5章ー33:呪いの歌と、〔魔法楽士〕の歌

「うわああぁぁぁーっ! ……ふんぐうっ!」

 地上に激突するように両足から降りた舞子。ズドムと道路を砕き、地面にめり込んだ足がジーンと痺れる。

 風の魔法力場に包まれていたおかげでどうにか両足は無事だったが、30m近い高さから落ちた衝撃は相当のモノであり、魔法力場の出力を上げて落下速度をある程度相殺したにも関わらず、全身に走るほどの痺れがあった。

「くぅうー……」

 どうにか痺れを耐え抜き、立ち上がった舞子の傍へ、風の魔法力場を纏った命彦達がシュタッと降りる。

「舞子、動けるか?」

「本日2度目の落下とはいえ、警告に従ってよう動いたで。褒めたるわ!」

「ホントにね、良い判断と対応だったわ」

「危機回避能力は急速に育ってるみたいだね」

 そう言いつつ、命彦達は周囲を見回していた。

「おるねえ? ウチらの周りをグルグルと……狙っとるわ」

「時間稼ぎさせたらマズいよ? 日が落ちたら僕らは不利だし。陰闇の精霊と霊体種魔獣は高い親和性を持ってる。夜は陰闇の精霊が増えるから、ヤツの魔法攻撃力が増すよ?」

「そうね。一気にケリをつける必要があるわ」

 空太とメイアが言うと、命彦が口を開いた。

「俺が出る。メイアと空太は周囲系の結界魔法を使え。勇子は2人の護衛だ。舞子は……勇子の傍にいろ」

『霊体種魔獣を相手に、魔力を感知する探査魔法を使えぬ者は足手まといですからね』

 ミサヤの思念を受けて、舞子が悔しそうに俯いた。

「戦いたい気持ちは理解するが、今は堪えて勇子達の傍にいろ。結界魔法内部にいれば、あのリッチも手を出せん」

 命彦がそう言って風の魔法力場を纏ったまま飛び出すと、メイアと空太が揃って呪文を詠唱し、精霊結界魔法を多重展開した。

「「其の旋風の天威を守護の円壁と化し、虚隙作らず、我を護れ。覆え《旋風の円壁》」」

 透明で視認性の高い、風の周囲系魔法防壁で自分達を4重に覆いつつ、メイア達が霊体種魔獣【死霊】を追いかける命彦の姿を見る。

 舞子が心配そうに勇子達へ問うた。

「命彦さん、お1人で平気でしょうか? 相手の霊体種魔獣、結構危険度が高いんですよね?」

「そやねえ……まあリッチの危険度は確かに高いけど、心配はいらんやろ。霊体種との戦闘では感知力の高さが勝敗をモロに分ける。ただ、命彦は探査型魔法士の〔忍者〕でもあるから、感知力の高さは折り紙付きや。よっぽど意表を突かれん限りは、命彦が霊体種魔獣の攻撃を喰らうことはあらへん。ミサヤも傍におるしね?」

「どちらかと言うと今は僕達の方が危険だよ。相手が多勢の時、霊体種魔獣は感知力の低い者、自分への攻撃が届きにくい者を、優先的に狙う。リッチも同じだろう。つまり、現状だと僕らの方が狙われやすいわけだ」

「でも、これは裏を返せば、私達ががっちり守りを固めることで、霊体種魔獣も私達への攻撃に気を取られ、命彦への反撃や迎撃をおろそかにするってことだわ。私達を囮にすることで、命彦の魔法攻撃がえるってわけよ」

「霊体種魔獣は総じて魔法攻撃に脆い。あのリッチはすでに《陽聖の居合》でそこそこの傷を負ってるから、魔法攻撃が1発か2発まともに入ればそれで終わるやろ。心配はいらん。見てみい?」

 勇子の指差す方を見ると、命彦が追尾系魔法弾を無詠唱で6つほど具現化し、虚空を撃っていた。

 すると3つの追尾系魔法弾が突然爆発し、霊体化して隠れていたリッチが姿を現す。

「霊体種魔獣が命彦を放置して、先にウチらへ攻撃しようと一瞬動きを止めたんやろ。それを命彦は待っとった。仕留めにかかるで」

 追尾系魔法弾が効いたのだろうか、フラフラと地に落ちるリッチに命彦が突撃する。

 一気に勝負を決めるべく命彦がリッチに迫った。

「……終わりや」

 勇子が命彦の勝利を確信して、そう言った時である。

 リッチの3mほど手前で突然クルリと命彦が反転し、急加速で高速飛行して慌てて結界内に戻った。

「どうしたんや!」

「魔獣固有魔法だ!」

 命彦の行動に目を疑ったメイア達だったが、その一言で全てを察した。

「ギィイイイイアアアアアァァァーッッ!」

 命彦が結界魔法に入ったその瞬間、魂を奪い取らんばかりの呪いの叫び声が、魔法防壁を激しく揺らした。


 魔獣の叫び声と共に黒い魔法力場が全周囲へ拡がり、魔法防壁を圧迫する。

「くうぅぅ!」

「うるさっ! 霊体種魔獣の固有魔法、《乱死らんしの叫び》や!」

「うぬううー……僕の結界、破られそうだよっ!」

「4重の魔法防壁があってもこれだけの圧力を受けるとは……空太、限界まで魔法防壁を維持して! 《乱死の叫び》の効力持続時間って結構長かった筈よ!」

「了解!」

 外側にある2重の周囲系魔法防壁を具現化している空太が、歯を食いしばって魔獣の魔法攻撃に耐える。

 霊体種魔獣の固有魔法である《乱死の叫び》は、生物の絶望や呪いといった心象情報を取り込み、活力を奪うことを力の性質とした陰闇の精霊を介して具現化される、一種の呪詛である。

 呪詛の効力を持つ魔法力場を、霊体種魔獣の叫び声に乗せて広域に伝播させるこの魔法は、叫び声を聞いた生物の心身を乱し、生きる活力を霧散させて死へと至らしめる、文字通りの死の呪詛であった。

 《乱死の叫び》の構築に気付いたからこそ、命彦は精霊結界魔法内に退避したのである。

「ま、周りの植物が……次々に枯れて行きますっ!」

 舞子の言うとおり、死の魔法力場に触れた周囲にある苔や草、樹木が、次々に枯死して行った。

 《乱死の叫び》の効力で生命力が霧散し、死んでしまったのである。

 次々に枯れ行く迷宮の植物を見て、命彦が言う。

「魔法的状態異常や呪詛に対する無効化手段、防御手段は持ってるが、さすがにあの一瞬では使えん。突撃した一合で仕損じた場合、俺達はあれを至近距離から喰らってた。……ゾッとするぜ」

『マヒコの判断は的確でした。ヤツは我々の魔法攻撃を受けて消滅したとしても、散り際の一瞬であの魔獣固有魔法を使うことが可能です。あの時は退いて良かったですね』

 そう命彦とミサヤが話していると、空太の風の周囲系魔法防壁が1枚砕け散った。

「おい空太! あんた本気で守ってるんか!」

「守ってるよ、わりと本気でねっ! 頼むよ、早く終わってくれ、呪いの叫び声!」

 命彦達が《乱死の叫び》をただの呪詛の叫びと認識し、少しづつその効力に焦りを感じていた頃。

 同じ精霊結界魔法内にいる舞子はただ一人、叫び声を聞いて別の認識を持っていた。

「これは……まさか、挽歌ラメント?」

 舞子にだけは、そのリッチの《乱死の叫び》が、命を奪う呪いの叫び声が、どういうわけか霊体種魔獣が自らの死をいたみ、悲しみ苦しんで、救いを求めて泣いている、ある種の歌のように聞こえていたのである。

 その舞子の目の前で、命彦が行動した。

「貫け《火炎の槍》!」

『きっちり合わせます!』

 命彦とミサヤが周囲系の精霊結界魔法の外で2つの集束系魔法弾を具現化し、火と風の集束系融合魔法弾を作ってリッチを攻撃しようとするが、結界魔法の外は死の魔法力場が包み込む呪詛の領域である。

 ドリアード戦で使った《雷風の融合槍》に匹敵する精霊融合攻撃魔法《風火ふうかの融合槍》も、死の魔法力場内を突き進み、魔法力場の発生源であるリッチへ近付くほどに、火炎を内包した高密度圧縮空気の塊の効力が削がれ、リッチへ届く前に消失した。

 呪詛の発生源は最も魔法の効力が分厚く、それが一種の結界魔法のように作用して、集束系融合魔法弾の効力さえも防いでしまったのである。

『あと3mほどでしたが、駄目ですね。さすがは霊体種魔獣の切り札とも言われる魔法。どの精霊融合攻撃魔法であっても、2種融合では射程、効力の面から、恐らくこの位置では届きません。3種か4種融合の精霊融合攻撃魔法を使えば届くでしょうが……』

 ミサヤがそう言った時、魔法防壁の振動が激しさを増した。

「うぐっ! 圧力が増したよ命彦っ!」

 空太が必死の形相で言う。魔法防壁にかかる死の魔法力場の圧力が増えたのである。

「さっきの魔法攻撃に危険を感じて、魔力を注ぎ込んで《乱死の叫び》の効力を上げやがった。俺達が4種融合を具現化する間、空太やメイアが持つかどうか……」

 命彦が歯がゆそうにリッチを見て言った。

 時間が経つごとに《乱死の叫び》の維持で魔力をどんどん消費し、魔力で身体を維持している分だけ、リッチの姿が薄れて消滅の時が近付いていたのだが、魔法が止む気配は皆無である。

 それどころか、リッチは《乱死の叫び》に費やす魔力を増やしていた。

 自分の風の周囲系魔法防壁が1枚砕け、残り1枚で懸命に耐えていた空太が言う。

「命彦ごめん、残りの魔法防壁も破れそう……早く対処してくれ」

「私の魔法防壁だけで耐えられるかしら……不安だわ」

 空太の魔法防壁の下には、メイアの展開した2重の《旋風の円壁》があるが、魔法防御力は空太と同じくらいである。

 1分ほど《乱死の叫び》を受けただけで周囲系魔法防壁が1枚砕けた。

 つまり、《乱死の叫び》がこのまま3分以上続けば、メイアの結界魔法も破られるということである。

 しかもさっきまでとは違って、今は《乱死の叫び》の効力が明らかに増している。

 3重の周囲系魔法防壁が3分持つかどうかも怪しかった。

 魔法で空気を振動させて声のように使っているため、呼吸のために叫び声が途切れる、といったこともあり得ず、魔力が尽きて消滅するまでリッチは《乱死の叫び》を使い続けることが予想された。

 呪詛の声を魔法防壁へとぶつけ続けるリッチを見て、命彦が言う。

「仕方ねえ。疲れるが、俺とミサヤが外に出て2種融合の攻撃魔法でヤツを討つ」

「結界魔法の外は死の呪詛にまみれとんねんぞ、行けるんか?」

『精霊儀式魔法《結魂けっこんの儀》を発動させれば、耐えられるでしょう。魂の結びつきを相互に高めるあの儀式魔法は、魔法的状態異常や呪詛をある程度無効化することができます。精霊付与魔法《水流の纏い》も同時に使えば、対策は万全です。その状態で魔法防壁の外に出て距離を詰め、融合攻撃魔法でリッチを消滅させます』

「やたらと疲れるし、ミサヤに与える疲労もデカいから、これを使うのは遠慮したいが、すまんミサヤ」

 命彦がミサヤを抱き上げ、心配そうに言うと、ミサヤが優しく思念を返した。

『私のことは心配無用ですよ、マヒコ』

 そのミサヤと命彦を見て、勇子がイラッとした様子で叫んだ。

「あーもう、イチャついとる暇があるんやったら、さっさとせえや!」

「ぐぎぎぎ……は、早く!」

「あの2人はホントに……ってどうしたのよ、舞子?」

 メイアが、目を閉じてずっと黙って叫び声を聞く舞子に気付き、声をかけた。

「……そういうことですか。私達〔魔法楽士ミストレル〕と同じことをしてるんだわ」

 メイアの声に命彦達も気付き、舞子を見る。

 舞子は目に理解の色を宿して言った。

「私、多分あの魔法を相殺できます。陰闇の精霊の気配が多過ぎて分かりにくいですけど、僅かに声歌せいかの精霊の気配を感じるんです、あの《乱死の叫び》から。霊体種魔獣は、恐らく私達〔魔法楽士〕と同じ魔法を使っています」

 ゴゴゴゴッと振動する《旋風の円壁》の内側で、舞子はリッチの魔獣固有魔法をはっきりと理解していた。

 そして同様の魔法を使える自分であれば、《乱死の叫び》を相殺することができると、確信したのである。

 舞子の言葉を聞いて、命彦達が心底驚いたように目を見開いた。

「舞子、あんた自分の言うとること分かってんか? 新人魔法士のあんたが、わりと危険度の高い魔獣の固有魔法を防ぐって言うとんねんで?」

「はい! 命彦さん、試させてください私の力を、〔魔法楽士〕の力を!」

 まっすぐに自分を見る舞子の目を見て、命彦は面白そうに笑った。

「……いいだろう。失敗したら尻拭いは俺とミサヤでする。成功すればお前の評価は倍増だ。やってみせろ」

「はい!」

「急いでくれるかい? 僕の魔法防壁、もう破れるから」

 空太の2枚目の魔法防壁も砕け、メイアが慌てた。

「空太、笑顔で言うことそれっ! ぐぎぎぎっ! 舞子、やるんだったら早くして!」

 自分の魔法防壁にかかる《乱死の叫び》の圧力に屈するまいと、メイアが結界魔法に魔力を追加で送り、耐える。 

 舞子は溢れる死の魔法力場の先に立つリッチを見詰め、魔力を放出した。


 沈み行く太陽を背に立つ舞子。

 渦巻く舞子の魔力が周囲の空間から、2つの精霊を引きずり出し、取り込んで行く。

 陽聖の精霊と声歌の精霊。2種の精霊が舞子には今、必要だった。

 魔力で精霊達を融合させつつ、魔法の想像図を脳裏に浮かべ、魔法を構築する。

 そして、舞子は呪文を詠唱した。

「陽聖の天威、声歌の天威。精霊の円環、融く合し束ねて神の衣と化し、相乗の力を持って、陽聖歌ようせいかの加護を与えよ。響け《セイクリッド・キャロル》」

 舞子の全身に白色の分厚い魔法力場が具現化され、舞子がすぐに歌い出す。

「ラーララーラーラーラララー……」

 舞子の独唱に合わせて、全身を覆っていた白の魔法力場が爆発するように拡散し、結界魔法の外にも拡がって、死の魔法力場とぶつかり合った。

 精霊融合付与魔法《セイクリッド・キャロル》。陽聖の精霊と声歌の精霊、2種類の精霊達を魔力へと多量に取り込んで使役し、精霊同士を融合させて、心身を落ち着かせる白色の魔法力場を作り、その力場を自分の歌声に乗せて全周囲へと拡散し、付与魔法の常識を超えた効力射程と効力範囲を持たせた魔法である。

 《陽聖の纏い》に声歌の精霊を加えて生み出された、〔魔法楽士〕学科固有の精霊融合付与魔法《セイクリッド・キャロル》は、本来医療機関や介護施設といった、傷病者の心労を癒すために使われる学科固有魔法であり、他者に生きる活力を与える魔法であった。

 その意味では、霊体種魔獣の使う《乱死の叫び》とまさに真逆の力を持っている。

 舞子の魔法を見て、呆気にとられる命彦達。効果は劇的だった。

「嘘やろ? ホンマに相殺しとる」

「結界魔法にあった圧力が消えたわ。舞子が呪詛を押し返してる!」

「はえー……これは驚いたよ」

「ああ。……って、ボヤッとしてる場合じゃねえや、ミサヤ! 貫け《旋風の槍》!」

『はい。少しだけ、評価しましょう!』

 命彦とミサヤが、舞子の白の魔法力場で押し返された約4m分の距離を詰め、精霊融合攻撃魔法《雷風の融合槍》を具現化して、リッチに放った。

 すぐさまリッチが《乱死の叫び》を止め、身を翻して回避するが、僅かに魔法弾がかすめて、黒い靄が吹き飛び、白骨化したワイバーンの姿が見える。

「ガアアアァァァーッ!」

 相当の損傷を受けたのか、苦しみのたうつリッチの姿が突然消えた。

「ちいっ! 命彦、また霊体化や!」

「待て! ……いや、あれは空間転移だ。もう近くにリッチはいねえ。くっ、俺としたことが、仕損じた」

『ええ。しかし《乱死の叫び》で相当の魔力を消耗した上、私達の魔法弾で傷も負った筈。自然消滅もあり得ます。気に病む必要はありません、我が主よ』

「そうだといいんだが……まあいい。今は舞子を褒めよう。よくやった舞子、お手柄てがらだぞ?」

「あ、ありがとう……ござい、ます」

 笑顔で歩み寄って来る命彦を見て、フラついた舞子は安心したように命彦の方へ倒れ込んだ。

「舞子!」

 命彦が受け止めると舞子は淡く笑って気絶していた。

 《乱死の叫び》を押し返すため、あらん限りの魔力を《セイクリッド・キャロル》へと注いだらしい。

「……やれやれ」

 命彦達は気絶した舞子を連れてすぐに《空間転移の儀》を使い、【迷宮外壁】へと転移した。

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