5章ー25:激戦の時、【魔狼】小隊 対 【女霊樹】と【蔓女】の混成群
3重の魔法力場を纏う命彦と勇子が、ドリアードの前に展開するツルメの群れへと迫る。
『散れ!』
ミサヤが100近い火の追尾系魔法弾を具現化し、故意にツルメ達に避けさせると、ドリアードへと続く道が現れた。
慌ててその道を塞ごうとしたツルメ達を勇子が蹴倒し、命彦へ言う。
「命彦にミサヤ、突っ込んでぶちかませ!」
「おうよっ! 貫け《旋風の槍》」
『
ツルメの群れを走り抜けた命彦が風の集束系魔法弾を具現化すると、ミサヤが雷電の集束系魔法弾を具現化し、2つの回転する魔法弾がぶつかって融け合い、雷撃を内包する高密度圧縮空気の塊、集束系融合魔法弾と化して、ドリアードへ迫った。
精霊融合攻撃魔法《
通常、精霊融合魔法はその制御の難しさから、短縮詠唱や無詠唱での具現化がほぼ不可能であり、1人で精霊融合魔法を具現化しようとすると、どの魔法術式でも精霊魔法を使用する時と比べて、魔法の展開が酷く遅れた。
この点から、素早い判断と対応が求められる戦闘時においては、本来精霊融合攻撃魔法は使いにくい。
後衛の戦闘型学科魔法士であれば、使う機会もまだあるだろうが、魔獣と近距離で対峙する前衛の戦闘型学科魔法士の場合、融合魔法にしては魔法展開速度が速い部類である精霊融合付与魔法ぐらいしか使えず、精霊融合攻撃魔法が近距離から放たれることは、ほぼ皆無であった。
ただ、非常に気の合う前衛系の戦闘型魔法士が複数人おり、互いに攻撃魔法を使えれば、話は別である。
単独で精霊融合魔法を使うと時間がかかるというのであれば、融合させたい精霊魔法を別々に具現化してから、融合させればいいだけの話。
気の合う魔法士同士が同じ魔法の想像図を持ち、これまた同じの魔力量や精霊量で、魔法の制御を行って、互いの具現化した魔法同士をぶつけると、その魔法は融合し合い、精霊融合魔法と化した。
物凄く面倒極まる条件だが、家族や恋人、親友といった関係性から、
命彦とミサヤも、そうした者達の一員であった。
20mほどの間合いから精霊融合攻撃魔法の、それも集束系の融合魔法弾が突然放たれるとは、ドリアードも夢にも思っておらず、本気で驚いたようである。
カッと目を見開き、一気に6枚の移動系魔法防壁を具現化したドリアード。
しかし、命彦とミサヤの集束系融合魔法弾は、それらの魔法防壁を全て貫通し、慌てて身を翻したドリアードの左肩をかすめた。
ドリアードの肩の肉が多少抉れて、体液が噴き出す。対峙して初めて、命彦達の攻撃が通用した瞬間であった。
「ギイィヤアアァァーッッ!」
ドリアードが止血するように肩を手で押さえ、痛みに絶叫する。
そこへ間髪入れずに踏み込み、命彦の魔法斬撃が迫った。
「これで終われっ! 《
身に纏っていた《火炎の纏い》の魔法力場を、全力で〈魔狼の風太刀:ハヤテマカミ〉の刀身に集束し、
精霊付与魔法《火兜割り》。火の精霊達を魔力に取り込んで使役し、筋力を底上げする薄赤色の魔法力場を作って、その力場を手足や武器に全力で集束し、集束かつ圧縮した火の力場で、魔法防御を焼き切る魔法である。
《火炎の纏い》に手を加えて生み出された、〔武士〕学科固有の精霊付与魔法《火兜割り》は、効力射程や効力範囲が〔武士〕学科の固有魔法でも最も短く狭いが、その反面魔法攻撃力が極めて高く、敵の魔法防御を貫通しやすい魔法であった。
ドリアードが怒号と共に身を震わせ、呪詛で黒ずんだ右腕を振るう。
魔法力場を纏う右腕に叩きつぶされると危険を感じた命彦は、すぐに刺さった刃を抜き、距離を取った。
命彦に一瞬で抜かれて勇子に足止めされていたツルメ達も、《火兜割り》で重傷を負ったドリアードの絶叫に引き寄せられ、すぐさま反転するが、その一瞬、勇子が不意にツルメから距離を取った。
「そこで止まってろ! 砕け《地礫の槌》!」
「行かせると思うの私達が! 砕け《火炎の槌》!」
短縮詠唱で具現化した地の範囲系魔法弾と火の範囲系魔法弾が、ツルメ達の背後から着弾し、4体のツルメが即死して、10体以上のツルメが吹き飛ばされた。
メイア達の援護魔法攻撃を察知し、距離を取っていた勇子が、吹っ飛んだツルメ達を追撃する。
「お前らさえ止めとったら、ウチらの勝ちじゃ、ボケぇっ!」
勇子の魔法力場を纏う拳が、ツルメ達を駆逐し、瞬く間に2体が頭部を失った。
形勢逆転かと思いきや、命彦の警告の声が響く。
「全員気を付けろっ! 魔獣固有魔法だ!」
勇子が命彦の方を見ると、ドリアードの前方から恐ろしく長い樹根が数百本出現し、命彦と勇子、そして後ろにいるメイア達に迫った。
高位の魔獣は、その種族に特有の魔法を身に付けていることがあり、天魔種魔獣【女霊樹】の場合、樹木の精霊を利用した範囲魔法攻撃と追尾魔法攻撃を可能とする精霊攻撃魔法、《
ほとんどが命彦へと放たれた《女霊樹の槍衾》だが、その3分の1は、勇子とメイア達の方へ突き進んだ。
「くっ! あれはヤバい! 包め《地礫の纏い》、来いや《アース・バックラー》!」
ドリアードが具現化し、文字通り
その勇子が〈双炎の魔甲拳:フレイムフィスト〉を盾のように構え、《女霊樹の槍衾》の前に滑り込んだ。
すると100本近い樹根の槍衾が届く寸前、地の魔法力場が瞬間的に勇子の前面へと膨らみ、樹根の槍達を受け止める。
精霊付与魔法《アース・バックラー》。地の精霊達を魔力に取り込んで使役し、自己治癒力を上昇させる薄黄色の魔法力場を作って、その力場を手足や防具に集束し、魔法力場を一時的に膨らませて魔法的干渉を防ぐ魔法である。
《地礫の纏い》に手を加えて生み出された、〔闘士〕学科固有の精霊付与魔法《アース・バックラー》は、〔騎士〕のように味方を守ることができる魔法で、魔法的状態異常の石化に高い耐性を発揮し、瞬間的に結界魔法に近い魔法防御力を発揮することも可能であった。
勿論、魔法防御力だけを見ると本職の守り手である〔騎士〕には劣るが、それでも味方に被害を出す魔法攻撃を堰き止め、弱めることは可能である。
勇子は、付与魔法の魔法力場を魔法防壁のように使い、自らを樹根の槍達の盾とした。
「ぐぐぐっ!」
しかし《アース・バックラー》は、どちらかと言うと魔法攻撃を一瞬受け止め、受け流すための魔法。
結界魔法のように受け止め続けることには無理があった。
魔法力場の上からどんどん樹根の槍の圧力が勇子を押し、後退させる。
「「勇子!」」
「勇子さん!」
同じく《女霊樹の槍衾》を受けている命彦は、勇子の状態に気付いているものの、回避と斬り払いに追われて自分のことで手一杯であり、勇子に構う余裕を失っていた。
自分達の前に仁王立ちする勇子を見て、メイア達が悲痛に叫ぶ。
「あほんだらああぁぁっ! 《フレア・バックラー》、《エアロ・バックラー》! 3重のせやっ!」
道路を踏みしめ、肘から本気の証であるシュラ族の角を生やした勇子が、一気に魔力を身に纏う付与魔法へ注ぎ込み、《アース・バックラー》と同じく〔闘士〕学科固有の防御用付与魔法を展開して、下から樹根の槍達をかち上げ、どうにか軌道を逸らすことに成功した。
《フレア・バックラー》は《火炎の纏い》から派生し、凍傷への高い耐性を、《エアロ・バックラー》は《旋風の纏い》から派生し、睡魔への高い耐性を発揮するが、それ以外《アース・バックラー》と同様に使える。組み合わせも容易だった。
勇子の機転で結界魔法が突破される危機は去り、メイア達がホッと表情を緩める。
しかしメイア達も、肩で息をする勇子も、この時忘れていた。
「全員無事か! ぐぼっ!」
くるっと背後を振り返り、メイア達の無事を確認した勇子の腹を、集束系魔法弾が貫く。
「ゆ、勇子さぁあぁーんっ!」
舞子の叫び声が、結界魔法内で反響した。
「かはっ!」
勇子の背後に回っていた1体のツルメが放った火の集束系魔法弾が、勇子の腹部を貫いた。
3重の魔法力場があったおかげでどうにか重傷で済んでいるが、本来であれば致命傷であり、腹部周りがごっそり消し飛んでいる一撃であった。
ゆっくりと倒れる勇子を見て、メイアと空太が一瞬呆然とする。
前衛として常日頃一緒に冒険し、信頼していただけに、勇子の負傷が信じられず、脳が一瞬思考を停止したのである。
『呆けてる場合かっ! さっさと勇子を助けろっ!』
ドリアードと戦いつつ《旋風の眼》でその場面を見ていた命彦の、怒りと焦りが混ざった《旋風の声》による思念伝達で、思いっ切り頭を殴られたようにビクリとし、我に返るメイアと空太。
しかし、メイアや空太が行動するより先に、飛び出してる
「勇子さんから、離れろぉぉおおぉぉーっ!」
無詠唱の《火炎の纏い》で身を包み、舞子渾身の燃える右拳が、今にも倒れた勇子に止めを刺そうとしていたツルメの顔面にめり込んだ。
ガチンっと予め装填していた魔法結晶が弾倉内で砕け、〈地炎の魔甲拳:マグマフィスト〉が、拳の先から《火炎の矢》を放ち、拳と接触していたツルメの頭部に炸裂して、四散させる。
「ふーっ! ふっー! ふっー!」
ツルメの青い体液を全身に浴びて、荒い呼吸で怒りの表情の舞子は、火の魔法力場で底上げされた筋力によって勇子をスッと背負い、結界魔法内に走って戻った。
「勇子さん、勇子さんっ!」
勇子を横たえ、舞子が涙目で呼ぶ。失血が多く、臓器も傷付いている様子だった。
このまま放置しておけば、あと数分ともたず、勇子は死んでしまうだろう。
「ごぼっ! い、生きとる、よ……あんがと、舞子。……恩に、着るわ」
「黙ってろっ、今治癒するから! メイア、しばらく頼むよ!」
「分かってる! 〈シロン〉達、ツルメを討って! 行け!」
結界魔法内でメイア達の周りにいた8体の〈シロン〉達が、弾かれたように出撃する。
それと同時に空太が多量の魔力を放出して、〔精霊使い〕学科の魔法士は未修得である筈の、精霊治癒魔法《陽聖の恵み》を使い、勇子を治癒力場で包み込んで、治療した。
「其の陽聖の天威を活力とし、あるべき姿に、傷痍を癒せ。生かせ《陽聖の恵み》!」
瓦礫に付着していた勇子の血も消え、腹の傷口もみるみる塞がって行く。
時間遡行による因果関係の書き換えで、勇子の顔に血色が戻った。
「た、助かったんか? ふう……今は感謝したるわ、ありがとう空太」
「うるさいよ、まったく……さ」
「お、おい、空太!」
《陽聖の恵み》に魔力を吸われ過ぎたのか。それとも、使う前から限界が近かったのか。
魔力の過剰消費で今度は空太が顔色を失い、ふらついて地面に手を付いた。
勇子に助け起こされた空太が言う。
「へ、平気だよ。まだ平時の1割程度の魔力は残ってる。僕がここで倒れたら、小隊の魔法防御が激減するだろ? それだけは、絶対に避けるから」
「そ、そうは言っても、今にも倒れそうでしょうが! 穿て《旋風の矢》」
フラフラする空太を一瞥して、メイアが〈シロン〉達の援護を行いつつ言った。
空太の横にいる勇子も、せっかく回復したというのに足取りが非常に重い。
「ウチも身体が重い。残りの魔力も平時の3割から2割程度や。これでどの程度戦えるんか……ちと不安やわ」
勇子が気弱に言うと、傍にいた舞子が思い切って口を開いた。
「わ、私も戦います!」
舞子の発言に、メイア達が目を丸くした。
「ほ、本気かい舞子? 君はツルメを怖がってたでしょ?」
「ええ、今でも怖いです。深く考えたら……足が震えます。でも、その私が勇子さんを助けられました!」
「……せやったね。うちは、舞子に救われた」
「あの時の手ごたえ、あの時の想いが残ってる今だったら、私も戦えます! お願いします、私も行かせてください!」
無力感にずっと浸り、ツルメを怖がっていた舞子が、その怖さを、刻み付けられた心的外傷を、怒りで一時的に克服し、自分にもできることがあると気付いて、必死に頼み込む。
ツルメの怖さよりも、今は小隊の役に立ちたかった。
いつまた怖れがぶり返し、身がすくむのかは不明だったが、今この時は動ける。
それが舞子には重要だった。
舞子の願いに答えるように、命彦から《旋風の声》の思念伝達がメイア達に届いた。
『……今舞子の剥き出しの思考を見て、話は理解した。いいだろう! やってみろ舞子。ツルメに対する怯えを、怖さを、自分の力で払拭してみろ』
「む、剥き出しの思考って……まあいいです。ほんとにいいんですか、命彦さん?」
『ああ。但し、条件付きだ。メイア、お前の切り札を出せ』
「えっ!」
命彦の思念に、今度はメイアが怯えた目をした。
ミサヤの助力で、
『舞子を戦わせても、この現状じゃただの延命措置だろうが? 〈シロン〉を見ろ。2体が破壊され、残り6体だぞ? ツルメはまだ13体もいる。おまけに空太と勇子が倒れる寸前。かと言って《空間転移の儀》で撤退しようにも、恐らく〈シロン〉6体と倒れ欠けの勇子、新人の舞子だけでは、時間稼ぎもできねえ』
「できるわっ! って言いたいとこやけど……空太かメイアの援護をもらわんと、今の状態にあの数やったら、苦しいかもしれん」
命彦の思念に反論したい勇子だったが、実際反論が難しいことは、勇子も理解していた。
命彦が再度思念を伝達する。
『現状を打破する決定打がいる。この場でそれを持つのは俺とミサヤ、メイアだけだ。しかし、俺とミサヤは切れたドリアードの相手で手一杯。誰かこの場を交代してくれたら、俺が切り札を切れるかもしれんが、一体誰が代われる? ミサヤの助力を受けて、魔力も分けてもらって、ようやく拮抗してる状態だぞ?』
「ミサヤに本気出してもらって、あんたが切り札出せばええやんか?」
勇子が至極真っ当に言うと、命彦とミサヤの思念がくっ付いて返された。
『バカかお前は! 俺のミサヤを危険に遭わせるくらいだったら、お前らを危険に晒すぞ俺は』
『マヒコの切り札は、マヒコの心身への負担が重過ぎると言ったばかりでしょうが! 全員この場に見捨てて、私達だけで転移しますよ? いいのですか?』
「……こいつら、最低や」
『うるさい、さっさと使え! 隊長命令だ、自分の身は自分で守るんだろ?』
そう思念を発すると、命彦の《旋風の声》による思念伝達はパタリと止んだ。
どうやら、思念伝達する余力を失ったらしい。
メイア達が、前方で激しく戦闘する命彦達を見た。
荒れ狂う魔法弾の嵐が舞い飛ぶ戦場に、身を置いている命彦とミサヤ。
確かに、この【魔狼】小隊において、命彦とミサヤ以外であの魔法弾の嵐に身を置き、生きていられる者は皆無であった。
誰かがあの役目を引き受け、ドリアードの注意を引かねば、容易く小隊は全滅するだろう。
ドリアードはもはや周りのことを全く気にしておらず、援護しようと近付いたツルメの3体が、ドリアードの放った火の範囲系魔法弾に巻き込まれ、焼滅していた。
焼滅した同朋を見て、ツルメ達も巻き込まれたらマズいと分かったのか、命彦達は相手にせず、メイア達の結界魔法や〈シロン〉への攻撃に終始している。
結界魔法へ地の集束系魔法弾をぶつけ、8枚の周囲系魔法防壁のうちの1枚を消したツルメへ、メイアがお返しとばかりに、陽聖の集束系魔法弾を放って、即死させた。
「……くっ! 貫け《陽聖の槍》!」
まだ迷っている様子のメイアに、ふらついた空太が言う。
「メイア、切り札を使おうと一度は思い立ったんだろう? 命彦も今ここで使えって言ってる。このままだったら、命彦とミサヤを除いて……」
「全滅するで?」
全滅という言葉を聞いて、ようやくメイアは腹を決めたようであった。
「……分かった、心を決めたわ。もし私が暴走したら、止めてね?」
「暴走せえへんよ、今まで使ってて1度でも暴走したことあったか? あらへんやろ?」
「それに実際に暴走したとしても、多分、命彦が止めてくれるよ? 自分で使えって言ったんだ。最後まで責任は持ってくれるよ。そういうヤツだからさ?」
「そうね、そうだったわね? 舞子、勇子、空太、少しでいいわ。時間を稼いでちょうだい」
「……へっ? あ、はいっ!」
1人、会話に取り残されていた舞子が、メイアの視線を受けて、元気に返事した。
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