5章ー29:依頼所への報告と、目を付けられた【魔狼】小隊

 ひとしきり笑っていた命彦が、全員に言う。

「さあ、メイアをからかうのはここまでにして、いい加減に引き上げるぞ」

「そやね。舞子、一応メイアが神霊魔法を使えるのは他言無用で頼むで?」 

「私からもお願いするわ。できれば黙っていて欲しいの。三葉市でも、知ってる人は知ってるけど、私自身、目立つのは嫌いだからね?」

「はい、絶対秘密にします!」

 舞子の返事に勇子がうんうんと首を振る横で、多少回復したのか、立ち上がった空太がボソリと言う。

「まあ秘密って言っても、メイアが20歳はたちの誕生日を迎えたら、すぐに周囲にはばれるんだけどね? 国家魔法士委員会が新しい【神の使徒】の発表をするからさ」

「そういう約束やから仕方あらへんやんけ。一言余計やねんこのアホ!」

 弱ってる空太の頭を軽く小突いて言う勇子に、メイアが苦笑を返した。

 【神の使徒】と認定された時、メイアはどうするのか。

 そのことを考えていた舞子には、メイアの笑顔が少し寂しそうに見えた。

 どこかしんみりした空気を入れ替えるように、メイアが命彦に問う。

「命彦、引き上げるのはいいとして、その方法はどうするの? まさかこの全員疲労した状態で、4km先の【迷宮外壁】まで走るつもり?」

「それは勘弁してよ? 僕もう本気で気絶しそうだから……」

「メイアも魔法使うんはキツイやろ? ウチも実を言うとちょっと疲れてるし。このまま付与魔法で走るんは避けたいわ。〈転移結晶〉使おうや?」

 楽して移動したいと言い出すメイア達に、ミサヤが呆れた様子で命彦に思念を飛ばす。

『自分達が付いて来ると言い出したくせに、文句が多いですねえマヒコ?』

「まったくだ。魔獣がほとんどいねえ迷宮を帰るだけだっつうのに、高い〈転移結晶〉を使えるかよ、勿体ねえ。はあー……仕方ねえから、今回は俺が《空間転移の儀》を使う」

『マヒコもお疲れでしょう? この人数ですし、私が使いますよ』

 ミサヤがそう言った瞬間、きょとんとする舞子の横で、勇子とメイア、空太が、ビクリとして首をブンブンと横に振った。

 言動が命彦至上主義のミサヤは、自分が精霊儀式魔法《空間転移の儀》を使う時、命彦以外は転移に失敗するかもと、冗談めかして言っており、緊急時以外は、たまに本気でそう思って口に出していることもあるため、メイア達には結構不安だったのである。

 それに気付いているのか、命彦が苦笑して言葉を返した。 

「いいよミサヤ。2km地点にあった高層分譲住宅の廃墟があったろ? あそこまで一度転移して、昼寝するつもりだからさ?」

「ええ! 迷宮で昼寝って……」

 命彦の発言に驚く舞子をよそに、メイア達は喜んでいた。

「おお! 〈秘密の工房〉を持って来とったんかい! それをはよ言えや! せやったら安心して回復できるわ」

「そうだね、早く行こうよ!」

「え、あの皆さん、どうして急に元気に? それに本気で昼寝するつもりですか?」

「ええ、するつもりよ? 舞子も後で分かるから」

「は、はあ?」

 釈然とせずに目を点にする舞子を見て淡く笑い、命彦がメイアに問う。

「じゃあさっさとそこの壊れた〈シロン〉達を仕舞うぞ? メイア、〈シロン〉達を〈出納の親子結晶〉に戻せるか?」

 〈余次元の鞄〉から4つの〈出納の親子結晶〉を取り出したメイアが、すぐ横の〈シロン〉4体と壊れた〈シロン〉の山に、親結晶をかざして魔力を送ると、動ける4体の〈シロン〉だけが、親結晶に吸い込まれて姿を消した。

「……駄目ね。壊れた子達は、子結晶を格納してる部分まで破壊されてるみたい」

「分かった。じゃあ、俺の予備の〈出納の親子結晶〉を貸してやる。空太、勇子、壊れた〈シロン〉の山を囲むように子結晶を設置してやれ。舞子はメイアを背負って2人の傍を歩け。メイアは壊れた〈シロン〉の修理費用を概算でいいから計算しろ。後で聞く」

 命彦が予備の〈出納の親子結晶〉に付属する子結晶を、勇子と空太に差し出して指示すると、勇子が問うた。

「命彦はどうするんや?」

「俺は梢さんに連絡する。今の今までスコンと忘れてたが、とりあえずこっちは解決したことを伝えねえと。今頃多分心配してるだろう。……俺の代わりに勇子が連絡するか?」

「ウチが連絡したら怒られると思うから、そっちに任すわ」

「ういー、僕も勇子と対応が同じだと思うから、そっちでどうぞ」

 勇子と空太は子結晶を持って、さっさと山積みの〈シロン〉の傍に歩いて行った。

 命彦が舞子とメイアを見ると、2人とも不自然に視線を逸らして会話する。

「メイアさん、どうぞ」

「ごめんね、舞子。じゃあ私達も行きましょうか?」

「はい!」

 メイアを背負った舞子が、壊れた〈シロン〉の山の方にさっさと行ってしまう。

 その場に残った命彦とミサヤ。ミサヤがメイア達を見て、《思念の声》で語った。

『自分達がマヒコの邪魔をした可能性については、一応自覚があるようですね?』

「そうらしい。まあ、あいつらがいたせいで撤退が難しかったのは事実だ。でも、あいつらがいたおかげで、魔獣達を討伐し得たのもまた事実。梢さんも、話せばそこは理解してくれるだろう。怒られねえと俺は思うんだが?」

『そうですね。この小隊は色々と規格外ですし、恐らくコズエも、そこまで心配していませんよ、きっと。ミツバは心配してくれてるでしょうが』

「ああ。梢さん、暢気に茶でも飲んでそうだ。聞いてみよう」

 命彦は自分のポマコンを〈余次元の鞄〉から取り出し、依頼所へ連絡した。

 結論から言うと、梢は全く心配せずに、命彦達が必死で戦闘している間、喫茶席で休憩していた。


 周囲の安全が確保できており、もう帰還するつもりだった命彦は、ポマコンの節電設定を一時的に解除し、映像通信で依頼所に連絡した。

 ミツバがすぐに連絡を受けて、ポマコンの空間投影装置が映し出す平面映像には、所長室にいる梢とミツバが映っていた。

「……ほほう? それじゃあ、あの緊迫した俺達の会話をメイアのポマコンから聞き、高位の敵性型魔獣と遭遇したと知れた上で、突然連絡が切れたにもかかわらず、梢さんは暢気に休憩していたってことか、ミツバ?」

 粗方の報告を手早く済ませた命彦は、自分達が戦闘している間の、依頼所での梢の行動についてミツバに問い、そのミツバからの返答によって、額に青筋を浮かべていた。

『はい。私が心配して、救援の魔法士小隊を編成するか、せめて偵察用のエマボットを派遣するよう進言したところ、源伝魔法の使い手と天魔種魔獣、それに半人前とはいえ神霊魔法の使い手までもが揃ってる規格外の魔法士小隊を、ほいほいと全滅させてしまうほどの力を持った魔獣の群れが、街に近い第1迷宮域に潜んでいたら、もう色々と手遅れだから、救援を出すより命彦達の勝利を祈って、連絡を待った方がいいと言われて……』

「そいで、梢さんは暢気に茶菓子食って、休憩してたと? 俺達が必死だった時に」

 命彦の眼つきに剣呑さを感じて、顔を逸らしていた梢が弁明する。

『ち、違うのよ! 私は命彦達の勝利を信じてたの! だからお茶も飲めたわけ、分かる? それに、あんた達が全滅するほどの魔獣の群れがいたら、戦力が激減してる今の依頼所で救援が用意できると思う? 言っとくけど、実績はともかく、魔法での戦闘力や生存力であんた達を上回る魔法士小隊って、うちに所属する小隊じゃ5組か6組くらいよ? しかもそれらの小隊は今、全部が関東や九州に行ってて留守だからね! 軍や都市警察に連絡して救援小隊を出してもらおうにも、第3迷宮域の行方不明者の捜索でほとんど手一杯だし。これでどうしろって言うのよ!』

 逆切れ気味言う梢。しかし筋は通っていた。

「ぐっ! た、確かに……。でも、こっちも割りと必死だったし、ミサヤが守ってくれてる俺でさえ、一度や二度は命の危険を感じるくらいに激戦だったんだ! その間、ホントに休憩してたかと思うと、腹が立つこっちの言い分も分かるだろ! 実際勇子は死にかけたしっ!」

 筋の通った反論を受けて、くううーっと腹立たしさから拳を握って言う命彦に、ミサヤが思念で語る。

『マヒコ、落ち着いて。深呼吸ですよ?』

「う、ああ。すぅー……はあー……」

 命彦が怒りを治めたのを見計らい、平面映像上の梢が言う。

『あんた達が死ぬ思いをしたって言うのは、こっちも理解してるわ。だから、依頼報酬にはその分イロを付けるって言ってるでしょ? てか、どうして私が怒られてるの? ここは普通、無茶したあんた達を私が叱る場面よね?』

「俺が知るかよ。想定外が色々あって、逃げる余裕を失ってたから、こっちは腹を決めて戦ったまでだ。それに梢さんが怒られるのは当然だろ? こっちが怒ることをしてたからだからさ? はあーまあいいや、報告は以上だよ」

『はい。ありがとうございます、命彦さん……とりあえず、もう安心していいのですね?』

「ああ。戦闘記録は俺達の記憶を見せて確認できるし、舞子のポマコンにも一部の映像情報がある筈だ。帰ったらそれを確認してくれ。あ、先にポマコンの映像情報だけでも送ろうか、ミツバ?」

『はい、お願いします。依頼報酬を決める資料にも使いたいですし、ツルメとドリアードの関わりを探る資料にも使いたいので』

「それじゃ、全員で無事に帰って来るのよ?」

「ああ。分かってるよ梢さん」

 命彦はポマコンの電源を切ると、〈シロン〉の山を〈出納の親子結晶〉に格納し、傍の瓦礫に身を隠して話に聞き耳を立てていたメイア達に言った。

「てことだ。とりあえず命を懸けた分の見返りは相応にもらえそうだぞ? 舞子、早速だが映像情報を依頼所の方へ送ってくれ。俺は魔法の構築に入る」

「はい!」

 舞子の背からいつの間にか勇子の背へと移っていたメイアが、おんぶされた状態で言う。

「魔法の制御が乱れるから、報告は小声でね、舞子? 勇子も空太も、今だけは静かにするのよ?」

「「へーい」」

 舞子がポマコンを操作する横で、命彦が目を閉じて魔力を放出し、《空間転移の儀》に必要である陽聖の精霊と陰闇の精霊を使役する。

「命彦さん……、情報の送信、終わりました」

 1分ほどポマコンを操作していた舞子が、小声でそっと言うと、命彦が目を開けた。

「よし。こっちもやっと移動できる。全員俺に掴まれ」

 メイア達が命彦にくっ付いたところで、命彦が呪文を詠唱した。

「それじゃあ行くぞ。……陰闇の天威、陽聖の天威。融く合して虚空を繋ぎ、世界を行き交う魔道の道を造れ。求める地は、この先にある高い廃墟。飛べ《空間転移の儀》」

 命彦達の頭上に虹色に輝く空間の裂け目が生じ、命彦達は周囲の空間ごと、虹色の裂け目に吸い込まれた。


 命彦達が消えた後。

 ドリアードやツルメとの戦闘の傷痕が見える戦場に、1体の魔獣がすっと現れた。

 4m近い、ドリアードに匹敵するほどの体躯を持つ、三眼四腕の魔獣。眷霊種魔獣である。

 灰色の髪を揺らし、微妙に人型であるその魔獣が、僅かに目を見開き、口角を上げてから、またすっと消えた。

 その表情は、どこか笑っているようにも見えた。

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