5章ー28:残留思念と、ヘタレ【神の使徒】候補メイア
黒く焦げたドリアードの頭部や手足が落ちている場所にたどり着いた命彦は、ずっと展開している感知系の精霊探査魔法《旋風の眼》を通して、すぐ違和感に気付いた。
ドリアードの頭部や手足のある場所のすぐ近くの空間が、探査魔法の風の通過を阻んでいるのである。
探査魔法の風が、そこの空間を通る時だけ、障害物にぶつかるように抵抗を受けていると言えば、分かりやすいだろうか。
即座に命彦は、魔力を目に集めて違和感を感じた空間を見てみると、ドリアードの形をした黒い
霊体種魔獣の霊体化に近い状態であるため、残留思念は肉眼では視認が極めて難しいが、魔力を介して見た場合は、本家である霊体種魔獣の霊体化よりも魔力の制御が相当荒いため、輪郭ぐらいを捉えることは可能だった。
魔力を明確に感知する精霊探査魔法《陽聖の眼》や《陰闇の眼》を使えば、靄に見える残留思念の本当の姿をもっとはっきり見られるだろうが、今の命彦には残留思念がそこにいると分かるだけで充分であった。
「すでに出ていたのか」
『相応の魔力を感じますね? 霊体種魔獣や不死種魔獣に食われたら、厄介そうです』
「ああ。出て早々だが消えてもらおう。包め《火炎の纏い》」
命彦はすぐに《火炎の纏い》を身に纏い、靄の漂う空間を火の魔法力場に包まれた刀身で斬り払って、残留思念をサクッと消滅させると、《火炎の矢》を無詠唱で具現化し、焦げ残ったドリアードの骸を火葬した。
相応の力と知能を得た霊体種魔獣は、時に死体に入って実体を持ち、他者の魂を喰らうために迷宮内を
学科魔法士達はこれを不死種魔獣と呼び、霊体種魔獣と同様に警戒していた。
霊体種魔獣も不死種魔獣も、他者の魂や残留思念を
「終わった……さて、早く戻ろうミサヤ」
『はい』
ミサヤを頭にのっけて歩く命彦。
その命彦が不意に視線を感じて振り返るが、《旋風の眼》にも反応は皆無であり、ミサヤも不思議がった。
『どうしました、マヒコ?』
「いや、誰かに見られてる気がしたんだが……まあ気のせいだろ」
『魔獣の反応も近くにありませんし、匂いもありませんが……徹底的に探りますか?』
「いいよ、面倒くせえ。ミサヤが傍にいるから安心だ。んーふかふか」
『うふふ、くすぐったいですよマヒコ?』
じゃれ合いつつ歩いて行く2人。
この時、次元の狭間をたゆたって、2人を見る者がいたのだが、2人がその者と対峙するのは、まだ先の話であった。
命彦とミサヤがメイアのところへ戻ると、勇子がフワフワと浮く横倒しの《旋風の動壁》の上に、壊れた12体の〈シロン〉達を満載して、担架のように押して歩いて来る姿が見えた。
勇子の後ろでは、肩で息をする空太がいる。
空太に幅広の移動系魔法防壁を使わせて、勇子は一気に〈シロン〉を運んだらしい。
「少し休んで回復した分の魔力が、また消えた……ああー」
到着してすぐに空太が座り込んでしまった。
「ありがとう空太」
メイアの感謝の言葉にもほぼ反応できず、虚空を見上げる空太。目も虚ろである。
限界寸前の空太の様子を心配したメイアが、もたれていた〈シロン〉から身を起こすと、今度はビクリとメイアが身を震わせた。
「あ、イタタタ……」
腰を押さえて痛がるメイア。
「どうしたんや、メイア? 持病のイボ痔か?」
「誰がイボ痔よ! うら若き乙女の私が持病を持つわけ、イタァッ! くぅー……」
「この痛がり方、店の開発室でも幾度か見たことがある。多分腰が
『〈シロン〉にもたれていた時の姿勢のせいでしょうね? まるで老婆です』
「ほんまやねえ」
全員戦闘で疲れているせいだろうか。いまいちメイアの容態に誰も関心を示さず、心配もせずに、淡々と会話する命彦達。
その命彦達とは違い、舞子はメイアの腰を気遣って懸命に
「メイアさん、しっかりしてください!」
「ああー……舞子が擦ってくれたおかげで、少し引きつれが治まった気がするわ。ありがとう舞子。心配させてごめんね?」
「いえ、このくらいは……私の方こそ、メイアさんに救われたので」
舞子がメイアの腰から手を離し、キラキラした目で言葉を続ける。
「しかし驚きました。メイアさんが、まさか神霊魔法を使えるとは……まさに切り札でしたね? 凄いですホントに。私、初めて自分の目で神霊魔法を見ました。神々しくて、凄まじくて、メイアさんは本当に凄いです! 私と同じ魔法未修者で、一般人の家庭に生まれたのに、私とは全然、根本的に違います!」
憧れの瞳で見て来る舞子に、メイアが顔を逸らして言う。
「いや、あの、そのキラキラした目で見るのは止めて、お願い……」
そのメイアの様子を見て、命彦がニヤリと笑った。
「くくく、舞子、あんまりメイアをほめるんじゃねえよ。確かにメイアは精霊魔法の使い手としては凄いが、神霊魔法の使い手としては全然凄くねえからさ?」
「そやねぇ。精霊魔法を使う時はイケイケやけど、神霊魔法を使う時は子ウサギみたいにビクビクして慎重やし」
勇子もニヤニヤして言い、虚空を見上げていた空太まで口を開いた。
「神霊魔法を使う時のメイアってあれだよね、いわゆる……」
「「「ヘタレだ(や)」」」
「え、ええっ! ヘタレって」
命彦達の、神霊魔法を使う時のメイアに対する低い評価に、目を丸くする舞子。
その舞子の横では、顔を真っ赤にしたメイアが、手近にいた命彦に掴みかかり、首を絞めていた。
「人が弱ってると思って、あんた達はぁ!」
「うぷっ! や、やめろメイア! 俺達は事実を述べてるだけだろ!」
「そうだけど……もお! くぅうーっ!」
命彦の首から手を離したメイアだが、怒りが治まらず、今度は頬をつねる。
「ひたたたたっ! 頬をふねるんひゃねえ!」
『メイア、マヒコにあたるのを止めねば、噛み砕きますよ』
ミサヤがメイアを威嚇して、ようやくメイアはつねるのを止めた。
赤い顔のまま全身をプルプル震わせて年相応と言うか、実年齢以下の子どものように見えるメイア。
そのメイアを目撃した舞子は、別の意味で驚いていた。
「あのいつも冷静で
驚く舞子に、命彦達が口々に語った。
「あれだけの力を使えるのに、メイアはウチらが死ぬ一歩手前まで追い詰められんと、その力をよう使わんねん。別段使うのに制限があるわけやあらへんのにやで?」
「力を使わん理由は単純だ、神霊の力を使うのが怖いから。力を制御できるか自信がねえから、魔法の制御に失敗して暴走することを考え、いちいち神霊魔法の使用を躊躇うんだよ。そのせいでこっちも結構ヤキモキさせられる。はあー……ほっぺたがいてえ」
「まあ、怖がる理由も理解できるよ? 神霊魔法は他の魔法系統と比較しても、別格にぶっ飛んだ魔法的効力を持つし、神霊の魔力で構築されてるから使用者の魔力消費は皆無だけど、物凄い力を制御する分、精神的にはとても疲労する。おまけに、頭で思い描いたことがすぐ魔法として具現化するから、
「それだけの力、怖いからって使わん方が、かえって暴走する危険性を高めるだろ? 折を見て繰り返し使い、制御する術を早いうちに身に付けねえと、いざ本当に使うべき時に暴走するかもしれん。その時に一番困るのはメイアだ。だからまあ、俺達が使えって言った時には、使うようにさせてるんだよ。いちいち説得には時間がかかるがね? だから今回はほぼ命令したし……」
命彦がメイアを一瞥して言うと、空太や勇子もメイアをチラ見した。
「本当は自分の判断でサッと使えるのが1番いいんだけど、まだそこまでは難しいんだよね、ぷくく」
「神の力を持っとるくせに、怖いから使われへん。そいで、使う時には神の力を持っとらんウチらが、使えって尻を叩く必要がある。これをヘタレと言わずして、誰をヘタレと言うねん。かっかっか」
「確かに……そう聞くと、失礼ですがヘタレと思わざる」
「舞子、それ以上言ったら呪うわよ!」
メイアが舞子をジト目で見るので、舞子はすぐに頭を下げた。そこでハタっと気付く。
「す、すみませんでしたメイアさん! ……ってあれ? ふと疑問に思ったんですけど、神霊魔法の使い手って、確か国家魔法士員会の管理を受けるんじゃありませんでしたか?」
「あーそれは受けるで。【神の使徒】って認定されればやけどね?」
勇子の言葉を理解できず、きょとんとする舞子。その舞子へ命彦が説明した。
「見てのとおり、メイアは自分や周囲が余程追い詰められん限り、神霊魔法を自発的に使おうとしねえ。精神も、魔法の制御にもまだまだ甘さを残している半人前の状態だ。そのせいで、実はまだ【神の使徒】って認定されてねえんだよ」
「次期【神の使徒】候補、って見られてるわけだね? だから、国家魔法士委員会の管理も受けずに、いつも僕らと一緒に、こうして冒険ができるわけさ」
「えーっと、それって要するに……」
「ヘタレで半端者の【神の使徒】候補やから、国に目を付けられてはいるものの、まだ好きにしててええよって、自由にさせてもろとるいうわけやね。ぶあっははは」
「勇子! よくもはっきり言ったわね、それ一番気にしてるのに!」
勇子に笑われて怒ったメイアが、勇子に掴みかかる。そのメイアを命彦と空太が半笑いで制止した。
「あーもう落ち着けメイア、腰痛がぶり返すぞ?」
「そうだよメイア、力を持たざる者達のやっかみだよ、やっかみ。いつものメイアらしく、無視すればいいのさ」
「せやせや。ウチらもメイアが羨ましいから、こうしておちょくっとんねんで? ぷくく」
「嘘ばっかり、目が笑ってるわよ!」
「あ、バレた? イタタタ、参った、降参、堪忍や」
腰が痛いので立てず、勇子に抱き付く形で耳をつまむメイア。
傍で見ていると、じゃれ合ってるようにも見える。勇子とメイアを見つつ、空太が言う。
「僕達もね、神様の力は本当に、切実に欲しいと思ってるんだよ? だけどねぇ……」
「それを持ってるからって、国に、国家魔法士委員会に、自分の全ての行動を管理されるのはごめんだ」
「迷宮防衛都市から出るにも、都市魔法士管理局と国家魔法士委員会の2重の許可が一々必要だとか、その日の自分の行動を全部報告するだとか、会った人間を全部記録するだとか、暗殺対策にしても面倒過ぎるよね?」
メイアからようやく解放された勇子も続いて言う。
「旅行にも気軽に行かれへん。恋人とイチャイチャするのも全部筒抜け。ウチ的にはマジで勘弁やわ」
「私だって、私だってねえ! くうぅっ!」
「「「あはははっ!」」」
ゲラゲラと楽しそうに笑う3人と、プンプン怒りつつもどこか楽しそうであるメイア。
『メイアが神の力を使うことに躊躇う理由が、もう1つだけあります。それは、孤独への恐れです』
「孤独への怖れ?」
笑い声に消されるほど小声で応じた舞子に、ミサヤがまた思念を送る。
『想像を絶する力を有する者は、得てして孤独に追いやられます。その力が、他者との間に壁を作ってしまうからです。それ故に、メイアは無意識に神の力の行使を控えようとする。神の力を使うことで、他者から恐れられることを、人外と見られることを恐れているのです。メイアにとって、神の力を持つことを知った上で、友人として接し続けてくれる命彦達は、さぞかし貴重でしょうね?』
「あ! ……そうですね」
ミサヤの《思念の声》は、恐らく舞子だけに聞こえているのだろう。
まだ楽しそうに笑っている命彦達を見つつ、舞子が少し羨ましそうにコクリと首を振った。
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