5章ー32:急襲される【魔狼】小隊、現れた霊体種魔獣

「おい舞子、起きろ」

「んあ、あ……命彦さん?」

 押し入れにあった座布団を敷き布団代わりにして、メイアと一緒に気持ち良く寝ていた舞子は、命彦に身体を揺すられ、目を覚ました。

「よう、ぐっすり寝れたか?」

 ミサヤを肩に乗せて自分を見下ろす、防具型魔法具を装備した姿の命彦を見て、舞子が身体を起こす。

「ふぁい……ふああーあ。……あ、そうでした! 私達、〈秘密の工房〉にいたんですよね? まだ迷宮にいるってこと、すっかり忘れてました!」

 慌てて座布団の横にある〈余次元の鞄〉から、自分の防具型魔法具を取り出す舞子を見て、命彦は苦笑を浮かべると、まだ寝ているメイアと空太を一瞥して言った。

「着替えたらメイア達を起こしてくれ。俺は一度庭へ出て、周囲を見て来る」

「あ、はい! いってらっしゃい」

 舞子が元気に応じると、命彦は靴代わりの〈旋風の脛当足袋〉を装備して、木造家屋の工房から出て行った。

 工房から出た命彦がぐるりと工房周りの庭園を一周し、魔法具内部に映し出される外の景色を見る。

 〈秘密の工房〉の外の景色自体には、特段の異常は見られず、せいぜい時間の経過を示すように、空が赤みを帯びているくらいだった。

『〈シロン〉が魔獣と戦闘した形跡はありませんね?』

「ああ。良かったよ」

 ホッとした命彦とミサヤが、庭園を回って工房の入り口へ戻ると、防具型魔法具を各々装備したメイア達が工房から出て来る。

「おっ! 全員もう出る用意はできてるのか?」

「ええ。どうだった、外の方は?」

「見たところ、特に異常はねえみたいだ。〈シロン〉達もほぼ同じ姿勢、同じ位置にいる」

『〈秘密の工房〉へ入る前との違いは空の色くらいですね』

 ミサヤが《思念の声》で語ると、勇子達が周囲を見て声を上げた。

「あ、ホンマや! いつの間にか空があかね色やで」

「もう少し寝てたら、夜の迷宮を帰るとこだったね? 幾らツルメとドリアードに食われたって言っても、三葉市方面の第1迷宮域における魔獣達の全てが狩られたとは考えにくい。夜行性で昼は身を潜めてて、ツルメに狩られるのをまぬがれた魔獣達もいる筈だ。夜の迷宮だったら、そういう魔獣達とまた遭遇する可能性もあった。今の時間に起きてて良かったよ」

「夜の迷宮行くのもええやんか別に。魔力は結構回復しとるやろ? もう一戦くらいできるて。ウチ、休息する前まで平時の2割程度にまで減ってた魔力が、今はもう8割程度にまで一気に回復しとるもん。あと一戦くらいは余裕やで」

 舞子が自信満々に言うと、空太とメイアが苦笑して言い返す。

「いやいやいや。僕は倒れる寸前まで一度は魔力が減ってたから、ようやく魔力が回復したと言っても日頃の6割くらいまでだよ? もう一戦するのはゴメンだ」

「私も今回は空太の側ね? 魔力は8割ほどまで回復してるけど、せっかく治まった神霊魔法の疲労が、またぶり返しそうだもの。明日まで戦闘は勘弁して欲しいわ」

 勇子が2人の発言を聞いて、面白そうに笑う。

「分かっとるて、冗談や冗談。もう一戦すんのはまた今度にしよ? 命彦、すぐ帰るんやろ?」

「ああ。〈秘密の工房〉で魔力を回復させたのは、それが最も効率が良いからだ。多くの魔力を一気に回復できれば、それだけ楽に【迷宮外壁】へ戻れる手段が取れるだろ? 〈秘密の工房〉から廃墟の屋上へ出たら、〈シロン〉達を回収して、すぐメイアに《空間転移の儀》を使ってもらうつもりだ」

「あ、私が魔法を使うのね? まあ戦闘せずに帰れるんだったら、こっちとしては望むところよ」

「そう言ってくれると思ってたぞ? よし、それじゃあ〈秘密の工房〉の外へ出るぞ」

「「「りょーかい」」」

 命彦達が庭園の入り口を目指して歩き出した。

 余談だが、魔力を回復させる手段は、特殊型魔法具〈秘密の工房〉での休息以外にも、瞑想めいそうに近い心持ちにさせ、心身を癒す効力を持つ精霊付与魔法《陽聖の纏い》を使ったり、消費型魔法具の〈魔霊薬〉を使ったりする方法がある。

 しかし、《陽聖の纏い》での魔力回復は、時間毎の回復量が微々たるものであるため、多量消費した魔力の回復には相当の時間がかかる欠点があるし、消費型魔法具の使用は、所持している魔法具の個数と費用の問題があった。

 費用対効果、時間対効果で見ると、戦闘時には使用不能であるものの、〈秘密の工房〉での休息が、最も魔力の回復効率が高かったのである。

 全員で庭園の入り口まで戻ると命彦が言う。

「俺に掴まれ、行くぞ? 〈秘密の工房〉閉門」

 命彦がそう言うと、掴まっていた全員が魔法具の外へと飛び出た。

 命彦と命絃、ミサヤのために作られた魔法具の〈秘密の工房〉は、基本的にこの3人以外に出入りができず、他人が入るためには3人の誰かに接触している必要があったのである。


 〈秘密の工房〉から迷宮内の廃墟の屋上へと出た命彦達は、宝石のように輝く首飾りの魔法具を回収して、早速〈シロン〉達をメイアの〈出納の親子結晶〉へと格納し、魔法の構築に入った。

「俺とミサヤが周囲を警戒しとくから、勇子達でメイアの護衛を頼むぞ?」

「あいよー」

「了解」

「分かりました!」

 勇子達の軽い返事を聞いて、一抹の不安を感じつつも、命彦は感知系の精霊探査魔法《旋風の眼》を具現化した。

「其の旋風の天威を視覚と化し、周囲を見よ。映せ《旋風の眼》」

 ミサヤも感知系の精霊探査魔法《地礫の眼》を具現化する。

 廃墟の屋上周りをぐるりと歩き、全方位の警戒を行っていた命彦はハタっと気付いた。

「あ、舞子の探査魔法の訓練、忘れてた」

 探査魔法を具現化してから気付いた命彦に、腕で抱えられたミサヤが思念で語る。

『本人が気付いていませんし、すぐに帰るのですから、今回はいいのではありませんか?』

「……確かにそうだ、黙っとこう」

 そう言って命彦達が苦笑する。

 このままメイアの《空間転移の儀》が構築され、展開されれば、すぐに帰れるのだから、探査魔法の使用もごく短時間で終わる。

 わざわざ訓練に使うのもバカらしい。命彦とミサヤはそう思って、舞子には黙っておくことにした。

「回復はしたが、まだ少し身体が重く感じる……平時の6割ってとこか」

『今の魔力量ですか? 私の魔力を送ればすぐに回復しますよ。送りましょうか?』

「いやいいよ。どうせすぐに帰るんだ。《陽聖の纏い》で十分だろ?」

 そう言って歩みを止めた命彦は、呪文を詠唱して魔法を具現化する。

「其の陽聖の天威を衣と化し、我が身に陽聖の加護を与えよ。包め《陽聖の纏い》」

 薄く白い魔法力場を具現化して身に纏い、命彦はまた警戒を続けるため、歩き出した。

 精霊付与魔法《陽聖の纏い》。陽聖の精霊達を魔力に取り込んで使役し、瞑想するように心身を落ち着かせて心的疲労を抜き、魔力の回復を速める薄く白色の魔法力場を作って、魔法の対象である生物や無生物を、その力場で包む魔法である。

 陽聖の精霊は、生物の希望や祈りといった心象情報を自己の性質に取り込んだ精霊であり、活力を与えることを本分とする。そのため付与魔法の魔法力場も、魔法の対象に活力を与える魔力回復効果を持つのであった。

 陽聖の魔法力場を纏い、てくてくと歩いていた命彦が、メイアの魔力放出の始まりと、陽聖の精霊と陰闇の精霊が屋上に集まり始めたのを感じて、警戒を切り上げ、メイア達の方へ戻ろうとする。その時だった。

 不意に《旋風の眼》で作った探査魔法の風が、命彦に違和感を伝える。

「……っ! これは、空間震動! 空間転移か!」

『地上ではありません、恐らく上空です』

「あれは! メイア、上だぁっ!」

 命彦が駆け出した時と、メイア達の頭上10mに魔獣が出現したのは、ほぼ同時だった。

 メイアに迫る、白骨化した竜の姿で黒い靄を纏う魔獣。霊体種魔獣であった。

 勇子達も慌てて動き出すが、時すでに遅く霊体種魔獣がメイアに迫り、触れようとする。

 その時、一閃が走った。

「せいやあぁぁーっ!」

 メイアから2m程度の距離にいた勇子や空太、舞子が、メイアを救おうと手を伸ばしたが、それよりも速く、一番遠くにいた命彦の攻撃が、最初に霊体種魔獣へ届いた。

 命彦は15mほどの距離を〔武士〕学科の固有魔法、《陽聖の居合》による短距離空間転移で一気に詰めて、霊体種魔獣を斬り払ったのである。

 精霊付与魔法《陽聖の居合》。陽聖の精霊達を魔力に取り込んで使役し、本来は心身を落ち着け、力場を纏う対象者の魔力回復を促進する白色の魔法力場に、思いっ切り手を加え、陽聖の精霊が2次的に持つ性質、時空への干渉力をできるだけ高めて、その力で短距離空間転移を可能にした魔法であった。

 《陽聖の纏い》から派生した〔武士〕学科固有の精霊付与魔法《陽聖の居合》は、全ての学科固有魔法のうち、ほぼ最速の魔法展開速度を誇り、〔武士〕学科の魔法士にとっては迷宮において、特に頼ることが多い魔法でもある。

 しかし《陽聖の居合》は、居合腰いあいごしと呼ばれる独特の構えに連動して《陽聖の纏い》の無詠唱展開ができる必要があり、〔武士〕学科の固有魔法でも最も修得が難しい魔法と言われていた。

 偶然だが、予め《陽聖の纏い》を展開していたことにより、ただでさえ速攻性に優れた《陽聖の居合》の展開が、いつも以上に速かったことが今回は幸いした。

 命彦の魔法力場を纏う〈魔狼の風太刀:ハヤテマカミ〉が、霊体種魔獣へ浅く届く。

「アアアアァァァーッ!」 

 傷付いた霊体種魔獣が苦しみ、メイアから距離を取った。

 本来は魔獣からの奇襲攻撃に対して即座に迎撃するため、開発された学科固有魔法であるが、命彦はそれをあえて先制攻撃に使用することもあった。魔法に習熟すれば、そういう使い方も可能だったからである。

「オアアアーッ!」

 苦しむ霊体種魔獣がデタラメに飛び回る。

 刃を振るう命彦が眼前に空間転移することに気付き、霊体種魔獣がすぐに身を翻したせいで、薄白色の魔法力場を纏う刀身は魔獣にかする程度だったが、それでも魔法攻撃の効果は抜群だったらしく、苦しんでいた霊体種魔獣は危機を感じて一度姿を消した。

 陽聖の魔法力場を使い切り、失った命彦が、メイアの傍に立ち、周囲を警戒して焦ったように問う。

「メイア、無事かっ!」

「あ、え、ええっ! でもゴメン……魔法の制御が乱れて、《空間転移の儀》の具現化に失敗しちゃった」

「構わん。今はアレに襲われて無傷だったことを喜べ。真剣に焦った。一瞬全身の血が冷えたぞ」

『霊体種魔獣【死霊リッチ】ですね? ファントムの上位種です。あの姿を見る限り、恐らくワイバーンの残留思念が発生源でしょう』

「危険度5から4級の霊体種魔獣ね? どうして第1迷宮域にいるのよ……」

 青い顔で唇を震わせて言うメイア。

 目の前にカタカタ動く竜の骸骨が急に出現したため、本気で怖かったらしい。

 メイアに少し歩み寄り、勇子が周囲を見回しつつ謝った。

「すまんメイア。ウチとしたことが……油断してて一歩出遅れた」

「ごめん、僕もだ」 

 渋面の勇子と空太。悔しさがありありと表情に表れている。

 すぐに帰還できるという意識の緩みが判断を遅らせ、危機に陥る友を視界に入れつつも、身体をその場に一瞬居着かせたのである。

 舞子も後悔が見える顔で言った。

「申し訳ありません、メイアさん。命彦さんに守れと言われたのに、私は……」

 舞子を励まそうとメイアが口を開く前に、命彦が勇子達へ語る。

「後悔はもういい。全員意識を切り替えろ。霊体化しているヤツは厄介だ。舞子以外は《陽聖の眼》を使え! 舞子は俺の後ろに来い」

「「「其の陽聖の天威を視覚と化し、周囲を見よ。映せ《陽聖の眼》」」」

 命彦達が感知系の精霊探査魔法《陽聖の眼》を具現化すると、黒い魔力の塊が自分達の周りをひゅんひゅん動いているのが見えた。

「姿を捉えたぞ」

「焦らせよってからに。すぐ昇天させたるわ」

 命彦と勇子が武具型魔法具を構えたその時。

 魔力の塊が動きを止め、凄まじい魔力を放出する。

 それが攻撃魔法だと気付いた命彦が、咄嗟に叫んだ。

「全員退避ぃいーっ!」

 無詠唱の《旋風の纏い》を使い、全員が屋上から飛び降りる。

 高層分譲住宅の廃墟が、火の範囲系魔法弾に飲み込まれ、倒壊した。

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