5章ー31:深まる信頼と、休息の時

 ガラガラと引き戸を開けて木造家屋に入ると、思ったより広い室内空間が見えて、意外に整頓せいとんされてる様子に舞子は気付いた。

 予備の魔法具が入った荷箱や、魔法具の素材ごとに分けられた荷箱が、廊下に段々と積まれている。

 家屋は2階建てらしく、上の階に昇る階段もあった。

 畳と木の良い香りがしてとても落ち着く玄関には、古民家のように土間があり、電力消費を抑えるためだろうか、炊事場には飯炊き用のかまどがあった。

 竈の傍にまきや灰が皆無であるところを見ると、火は魔法で起こすらしい。

「秘密基地と仰ってたわりには、とても整理されていますね?」

「散らかしたら命彦に使わしてもらえんからね?」

「当然だろうが。ここはそもそも俺と姉さん、ミサヤのためにある秘密基地だ。お前らは扱い的にただの居候いそうろうだぞ? 散らかしたら後片付けくらいはしろ。まあそれはさておき、今は風呂だ、風呂。家主権限で俺とミサヤが1番に入る!」

『いいですねえ』

 ミサヤを肩に乗せた命彦が土間で靴代わりの防具型魔法具、〈旋風の脛当足袋すねあてたび〉を脱ぎ、サッと風呂場に駆けて行くと、同様に足の防具型魔法具〈火炎の運動靴スニーカー〉を脱いで、靴下を晒した勇子が、背負っていたメイアを土間の台の上に降ろして言う。

「んじゃウチ2番風呂とった。治癒魔法で身体の表面を浄化した言うても、動き倒した筋肉に乳酸はたまっとるしね? 湯船に浸かって身体をほぐしたいわ。メイアはどうする?」

 自分で防具型魔法具〈旋風の運動靴〉を脱いだメイアは、這うように廊下を進み、囲炉裏いろりの間の畳の上に寝転んだ。

「あー……心理的にあった気怠さは随分引いたけど、身体を動かすのはまだしんどいわね? 歩けるまでにはもう少しかかりそうだし、私のお風呂はあとでいいわよ。空太や舞子は?」

「僕は先に皆で軽くつまめるモノを作るよ。果物食べてちょっと回復したし、動けるうちに作っときたいんだ。風呂に入ってすぐ食べて、そのまま睡眠に突入したいからね? 命彦、つまみ料理の要望はあるかい?」

 すでに風呂場で着替えて半裸だった命彦に空太が問いかけると、命彦が風呂場の引き戸から顔だけ出して答えた。

「食料庫にあるモンで空太の好きに作れ。但し夕飯前だから軽めで頼む。風呂湧いたから俺はもう入るぞ」

「分かった。勇子、今は手が空いてるだろ? 食料運びと料理を手伝ってくれ。どうせ人一倍食べるんだからさ」

「へいへい。そん代わり、ウチの好物作ってや?」

「分かってるよ、栗の甘露煮かんろにだろ?」

 そう言って、空太が勇子を連れて廊下を歩き、ある部屋に入って行った。

 どうやらそこが食料庫らしい。

 一連の命彦達の会話にポカンとする舞子。その舞子にメイアがもう一度問うた。

「で、舞子はどうするの?」

「えーっと、少し頭を整理させてください。もう展開に付いて行くのに必死で……」

「いいわよ。私も通った道だし。でも深く考え込むより、時には考えるのを止めて、あるがままに身を任せた方が楽だと思うけどね? これは同じ道を通った先輩としての助言よ」

「は、はあ……でも」

 舞子が頭痛を堪えるように頭を押え、ここって迷宮ですよね、とか、私がおかしいのでしょうか、とかブツブツ自問自答した。

 その舞子を見て、メイアはくすくす笑っていた。


 結局メイアの言うとおり、考えるのを止めた舞子は、普通の学科魔法士では経験することが不可能であろう現状を楽しむことにした。

 土間の炊事場で調理する空太を手伝っていた舞子が言う。

「空太さん、野菜を切り終わりました!」

「お、手際良いね? そこのデクノボウにもその器用さを分けてあげて欲しいよ」

「うっさいわ! ウチかて一生懸命、味噌汁見とるやろ!」

「はいはい。舞子、切った端から味噌汁に投入してくれ。僕も魚の身をほぐして骨を取ったら、そっちに入れるから」

 炊事場で、魚肉と野菜のごった煮味噌汁を作っている空太達。

 そこへ、サッと湯浴みだけして湯船にじっと浸かり、全身を自分で揉みほぐして、約10分ほどで風呂から上がった命彦とミサヤがやって来る。

 風呂場に替えの衣服を常備しているのか、寝やすいように普段の部屋着と同じ甚平を着た命彦が言う。

「ふぃー……スッとしたぁ。神経が緩んで血流が全身を回り、身体が随分と軽い。まずまずって感じだ。ところで良い匂いがするけど、作ってるのは空太のごった煮汁か?」

『そうみたいですね? この匂いは……恐らく魚肉が入っています』

「え、あ、はい! 魚肉と野菜を使ったお味噌汁ですよ?」

「舞子、料理の手順とかはよく憶えとけよ? 空太の料理は、適当に作ってても美味いからさ」

「分かりました。色々と盗ませていただきますね?」

「おう。迷宮でも料理ができると利点は多い。身に付けて損はねえよ。よし勇子、交代だ。風呂入って来い」

「うーい。んじゃお先やでー……あ、そこの男ども、覗いたらシバくで?」

「……はあ? 誰が見るんだよ?」

「そうだそうだ、僕らにも選ぶ権利はある!」

「ああーん? 空太、あんたは後でシメたる」

「うええ! どうして僕だけシメるんだよ!」

「命彦をシメようとしたら、ミサヤにウチが丸かじりにされるやろが!」

 文句を言う空太へ保身まっしぐらの言葉を返し、勇子はノッシノッシと風呂場へ歩いて行った。

 うわーっと嫌そうにドン引きする空太に、命彦が言う。

「どうせ風呂入って飯食ったら忘れるだろ。勇子はバカだし」

『ええ。ユウコの怒りは昔から持続時間が短いですからね?』

「今までも、お風呂から出たら即栄養補給して、美味しい美味しいって言った後は、すぐにゴロンでグオーでしょ? 心配し過ぎよ」

「ああ、そうだった! ふう、安心したよ……でもさ、それって考えてみたらバカって言うより、ただのオッサンだよね?」

「……確かに、横でお話を聞く限りオッサンですね」

「お、言うじゃねえか舞子、くくく」

 舞子と命彦達が互いに信頼し、それぞれの距離感が近付いて来ていたせいだろうか。

 思わず口を滑らせて言ってしまった舞子の一言に、命彦達もくすくす笑っていた。


 命彦達が笑っていたとおり、実際勇子はオッサンだった。

 命彦と同じく10分ほどで風呂から上がった勇子は、こちらも風呂場に常備しているのか、黒い体操着ジャージ姿で炊事場に来て言う。

「ああーええ湯やった。空太、ウチのつまみは?」

「囲炉裏の前に置いてるだろ? 勝手に食ってろよ」

「ういー。……アムアム。んーうんまーいっ!」

 ようやく立って歩ける程度まで回復したメイアと、その横にいた舞子が、囲炉裏の間でがつがつと空太の作った味噌汁と好物である栗の甘露煮を食べる勇子を見て、小声で語り合う。

「私、たまに勇子の性別と年齢を疑うのよね?」

「あ、それ分かります。あの豪快さは年頃の女子には見えませんからね? でも、ああいう風に明け透けに自分の欲望をさらけ出せるのは、少し羨ましい気もします」

「ふふふ、確かにそうね。私達には難しいわ」

 メイアが苦笑してコクリと首を振ると、ミサヤを頭に乗せて、自分の分のつまみ料理を囲炉裏の間に運んだ命彦が言う。

「メイアと舞子、お前ら時間かかりそうだから2人一緒に風呂入って来い。あんまり遅いと、空太の風呂入る時間が遅れて寝る時間も減る。魔力回復のために全員最低1時間は熟睡させたい。追加で俺達の分の栗の甘露煮を作ったら、空太はすぐ風呂に入ると思うから、早めに行け」

「そうね。じゃあ一緒に入りましょうか、舞子? お風呂そこそこ広いから、私達2人でも入れるし」

「えと、それじゃあご一緒させてもらいますね?」

 舞子はメイアと廊下を抜けて風呂場へと入った。

 タンスと洗面台の横にある浴室の戸をメイアが開けると、浴槽が空である。

「あれ、お湯は?」

「お湯は自分で作るのよ、ほら」

 メイアが水の精霊を魔力で使役して水を作り、浴槽に精霊魔法で作った水を入れる。

 その後、メイアは浴槽に入れた水へ手を入れ、火の精霊を魔力で使役して、加減しつつ水をお湯にした。

 ホコホコした湯気がすぐに浴室を満たす。

「簡単でしょ? 魔法を使う私達には散水機シャワーも不要だわ。こうやってお湯を作って、頭上からかければいいからね?」

「……私、どうでも良いところで魔法の反則さを思い知った気がします。でも、魔力回復のために休息してる筈が、余計に魔力を消費してませんか?」

 舞子が呆れたように言うと、メイアがキョトンとして答えた。

「魔力の消費量を回復量が上回ればいいだけでしょ? お風呂に関しては使う量より、心身が落ち着いて魔力が回復する量の方が多いから、十分意味はあるし、お風呂で落ち着いた後に栄養補給して、短時間でもぐっすり寝れば、相当量の魔力が一気に回復するわ。まあだまされたと思って入ってみて」

「あ、はい。分かりました」

手拭てぬぐいと着替えはそこのタンスに入ってるけど、舞子は着替えある? 私は予備の体操着があるから、舞子が良ければ貸すわよ?」

「あ、体操着だったら〈余次元の鞄〉にありますから、構いません。お気遣いありがとうございます、メイアさん」

「そう、だったら良かったわ。せっかく熟睡できる環境にいるのに、寝る時にも〈迷宮衣〉を着てたらごわついて、起きた時に身体があちこち痛むからね?」

「ふふふ、そうですね? 〈迷宮衣〉って動きやすいですけど、部分部分で固い所がありますから、このままで寝るのは、私も少し遠慮したいです。まあ迷宮に泊りがけで潜る人達は、この状態で寝てるんでしょうけど……」

「凄いわよねー……私、〈秘密の工房〉の使い心地を知ってるから、〈迷宮衣〉で寝るのはもう無理だわ」

 そう言って、メイアと舞子が笑い合った。

 舞子が防具型魔法具の〈旋風の外套ローブ〉と〈地礫の迷宮衣〉、下着を脱ぐと、その横でメイアも自分が身に付けていた防具型魔法具の〈陽聖の外套〉と〈水流の迷宮衣〉、下着を脱いで、お風呂に入る。

 しかし、ここでヒトモンチャク起こった。

 メイアがフルンと揺れる舞子の胸を見て、自分の胸を隠す。

「……嘘でしょ? 〈迷宮衣〉姿の時から思ってたけど、どうして同年代でここまでの格差が出るのよ!」

「えーとその、遺伝や食生活もありますし」

「私、遺伝だったらバインバインの筈よ? 母さんも姉さんも巨乳だもの。ってことは食生活ね? どういう食生活を送ってるのか、きりきり吐いてもらいましょうか!」

「うええっ!」

 メイアに詰め寄られて困る舞子の叫び声が、浴室に木霊こだました。

 

 お風呂を上がった体操着姿の舞子は、入る前より疲れた様子で、囲炉裏の間に戻った。

 同じく体操着姿のメイアも後に続く。

 軽食を食べ終え、すでに畳の上で寝転んでいた勇子が、顔を上げて問うた。

「おう、上がったかお2人さん。ん? 舞子、エライ疲れた顔しとるけど、どうしたんや?」

「色々あったんです、色々……」

「ふーん。色々ねえ? メイア、乳のことで尋問でもしたんか?」

「まあね、食生活について少し聞いただけよ?」

 ふふんと顔を輝かせるメイアを見て、勇子も楽しげに笑う。

「ほう? その顔、収穫があったと見た。機会があったらウチも聞かせてもらおか?」

「止めてくださいよ、もう!」

 頬を染めて慌てる舞子の横を通過し、炊事場から栗の甘露煮を持って空太が囲炉裏の間に来る。

「やれやれ、この会話内容は男の耳には毒だね? さあーて、やっとつまみ料理も全員分作り終わったし、僕も風呂に入るよ。命彦、勇子が心配だから僕の分を見といてよね?」

「ああ、分かってる。安心して行って来い」

 野菜と魚肉を満載した味噌汁を飲んでいた命彦が手を振ると、空太が風呂に行く。

「舞子達もさっさと食えよ? 寝る時間が減るぞ。勇子は囲炉裏の間から出てろ」

「ええー! 食べへんよ、もう」

 とか言いつつ、好物の栗の甘露煮に手を伸ばす勇子。

 その勇子の手をパシッとメイアが叩いた。

「これは私達の分! 勇子はもう食べたでしょ!」

「ちぇっ! ええもん」

 と言いつつ、囲炉裏の間に居座り続ける勇子。

 空太の分のつまみ料理は、命彦の近くにあり、手を出すと箸でブスッと刺される。

 それが分かっているから、勇子の眼はメイアと舞子のつまみ料理に注がれていた。

「舞子、ウチの小隊での食事は時に戦争よ。分かるわね?」

「はい。分かりますメイアさん。勇子さん、申し訳ありませんが私も小腹がいてるので、こればっかりはあげませんよ?」

 舞子が牽制するようにそう宣言すると、勇子が不敵に笑って言う。 

「くれんでええよ、舞子。ところで……あっ!」

「へ? って、ああーっ! 私の栗が減ってる! 勇子さんっ!」

「引っかかる方があかんねん、モグモグんーうんまい!」

 勇子が突然指差した方を見て、一瞬料理から目を離した隙に、舞子の栗の甘露煮が数個消えていた。

「勇子!」

「食事は戦争や言うたんはメイアやで? あ、そこ虫飛んでる」

「嘘よ! 〈秘密の工房〉は儀式魔法で小虫の進入を選択的に阻んでる筈……って勇子!」

「いただきー! んー美味いわー」

 嘘と知りつつも、虫嫌いのさがでついつい勇子の指差す方を見たメイアが、料理に視線を戻すと、メイアの栗も数個消えていた。

 リスみたいに頬をパンパンに膨らませ、ご満悦の勇子。

 好物を飲み込み満足したのか、勇子はそのまま歯も磨かずに寝てしまった。

「ぐおー……」

「こんのおー……腹立つわ!」

「同じくです!」

 プルプル拳を震わせるメイアと舞子を見て、命彦は自分の軽食をミサヤに分けつつ、肩でため息をついた。


 空太が風呂から上がり、凄い勢いで無事だったつまみ料理を食べ終えると、命彦はミサヤを連れて2階に上がった。自室として使っている一室で、命彦達は寝るつもりらしい。

 メイア達は1階の畳場で寝る。囲炉裏の間は襖が閉められ、いびきがうるさい勇子は隔離された状態だった。

 囲炉裏の間の隣室で舞子達は眠りにつく。

 メイアに予備の耳栓を借りて、隣室の勇子のいびきを無効化した舞子は、目を閉じて睡魔を待った。

 風呂に入って心身が落ち着き、空腹も多少満たされたせいか。

 それとも迷宮で身体の芯に溜まっていた冒険の疲れが、落ち着いた頃に出て来たからか。

 舞子はすぐに睡魔に襲われ、風呂場でメイアに言われたとおり、ぐっすりと眠りに落ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る