5章ー24:激戦の時、【魔狼】小隊 対 【女霊樹】と【蔓女】の混成群

 空太とメイアの会話を舞子が微妙に気にしていた頃。

 ドリアードやツルメ達と戦闘していた命彦は、恐ろしいことに、この戦闘での勝算を見出していた。

「ミサヤ、追尾系魔法弾の連射は続けてくれ! 防がれていい、ドリアードへ撃ち続けて防御させ続けろ!」

『承知しています。今の私はマヒコにくっ付く魔法弾の砲塔。ひたすら撃ち続けます』

 常に命彦と一緒にいるミサヤは、命彦の意図を即座に理解して実行する。

 一心同体とも言える2人は、普通の学科魔法士であれば不可能である戦法を使い、ドリアードの行動を制限して、1体ずつ周囲のツルメを確実に仕留めていた。

 命彦は、《旋風の纏い》と《地礫の纏い》の効力を封入された防具型魔法具〈風地ふうち具足羽織ぐそくはおり〉に付属し、背後に垂らしている頭巾に納まったミサヤに、常時多量の追尾系魔法弾を具現化させ、ドリアードへと砲撃させ続けたのである。

 戦う前から手傷を負っており、極端に自分が魔法攻撃を受けることを嫌がっている様子のドリアードは、ミサヤの追尾系魔法弾の多過ぎる弾数を警戒し、ツルメ達に自分を守らせるよう結界魔法を展開させて、自分自身でも結界魔法を展開し、全力で守りに入っていた。

 すると、自動的に命彦への攻撃の手が弱まり、ツルメ達の連携攻撃の質も対処しやすいモノへと低下する。

 その好機を見逃さず、命彦は手近にいる4体のツルメ達に攻撃を仕かけた。

「包め《地礫の纏い》! からのぉー《地走ぢばしり》!」

 風・火・水の3重の魔法力場の上から地の魔法力場で身を包み、〈魔狼の風太刀:ハヤテマカミ〉の刀身に地の魔法力場を集束して、4体のツルメの間に飛び込み、荒れた道路に刀身を突き刺した命彦。

 すると、命彦の突き刺したハヤテマカミの刀身から、道路下の地面へと地の魔法力場が一瞬で浸透し、地面が爆散して、命彦をぐるりと囲む形で放射状に道路が隆起した。

 4体のツルメのうち3体が地面の隆起を避けたが、1体が逃げ遅れて隆起した地面のせいで転倒する。

 そして、そのツルメが起き上がる前に、命彦によって首を刎ねられた。

 精霊付与魔法《地走り》。地の精霊達を魔力に取り込んで使役し、自己治癒力を上昇させる薄黄色の魔法力場を作って、その力場を手足や武器に全力で集束し、集束かつ圧縮した地の魔法力場を、地面に注入して任意に隆起、震動させる魔法である。

 《地礫の纏い》に手を加えて生み出された、〔武士〕学科固有の精霊付与魔法《地走り》は、そもそも地下に潜む魔獣を攻撃するために作られた魔法だったが、命彦はそれをツルメの分断と足留めに使ったのである。

 効力が単純であるがゆえに、どの魔法もほぼ同じように使える〔闘士〕学科の固有魔法とは違って、〔武士〕学科の固有魔法には、それぞれに特有のクセがあった。

 〔武士〕学科の固有魔法は、あらゆる魔獣に対して、魔法攻撃をとにかく効かせるために作られたため、魔法自体に特徴があるのは当然のことだったが、この特徴、魔法の持つクセのせいで、〔武士〕学科の固有魔法は使い道を誤ると、魔法の使用者があっという間にポックリ逝く危険性も秘めている。

 命彦もその危険性を肌で感じていたのだろう。他にも隙を見せたツルメが近くで2体もいたのに、間合いをあけて一度距離を取り、命彦は火の精霊攻撃魔法を具現化して射出した。

「貫け《火炎の槍》!」

 短縮詠唱で具現化された集束系魔法弾が2体のツルメに迫ったが、動揺があった時から一拍間を置いての魔法攻撃であったため、2体をまとめて倒すことはできず、1体は仕留められても、もう1体は足を吹き飛ばすだけで終わった。

 片足を吹き飛ばされつつも、逃げようとするツルメ。

 その手負いのツルメをすぐに追撃し、風・火・水という3重の魔法力場を纏う刀身で両断した命彦は、すぐさま自分に飛びかかって来るツルメ3体を探査魔法の《旋風の眼》で捉え、ハヤテマカミへ風の魔法力場を全力で集束させて、一気に斬り払った。

「でえい、《疾風斬り》!」

 薄く引き延ばされた風の魔法力場の刀身が、ツルメ達の纏う同質の風の魔法力場を貫通し、3体のツルメの胴が、舞うように両断される。

 しかし、3重の魔法力場が2重の魔法力場に減衰したことに危険を感じ、それ以上は他のツルメ達への魔法攻撃を控えて、命彦はもう一度ドリアードやツルメ達から距離を取った。

「残り12体……包め、《旋風の纏い》」

 魔法弾を撃ち続けるミサヤを気遣って見つつ、フッと呼吸を整えて、ドリアードと残りのツルメ達を視界に入れた命彦は、失った風の精霊付与魔法を再度具現化した。

 付与魔法の効力と引き換えに、高い魔法攻撃力を発揮する〔武士〕学科の固有魔法は、使い時、退き時を誤ると本当に危険であるため、命彦も戦い方には常に気を配っているが、今生き残るためにはそれを分かった上でも、無茶をする必要があった。

(そろそろ3分が経つ。そのくらいだったら押さえられるだろうと思って適当に言った時間だったが、俺達は意外に戦えてる。多分ドリアードが前面に出て来ねえからだ。あいつ、自分だけ安全圏に引っ込んで、その場所からの魔法攻撃や魔法防御に終始してる。ツルメを前面に配置し、常に自分の壁を作っているその性分は、間違いねえ。自分が傷付くことを恐れてるんだ。活路が少しずつ見えて来てる。このまま俺達が時間を稼ぎ、メイア達が周囲のツルメどもを討ったら、俺達は勝てる!)

 僅かに見えている勝算を少しでも上げるため、命彦がミサヤに頼んだ。

「ミサヤ、魔法弾を撃ち続けろ! 勝ち筋が見えたぞ!」

『了解です!』

 ミサヤには追尾系魔法弾を連射させ、命彦は自力でツルメ達を狩り続けるべく、戦意を瞳に宿し、ドリアードを見た。

 この時ドリアードは、自らを守る精霊結界魔法の枚数が一気に減ったことで、延々と続くミサヤの追尾系魔法弾の雨が自分に少しずつ迫って来ていることに気付き、焦って怒号を放つ。

「ラアアァァアアァーッ!」

 このドリアードの怒号が、命彦達にとっての、想定外の事態のきっかけであった。


「ど、どうしたんや!」

 勇子が、背後から突然叩きつけられた咆哮に驚き、一瞬眼前のツルメ達から目を離す。

「しもた!」

 攻撃されると思い、焦って視線を戻すと、ツルメ達は勇子もメイア達も無視して走り出していた。

 ツルメ達の目指す先を見て、勇子が顔面を蒼白にする。

 ツルメ達の異常に気付いたメイアや空太も、結界魔法の内側で顔色を失っていた。

「マズい、僕らも移動しよう!」

「あいつらドリアードに加勢して、先に命彦らをいてまうつもりや!」

「急いで舞子! 《旋風の纏い》を使うわ!」

「え、あ、はいぃーっ!」

 事態を理解した舞子達が《旋風の纏い》を使い、後方から追い付いた勇子を先頭にして、ツルメの後を追う。

 一方、勇子達から離れた位置でドリアードとツルメ達を抑えていた命彦は、自分へ迫る危機を敏感に察知していた。

「おいおい嘘だろっ!」

 命彦は、メイア達のいる背後から自分を目がけて飛来する魔法攻撃を《旋風の眼》で捉え、緊急回避する。

 10体のツルメが放った3つの集束系魔法弾と、200を超える追尾系魔法弾が背後より飛来し、ミサヤも命彦の危険を感じて、移動系魔法防壁を多重展開した。

『マヒコ!』

「すまんミサヤ! くぉっ! きわどいとこばっか撃って来やがって!」

 迫る魔法弾の嵐を必死に回避し、3重の魔法力場を纏う〈魔狼の風太刀:ハヤテマカミ〉で叩き落す命彦。

 ミサヤの追尾系魔法弾の連射が一瞬途切れたことで、防戦一方だったドリアードやツルメ達も、ここぞとばかりに精霊攻撃魔法を具現化し、これまでの鬱憤を晴らすかのように命彦達へ撃ち放つ。

 視界を埋め尽くす追尾系、範囲系、集束系魔法弾の嵐に、逃げ回る命彦は一瞬死を想起した。

 姉や母の笑顔が頭によぎり、命彦の心が奮い立つ。

「死んで……たまるかぁぁああぁぁーっっ! 《陰遁・影分身》!」

 迫り来る死の未来を全力で回避すべく、脳裏で自らの姿に酷似した複数の分身を瞬時に想像した命彦が、魔力を必死に制御して、陰闇の精霊を魔力へと取り込み、撹乱系の精霊探査魔法を具現化する。

 逃げ回る命彦の影が一瞬ブレて膨れ上がり、2つに分かれて魔法幻影たる命彦の分身を形成して、3人の命彦が突然その場で交差してから散開した。

 これには攻撃する側であったドリアードやツルメも驚き、一瞬困惑したようで、すぐに命彦を追う追尾系魔法弾が三方に分かれ、集束系魔法弾がただまっすぐ走る1人の命彦を吹き飛ばし、範囲系魔法弾がもう1人の走る命彦を飲み込んだ。

 どちらもミサヤを連れておらず、命彦の分身体であった。

 上手く自分を狙う魔法攻撃を三分割した命彦は、ミサヤが展開した移動系魔法防壁に守られつつ追尾系魔法弾を振り切り、自分の背後に位置取る10体のツルメ達を一瞬で飛び越えて、ツルメ達の後を追ってその場に表れたメイア達と合流した。

 舞子が、合流した命彦を心配そうに見て言う。

「命彦さん、あの攻撃魔法の嵐をよくぞご無事でっ! お怪我はありませんか?」

「あ、ああ、1つもねえよ。ただ、あっぶねえぇぇー……真剣に死ぬかと思った。ミサヤも平気か?」

『はい。あれを避け切るとは、さすが我が主です』

「さっきの魔法攻撃は、普通の魔法士だったら死んでるわよ。さすがは〔忍者〕ね?」

 命彦を見てメイアが安心したように言い、堪え切れずに勇子も笑う。

「幾ら生存能力が高い〔忍者〕の学科魔法士言うても、さっきの攻撃魔法の乱れ撃ちは死んどるて。命彦がおかしいだけや」

 命彦と合流して、やや気の抜けた様子の女子達。その女子達とは違い、空太が頭を下げた。

「……ごめん命彦、3分で30体は無理だった」

 信頼して任された役目を果たせず、親友を危険に晒したことに責任を感じている空太。

 視界の前方に集う植物種魔獣の【女霊樹】と【蔓女】達から目を離さず、命彦は空太に言った。

「頭を上げろ空太、魔獣達から目を離すんじゃねえよ。……ツルメどもが残ってるのは別に構わん。3分はただの目安だったし、それに今俺達は全員生きてるだろ? へとへとで疲れてても、全員生きてる。その上、圧倒的優位だったドリアード達との数の差が、ある程度縮まった。撤退できる可能性も相当上昇した。それで十分だ。俺とミサヤが3分間矢面やおもてに立った甲斐がある。よくやってくれた。よく小隊を守ってくれた」

 命彦の言葉にホッとしたのか、空太が一瞬だけ笑い、ドリアード達を見た。

「……ありがとう、心の友よ」

 命彦も淡く笑って、ドリアードを見つつ今度は全員に問う。

「いいってことよ。……さてお前ら、舞子にも聞いてるつもりだが、まだ戦えそうか?」

 勇子が疲れた表情を浮かべつつも、声高に返す。

「当然やろが! あんた、ここでドリアードを討ってまうつもりやろ? さすがにウチらのことを完全に無視して、命彦らを狙いに行ったツルメの行動には面食らったけど、それって言い換えれば、あのツルメらを統率するドリアードが、そんだけ命彦らにビビったってこっちゃ。ウチは勝てると思うで?」

「俺もそう思いたいところだが、ドリアードが自分の守りを完全にするため、残りのツルメ達を呼び寄せたとも考えられる。まだ油断はできねえ。もう少し無茶をすれば勝てそうにも思えるんだが、小隊全員の疲労と無事を考えれば、ここで退くべきかとも思う。難しい局面だ。戦闘続行か撤退か……」

 命彦がそう言うと、ミサヤが《思念の声》で語った。

『マヒコ、考える時間は与えてくれぬようです。ドリアード達の攻撃魔法が来ますよ!』

「くっ! 空太とメイア、全力結界魔法! 勇子、俺と前衛に出るぞ、ツルメをまず減らす! 舞子、メイアの傍で敵を撮影! 戦闘記録を取り続けろ!」

「「「了解!」」」 

 命彦の指示で小隊全員が行動する。

 ドリアードの具現化した火の範囲系魔法弾が命彦達に飛来し、ツルメ達も精霊攻撃魔法を多数放つ。

「其の旋風の天威を守護の円壁と化し、虚隙作らず、我を護れ。覆え《旋風の円壁》」

「其の水流の天威を守護の円壁と化し、虚隙作らず、我を護れ。覆え《水流の円壁》」

 メイアと空太が、全力の精霊結界魔法を具現化し、半球状の風の周囲系魔法防壁と、水の周囲系魔法防壁が各4枚ずつ、計8枚出現した。その結界魔法の内側で、命彦達の雄姿をポマコンで撮影しつつ、無力感をひしひしと感じていた舞子は、決着の時が近いことを察知していた。

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