「ええ、どうぞどうぞ。絶対にお返ししますので」

 舞子は安心したように笑って、言葉を返した。

「それじゃあ俺達は帰る。舞子は梢さんとミツバが家へ送ってくれるらしい。家までの道すがら、親御さんへの上手い言い訳を考えるそうだから、話を合わせられるようにしっかり聞いとけよ?」

「はい!」

「また明日連絡するわ。すぐ梢さん達が来るから、寝ちゃ駄目よ?」

「分かりました。皆さん、ありがとうございます」

 命彦達が談話室から出て行き、1人残った舞子。その緩む口元が今の心情を現していた。

「評価してる、か……やった!」

 舞子は喜びのうちに、終始ニヤニヤしていた。

 その様子を数分後に現れたミツバと梢に見られ、軽く引かれるのだが、それでも舞子は嬉しそうだった。


 舞子と別れて、家路につく命彦達。

「いやー良かった良かった。しかし面白い子やわ。もうさ、舞子をウチの小隊にずっといさせたらええねん」

「気に入ったのはわかるけどさ、舞子には自分達の小隊があるんだから、それは無理でしょ?」

「そうね。まあ、弟子入り志願の依頼を達成した後のことは、舞子自身が決めることよ? 私達がああだこうだ言うのも野暮だわ、ねえ命彦?」

 メイアの問いかけに無言を返す命彦。考え込んで歩いている様子だった。

 肩に乗るミサヤが心配そうに問う。

『……マヒコ、引っかかることでもあるのですか?』

「いや、じゃあお前らまた明日」

「お、おう。ほいじゃまた明日学校で!」

 怪訝そうにするメイア達の視線を背後に感じつつ、命彦は自分の家へと続く交差点を曲がった。

 メイア達と別れて、てくてく夜道を歩いていた命彦が口を開く。

「ミサヤ、あのリッチさ……メイアを狙っていた気がするんだが、どう思う?」

『それは……あの戦いだけでは断言しかねるかと。ただ、〈秘密の工房〉から出て、《空間転移の儀》を具現化しようとするまさにその時。まるでマヒコ達の帰還を阻むかのようにリッチが出現したことについては、違和感を覚えます。そもそもリッチは、第1迷宮域にはほとんどいませんからね?』

「ああ。俺もずっとそこが引っかかってるんだ。第1迷宮域に多くいる魔獣が、偶然俺達を見付け、空間転移で奇襲したと考えるんだったら自然だが、リッチの生息分布は圧倒的に第2迷宮域から第3迷宮域の方が多い。第1迷宮域に出現するのは年に1度くらいだろう? それが俺達の、それもメイアの頭上に突然出現した。……どうにもに落ちねえ。不自然だ」

 自宅の前に到着し、命彦が言うと、ミサヤが冷静に言葉を返した。

『しかし、それを立証できる判断材料が私達にはありません。勘の段階ではまだ断言できませんよ? 思い込みの判断は危険です。確かに私も、昨日より胸騒ぎは増していますが……それとて感覚上の話。今まで通り、起こること全てに注意を払っていれば、自ずと対処できる筈です。感覚に捉われ、特定のことに対して注意を払うことの方が危険でしょう。視野が狭まります』

「うーむ、分かった。頭の片隅に置いとくだけにする。しかし……スカッとしねえわ。妙にムカムカする。こういう時は……家族でイチャイチャするに限る」

『うふふ、賛成です』

 昨夜と違って夕食の時間までに自宅に到着した命彦とミサヤは、自宅の玄関門を通ると、昨日と同じくまず魔法具の装備を解くため、別館へと歩いて行った。


 命彦が自宅に戻った頃。

 関西迷宮【魔竜の樹海】の最深部である、第3迷宮域の【魔晶】が浮かぶ始まりの原野では、黒髪の眷霊種魔獣サラピネスが、服従させた魔獣達の前に立っていた。

 魔竜種魔獣【火竜】と【地龍】、【水龍】に加え、植物種魔獣【賢動樹】が、思念で報告する。

『ふむ。粗方、この領域で動いていた人間どもは片付けた、と?』

「グルグルル」

 小山ほどもある山椒魚とも言うべきミズチが、サラピネスの問いかけに首を垂れた。

『こちらも【魔晶】を暴走させる最終段階に入ったが、より多くの魔獣をこちらへ呼び込むにはもう少し時間が必要だ。引き続き、人間どもの排除を行え。行け』

 サラピネスの指示を受け、4体の魔獣達がズシンズシンと歩み去る。

 するとサラピネスの横に、灰髪の眷霊種魔獣サギリがスッと出現した。

『サギリか。どうであった、お前が見付けた玩具とやらは?』

『ふむ、存外面白かった。返すぞ、この魔獣は?』

 サギリがスッと横を見ると、虹色の空間の裂け目が突然出現し、1体の霊体種魔獣【死霊】が現れる。

 消滅しかけているリッチは、白骨化したワイバーンの姿を見せて、その場に浮かんでいた。

『ほう? 消滅しかけている……手酷くやられたものだ。これを、お前が見付けた者達が?』

『ああ。天魔を連れた小童こわっぱと神の加護を持つ小娘の力。それを見定めるためにお前から借り受けたが、見た通りの状態にされたよ。我が転移させねば、そいつは討たれていた』

『……楽しめそうか? この我の飢えを、僅かでも満たせる玩具か?』

『それは分からぬ。だが、試す価値はありそうだ』

 サギリの《思念の声》に、サラピネスが目を見開いた。

『……ほぉう?』

『ドリアードやリッチと戦った時の様子を見せてやる』

 サギリが《思念の声》に自分の見た記憶を乗せて、サラピネスに伝える。

 サラピネスの表情が、みるみる喜悦きえつに染まって行った。

『くくく、手負いのドリアードが相手とはいえ、守りに徹した高位魔獣を僅か三撃で仕留めたか! 最低限には神霊魔法を使えると見た! 喜ばしいことだ!』

『ああ。神霊魔法の小娘もそうだが、天魔を連れた小童も意外に面白かろう? ドリアードやリッチと戦っても、まだ底を見せておらぬ。まあリッチは、小童の力を見るのに使えるどころか、よく分からん小娘の方に邪魔されたが』

 サギリがくすくす笑って語ると、サラピネスも笑う。

『そういうこともあろう? ただの人間ゆえに、神霊の眷属たる小娘ほどのつぶし甲斐はあるまいが、この小童と天魔の組み合わせも、小突いてみる価値はありそうだ』

『うむ、すぐにその機会は来る。貴様の好きに遊ぶがいい』

『譲ると言うのか、この我に?』

『ああ。我はもう少し見てみたいのだ、この者達を』

 サギリはまたスッと空間に溶けるように消えた。後に残されたサラピネスは眼前にいたリッチを見る。

 するとサラピネスの影から、ヌッと恐ろしい太さと長さの蜘蛛の足が出現し、リッチを貫いた。

『我はまだしばらくこの場を動けぬ。さて、どの駒を使おうか?』

 リッチが蜘蛛の足に一体化するように消えて行く様子を見つつ、サラピネスは恐ろしい笑みを浮かべていた。 

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