5章ー20:【蔓女】の追跡と、巣にいたモノ

「頼むぞ空太! メイアも、今は撤退より敵戦力の減殺が先だ。恐らくあっちもまだ混乱してる筈。先手を取った方が生き残る!」

 命彦に指示されたメイアと空太が、精霊攻撃魔法の具現化を行った。

「其の旋風の天威を拡げて槌と化し、一閃を持って、我が敵を撃ち払え。砕け《旋風の槌》」

「其の水流の天威を拡げて槌と化し、一閃を持って、我が敵を撃ち払え。砕け《水流の槌》」

 空太の風の範囲系魔法弾と、メイアの水の範囲系魔法弾が具現化されると同時に、命彦も精霊探査魔法《旋風の眼》を、呪文を紡いで具現化する。

「其の旋風の天威を視覚と化し、周囲を見よ。映せ《旋風の眼》」

 命彦の脳裏に、自分達のいる廃墟を全周囲で見回した映像情報が映し出された。

 そのまま命彦は、攻撃地点である緑地公園の跡地に探査魔法の風を送り、空太とメイアに攻撃地点の情報を、無詠唱の《旋風の声》で送る。

(攻撃地点の映像情報だ! ここを狙え!)

 伝達系の意志探査魔法《思念の声》と、ほぼ同じ効力を持つ精霊探査魔法《旋風の声》が、メイアと空太へ命彦の脳裏にある攻撃地点の映像をしっかりと伝える。

「撃てぇっ!」

 命彦の合図と共にメイアと空太の範囲系魔法弾が連続して放たれ、廃墟と開けた通りの先にある、地下街へ続く窪みへと落ちた。

 地響きと空気の震動が、200m近く離れた命彦達にも感じられる。

 窪みの洞窟からワラワラ出て来ていた植物種魔獣【蔓女】へ、範囲系魔法弾が連続で着弾し、風と水の魔法散弾が、奇襲攻撃気味にツルメ達を貫いた。

 突然の攻撃に右往左往し、魔法防御も間に合わず、十数体のツルメ達が一気に絶命したが、巣の窪みは無事であり、後続のツルメ達が湧き続ける。

 そこへ空太やメイアの範囲系魔法弾を超える、火の範囲系魔法弾が落ちて、20体以上のツルメを追加で焼滅させた上、巣の窪みをも崩落させた。命彦の肩に乗るミサヤの仕業である。

『未熟ですね2人とも。マヒコの狙いは巣の出入り口の崩落。理解力と魔法攻撃力が足りませんよ?』

「はいはい、好きに言ってちょうだい」

「とりあえず、こっちの手は空いたよ命彦!」

「空太は魔法攻撃を続行! 《地礫の槌》を具現化して、巣を上から念入りに押しつぶせ! 下に地下街がある。魔獣達を生き埋めにしてふたをしろ! メイアは周囲系の結界魔法を2重に展開して自分達と舞子を守れ! 結界魔法で安全圏を確保した後、《空間転移の儀》の詠唱に入るんだ。舞子はポマコンで戦闘映像を記録しろ。特にツルメの全身を撮影するんだ。操られてるツルメと普通のツルメに、外見的差異があるかどうか、後で確認する!」

「は、はい!」

 矢継ぎ早に指示した命彦に舞子が首を振ると、その横で空太がすぐに呪文を詠唱した。

「其の地礫の天威を拡げて槌と化し、一閃を持って、我が敵を撃ち払え。砕け《地礫の槌》」

 周囲のちりや瓦礫を集めて地の範囲系魔法弾、小山のように見える土塊どかいを作り出し、ツルメの巣へと発射する空太。

 小山が緑地公園の跡地に落ちて、地の魔法散弾、小山の欠片をばら撒いた。

 もはやどこに窪みがあったのかも判別不能である。

 地下街がつぶれたかどうかは不明だが、3m近い厚みの土砂が窪みのあった場所に蓋をし、魔獣達を生き埋めにしたのは確かであった。

 空太が地の範囲系魔法弾を放つと同時に、メイアも呪文を詠唱し、精霊結界魔法を具現化した。

「其の旋風の天威を守護の円壁と化し、虚隙こげき作らず、我を護れ。覆え《旋風の円壁えんへき》」

 脳裏で自分達の周囲を覆う半球ドーム状の魔法防壁を想像し、素早く具現化するメイア。

 2重の半球状かつ気流が逆巻く透明の魔法防壁が、メイアと舞子、命彦と空太をすっぽりと覆った。

 精霊結界魔法《旋風の円壁》。風の精霊達を魔力に取り込んで使役し、魔法使用者の周りを守護する、全周囲魔法防壁を作り出す魔法である。

 《○○の円壁》と呼称される周囲系の結界魔法は、魔法展開速度や魔法の制御性より、守護の魔法的効力を重視した魔法防御力の高い結界魔法であり、あらゆる外的干渉をできる限り減殺し、防ぐ目的で使用される魔法であった。

 移動系の魔法防壁より広域を一気に守れるため、追尾系魔法弾や異常系魔法弾は勿論、範囲系魔法弾による魔法攻撃をも防御することができ、移動系魔法防壁よりも1段高い魔法防御力を持つが、その反面、魔法防壁が固定されるため、具現化した周囲系魔法防壁を移動させることは不可能であった。

 また、集束系魔法弾や魔法力場の集束のように、一点突破の貫通力を持った魔法攻撃にはさすがに対応できず、この手の魔法攻撃を完全に防ぐためには、彼我の戦力差にもよるが、移動系魔法防壁と同じく周囲系魔法防壁も2重以上の重複展開が必要である。

 メイアによる周囲系魔法防壁の2重展開を確認した命彦は、《旋風の眼》で勇子の様子を探った。

 命彦達のいる廃墟の前で魔獣と戦闘する勇子の姿を確認し、命彦が顔をゆがめる。

 廃墟の下で、勇子は最初に接近していた6体のツルメのうち、4体を倒していたが、残り2体のツルメに、新たに6体ものツルメ達が合流したことで、形勢が逆転して苦戦していた。

 しかも、別のツルメの群れも、戦闘の匂いを嗅ぎ付けて命彦達がいる廃墟の方へと接近しており、命彦達はツルメ達に囲まれつつあったのである。

 ミサヤもそのことに気付いたのだろう。《思念の声》を発した。

『あの時撤退しようとしていれば、私達はともかく、メイア達は死んでいましたね?』

「ああ。あのまま撤退しようとしてたら、多分《空間転移の儀》を使ってる間に襲撃されてただろう。その襲撃を無傷でやり過ごせたとはとても思えん。判断を間違えずに済んで良かった」

 精霊融合魔法の具現化は、基本的にどの魔法術式でも時間がかかる。

 精霊融合儀式魔法の《空間転移の儀》の場合、どれだけ短距離の移動でも、魔法の具現化に1分はかかった。

 あのまま普通に魔法の具現化を始めていたら、巣へ戻ろうとするツルメ達に発見されて、命彦達は取り囲まれていただろう。

 仮に場所を移動してから《空間転移の儀》を使おうとしても、巣へ戻ろうとするツルメ達に次から次へと遭遇して足留めを食らい、巣から追撃に来るであろうツルメの群れと挟み撃ちにされる危険性があった。

 命彦とミサヤだけであれば幾らでも撤退する手段はあり、2人だけであれば即座に撤退するのが最善の判断であるが、小隊全員で行動する場合においては、あの場での撤退は致命的と言える。

 その意味では、先に敵勢力が増える可能性を断った命彦の判断は、あの時点では最善のモノであった。

 空太もこの命彦の思考を理解していたからこそ、メイアを制止したのである。

 いざという時は頼れる空太に、命彦が言う。

「空太、新手が近付いてる。メイアと舞子を頼むぞ!」

「分かった! こっちは任せてあのバカをさっさと回収して来てくれ」

「おう! 包め《旋風の纏い》。同じく包め、《火炎の纏い》。でえぇい!」

 命彦が風と火の魔法力場を身に纏い、廃墟の屋上から飛び降りて壁面を走り、新たに飛行しつつ出現したツルメを、すれ違い様に3体斬り落として、勇子を取り囲むツルメ2体をも両断した。


 勇子を囲む包囲網に突っ込み、突破して勇子と背合わせに立った命彦が言う。

「勇子、手こずり過ぎだぞ!」

「仕方あらへんやろ! 気い付いたら増えとったんや!」

 包囲網をすぐに再構築するツルメ6体に囲まれ、勇子と命彦が互いに文句を言い合い、すぐさま打って出た。

 再構築された包囲網を突破するため、同時に飛び出し、互いの背後にいたツルメを攻撃する2人。

 一瞬交差して入れ換わった命彦と勇子に面食らったところへ、魔法力場をたっぷり集束した斬撃と拳撃を喰らい、まばたきする間に2体のツルメが絶命した。

 あっさり包囲網を突破した命彦と勇子が、廃墟の壁面を跳び上がる。

「勇子、先に屋上へ行け! メイアが撤退の用意をしてる! メイアを守れ!」

「分かったで!」

 勇子が壁面を跳んで、メイア達がいる廃墟の屋上を目指すと同時に、命彦とミサヤが勇子を追おうとするツルメ達へ、追尾系魔法弾の雨を降らす。

「行かせるかっ! 穿て《火炎の矢》」

せよ、下郎!』

 命彦が短縮詠唱で30、ミサヤが無詠唱で100ほどの《火炎の矢》を具現化し、6体のツルメを手数で圧倒して、焼死させた。

 勇子の後を追って命彦達も屋上にたどり着くと、新たに10体ほどのツルメが、苔むした廃墟の高層建築物の間を抜けて、こちらへ飛んで来る。

 ツルメの1体が地の集束系魔法弾を放ち、メイアが2重に展開していた周囲系魔法防壁の1枚を貫通した。

 魔法防壁は移動系でも周囲系でも、集束された魔法攻撃に弱く、1枚だけではほとんどの場合で貫通されてしまう。

 よって魔法戦闘で身を守る時は、移動系でも周囲系でも、最低2重の魔法防壁が常に必要だった。

 ツルメの魔法弾自体は2枚目の魔法防壁によってしっかり止まったが、貫通された1枚目の魔法防壁は、魔力を追加して修復されるまで効力が弱体化する。

 弱体化して明滅するその魔法防壁を見て、命彦が叫んだ。

「空太!」

「分かってる、覆え《旋風の円壁》」

 命彦の言いたいことを即座に理解した空太が、新たに短縮詠唱で周囲系の魔法防壁を2重に具現化した。

 空太の魔法防壁が具現化すると同時に、勇子と命彦が結界魔法を出て、10体のツルメに迫る。

「喰らえやウチの燃える拳! 《フレア・ラッシュ》!」

 先に飛び出た勇子が、身に纏った風の魔法力場で高速飛行しつつ、同じく身に纏う火の魔法力場を右腕に集束させて、燃え上がるフレイムフィストを握り締める。

 すると勇子の炎の拳が、ツルメの1体を殴打した瞬間に一瞬膨れ上がって、ツルメが爆発したかのようにのけ反った。

 風の魔法力場を纏って飛行していたツルメは、その魔法力場の上から思いっ切り殴打され、炎拳を受け止めた両腕が一瞬で炭化し、真後ろにいた3体のツルメを巻き込んで、後方へと勢いよく吹き飛ばされる。

 〈双炎の魔甲拳:フレイムフィスト〉の効果かと思いきや、実は違った。

「見たか! これぞ〔闘士〕の学科固有魔法の真骨頂、後退ノックバック特性や!」

 ドヤ顔で言う勇子の気迫に一瞬気圧され、6体のツルメが動きを止める。

 精霊付与魔法《フレア・ラッシュ》。火の精霊達を魔力に取り込んで使役し、身体の筋力を活性化する薄赤色の魔法力場を作って、その力場を手足や武器に集束し、魔法力場を一瞬だけ爆発的に膨らませてぶつける魔法であった。

 《火炎の纏い》に手を加えて生み出された、〔闘士〕学科固有の精霊付与魔法《フレア・ラッシュ》は、戦局に応じて攻守を使い分ける〔闘士〕に、戦局そのものの操作を行わせる付与魔法であり、《火炎の纏い》が持つ本来の魔法的効力に加えて、魔法力場に触れた相手を弾き飛ばすという後退特性がある。

 味方に接近し過ぎている敵を弾き飛ばし、距離を取らせて守りを固めたり、攻める機会を作ったりするのが、〔闘士〕の1番の役目。それゆえに、勇子はその役目を十全に果たした。

 勇子が作った一瞬の隙。絶妙とも言えるその隙を、命彦が活用する。

「横一文字に止まるとか、狙ってくれって言ってるのと同じだぞ! 《疾風しっぷう斬り》!」

 勇子に一歩遅れて風の魔法力場で高速飛行していた命彦が、勇子の前に躍り出て、風の魔法力場を日本刀の武具型魔法具に全力で込め、横に一閃した。

 まるで刀身が延長するように渦巻いた風が伸びて、研ぎ澄まされた風の刃が6体のツルメを斬断する。

 精霊付与魔法《疾風斬り》。風の精霊達を魔力に取り込んで使役し、気流を操作して身軽に移動できる薄緑色の魔法力場を作って、その力場を手足や武器に全力で集束し、集束かつ圧縮した風の魔法力場を、刃のように薄く引き延ばして解放する魔法である。

 《旋風の纏い》に手を加えて生み出された、〔武士〕学科固有の精霊付与魔法《疾風斬り》は、一度の魔法攻撃に全力を懸ける〔武士〕に、戦闘型前衛系学科魔法士でも屈指の魔法攻撃力を与えるための付与魔法であり、《旋風の纏い》が持つ本来の魔法的効力を集束して、一瞬で使い切ることと引き換えに、魔法攻撃力を倍加させるという効力があった。

 魔獣の面前に立ち、ひたすら攻撃を行う〔武士〕が使う魔法だけあって、《疾風斬り》の破壊力は凄まじく、6体のツルメは魔法力場の上から胴を一瞬で両断され、その後ろにある廃墟をも幾つかが斬断された。

 《旋風の纏い》の効力を使い切った命彦が飛行能力を失い、一瞬自由落下するが、すぐさま新たに《旋風の纏い》を展開し、浮かび上がる。

「ふぃー……一瞬焦った」

 命彦がホッとした様子でため息をついた。

 〔武士〕学科の固有魔法は、精霊付与魔法による能力上昇効果や魔法力場を使い切ることと引き換えに、高い魔法攻撃力を発揮するため、当然魔法攻撃の後には付与魔法が消失して戦闘力が弱体化する。

 これをいかに克服するか、弱体化した戦闘力を素早く取り戻せるかが、〔武士〕の実力を示す指標であった。

 すぐに戦闘力を取り戻した命彦に、勇子が問う。

「おいしいとこ持って行きおって、まあええわ。……これで終わりか、命彦?」

「いや、食料集めに行ってたツルメ達はまだいる筈だ。近場にいるヤツから順次遭遇してるだけだろう。次がすぐに来る」

『しかし頃合いです。《空間転移の儀》の時間稼ぎも十分でしょう』

「ああ。退くぞ勇子」

「あいよ」

 すぐ傍まで接近しているツルメの群れを、《旋風の眼》で感知しつつも、命彦は勇子を連れて、メイア達がいる廃墟の屋上へと戻った。

「お疲れ様です!」

 凄いモノを見たという感じで、目をキラキラさせた舞子が、ポマコンを片手に傍へ来る。

 ツルメの群れを僅か2つの魔法で瞬殺した命彦と勇子の戦いに、感動したらしい。

 しかし、浮ついた様子の舞子を一瞥して、命彦が空太に問う。

「まだ終わってねえよ、そこの廃墟の方を警戒しとけ。……空太、メイアはどうだ?」

「一気に関所まで転移するつもりだろうから、魔力と精霊集め、精霊の融合にもう少し時間がかかると思う。といっても、あと10秒くらいだろうけどね?」

 魔法力場を一応散らせたものの、心理的にはまだ臨戦体勢にある命彦や勇子へ、空太がそう言った時だった。

 命彦に指示された方を見ていた舞子が、指差して警告する。

「命彦さん、あれを!」

「げ、また来おった。しつこいわホンマ」

 舞子の指差す先では、距離はあるものの、またもやツルメの群れが廃墟の影から出現し、100を超える追尾系魔法弾を放った。

「残念だけど、100程度の追尾系魔法弾だったら止めてみせるよ!」

 空太とメイアが展開した計4重の周囲系魔法防壁が、あちこちから飛来する追尾系魔法弾を完全に防ぐ。

 追尾系魔法弾を受け過ぎて1枚目の魔法防壁は霧散したが、2枚目の魔法防壁はまだ無事だった。

 ツルメの集束系魔法弾に貫通され、弱体化した魔法防壁も、メイアの魔力を注がれていつの間にか修復されており、効力を取り戻している。

 3重の周囲系魔法防壁があれば、ツルメ達の魔法攻撃を数十秒はしのげると命彦は踏んでいた。

 そして、瞑目して一心に魔法の構築を行っていたメイアが、目を開く。

「全員私に掴まって! 転移するわよ!」

「舞子、メイアに抱きつけ!」

「は、はい!」

 小隊の全員がメイアに掴まると、メイアが呪文を詠唱し、構築していた魔法を具現化した。

「陰闇の天威、陽聖の天威。融く合して虚空を繋ぎ、世界を行き交う魔道の道を造れ。求める地は……」

 魔法の具現化がもう少しで終わるという時、命彦は精霊探査魔法の《旋風の眼》によって、それに気付いた。

「……っ! 全員ここから飛び降りろっ!」

 勇子と空太がすぐさま反応し、メイアを抱えて無詠唱の《旋風の纏い》を使い、廃墟の屋上を飛び降りる。

 命彦も無詠唱の《旋風の纏い》を使って舞子を抱え、屋上を飛び降りた。

 命彦達が飛び降りたその瞬間、高速で回転する火球、火の集束系魔法弾が廃墟の屋上を覆う空太とメイアの3重の結界魔法を突破し、廃墟の上部を吹き飛ばした。

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