5章ー13:動き始めた世界と、特訓するマイコ

 命彦の特訓を受けられるのか、不安に思って肩を落とす舞子。

 その舞子を見て、勇子が気持ちを切り替えるように語った。

「あんまり気落ちしてても意味あらへんで? ほれ、休憩終わりや。昼飯までまだちょい時間あるし、次の訓練しよ」

「次は相手の攻撃魔法を避ける訓練よ?」

「あ、はい!」

 勇子の代わりに、今度はメイアが訓練場で舞子と対峙する。

「魔獣の使う魔法攻撃にも色々あるけど、特に前衛を務める戦闘型魔法士にとって鬱陶うっとうしいのが、突然飛んで来る魔獣側が使った攻撃魔法ね?」

「魔獣の群れと戦闘する時、離れてる魔獣らは前衛の魔法士へ追尾系魔法弾や集束系魔法弾、範囲系魔法弾や異常系魔法弾を撃って来よる。前衛で近場の魔獣と戦いつつ、これを避けたり防御したりするんはめっちゃ難しいんや」

「ある程度は自分達の味方の援護、結界魔法や攻撃魔法で無効化や相殺ができるけど、魔獣側の戦力が多いとこうした味方の援護を抜けて、魔獣達の攻撃魔法が届くわ」

「せやから攻撃魔法がどういうもんかきっちり見極めて、上手く避けたり防御したりする方法を先んじて修得する必要があるわけや。追尾系魔法弾と集束系魔法弾、異常系魔法弾は昨日の時点で、間近に見たやろ?」

「あ、はい!」

「ああいうモンが突然飛んで来る時、どう対応すればええんか。それを身体で覚えて欲しいんや。空太や命彦がおらんから、あんまりキワドイ訓練はそもそもでけへんけど、メイアも攻撃魔法の扱いはそこそこ上手い。手加減はしてくれるから、多分まとも当たっても生きてる状態にはしてくれるやろ。安心して訓練に挑み?」

 勇子がメイアに目配せすると、メイアが苦笑して口を開いた。

「まあ、どうにか調整するわ。彼我の魔法能力における実力差にもよるけど、第1迷宮域に生息する魔獣に限って言えば、魔獣からどの魔法弾を受けても、今の舞子が魔法防御に全力を注げば、一撃で致命傷を負う事態は避けられるでしょう。でも、そもそも当たらずに上手く避けたり、無効化したりする方がいいのは分かるわよね?」

「はい。集束系魔法弾とかは、魔法防御に全力を傾けても危険ですからね」

「せや、致命傷は避けられても重傷を負う可能性は高い。守りに特化した前衛系の戦闘型学科魔法士にとって、魔獣の使う攻撃魔法は全力で防ぐモンやけど、それ以外の戦闘型前衛系魔法士にとっては、魔獣の攻撃魔法は全力で防ぐモンとちゃう。全力で躱すか叩き落すモンや。今から舞子には、メイアの使う攻撃魔法を避けたり、叩き落としたりしてもらうわけやね?」

「私が舞子に当てるつもりで使う攻撃魔法を潜り抜けて、舞子が私に触れたら訓練終了よ」

「昨日の模擬戦の2戦目と同じですね? 分かりました、よろしくお願いします!」

 キリッと表情を引き締め、元気に応える舞子。その舞子へ、勇子が楽しそうに笑って言う。

「舞子は模擬戦の時みたく、とにかく飛んで来る魔法弾にだけ注意しい。舞子が魔法弾に触れても、体勢が崩れん限りは相殺したと判断するから、避けられんと思ったらどんどん迎撃して魔法弾をつぶしや?」

「了解です」

「使用する魔法を宣言しときましょう。舞子は機動力と回避重視の《旋風の纏い》と、状態異常耐性を底上げする《水流の纏い》を使ってね? 私は《旋風の矢》、《旋風の槍》、《旋風のつち》、そして《旋風のわざわい》を使うわ。じゃあ、模擬戦と同じく舞子が訓練場の端に着いたら始めましょうか?」

「せやね。舞子、端に着くまでに《旋風の纏い》と《水流の纏い》を使っとき」

「はい! 其の旋風の天威を衣と化し、我が身に風の加護を与えよ。包め《旋風の纏い》。続いて、其の水流の天威を衣と化し、我が身に水の加護を与えよ。包め《水流の纏い》」

 舞子が薄緑色の魔法力場を纏い、その上から薄青色の魔法力場、水の魔法力場を纏った。

 精霊付与魔法《水流の纏い》。水の精霊達を魔力に取り込んで使役し、魔法的状態異常への抵抗力を底上げする薄青色の魔法力場を作って、魔法の対象である生物や無生物を、その力場で包む魔法である。

 魔法的状態異常を多用する魔獣との、接近戦を行う戦闘型前衛系学科魔法士には必須の精霊付与魔法であった。

 舞子が2重の付与魔法で身を包み、訓練場の端に到着すると、勇子の声が響く。

「よっしゃ、訓練開始や!」

 勇子の声と共に舞子は全力で駆け出した。同時にメイアの無詠唱で具現化した追尾系魔法弾、精霊攻撃魔法《旋風の矢》が、舞子へ襲いかかった。

「くっ!」

 迫り来る8つの追尾系魔法弾をギリギリで避け、魔法弾の軌道が曲がるのに合わせて蹴り上げると、4つの魔法弾が2重の魔法力場を纏う舞子の蹴撃しゅうげきに巻き込まれ、相殺された。

 残り4つの魔法弾を無視して、とにかく間合いを詰めようと思った舞子へ、メイアが笑顔を見せる。

「甘いわよ舞子、貫け《旋風の槍》」

 短縮詠唱で威力はそこそこ落ちるが、その分魔法展開速度を速めた集束系魔法弾を具現化し、メイアが即座に射出した。

「マズいっ!」

 舞子がすぐさま反応し、右へ回避すると、今度は回避する場所を読んでいたかのように、無視した筈の追尾系魔法弾が4つ降りかかる。メイアの誘導にまんまとはまったのである。

 しかし、舞子にも追尾系魔法弾は見えていたのだろう。素早く反応した。

「こんのぉっ!」

 身体の柔らかさを活かした独特の動きで、降りかかる追尾系魔法弾2つをヌルリと回避した舞子は、続く2つの魔法弾を拳で撃ち落とし、メイアの方へと駆け出した。

 がしかし、メイアはすでに次の攻撃魔法を構築している。

「其の旋風の天威を拡げて槌と化し、一閃を持って、我が敵を撃ち払え。砕け《旋風の槌》」

「範囲系魔法弾や! 離れんと避けられへんで!」

 勇子の声に咄嗟に反応し、思いっ切り間合いを広げる舞子。

 メイアがさっき使った集束系魔法弾と、同等まで膨れ上がった精霊入りの魔力が、魔法弾を構築し、放たれた。

 精霊攻撃魔法《旋風の槌》。風の精霊達を魔力へ多量に取り込んで使役し、圧縮空気の魔法散弾を無数に内包した風の魔法弾を撃ち出して、魔法の対象がいる広範囲をまとめて一気に攻撃する魔法である。

 《○○の槌》と呼称される範囲系の攻撃魔法は、一点攻撃の集束系の攻撃魔法と比べて魔法攻撃力では劣るものの、面攻撃を可能とするため、効力が及ぶ範囲では圧倒的に勝り、追尾系の攻撃魔法とも違う意味で非常に避けにくい攻撃魔法であった。

 追尾系魔法弾の連射は敵味方を識別して多数の敵を攻撃できるが、範囲系魔法弾は魔力の制御が難しいため、敵だけを器用に狙うといったことはできず、その分少し扱いにくいが、魔法攻撃力では追尾系魔法弾を超え、効力範囲では集束系魔法弾を超えるため、多数の魔獣への先制攻撃には打って付けの攻撃魔法である。

 魔力消費量も集束系の攻撃魔法と同じくらい多く、魔法展開速度も同じくらい遅いため、具現化した魔法弾の連射や曲射、追尾は不可能だったが、一度に多数の魔獣へ相応の破壊力を有した魔法攻撃を叩き込める点で、群れる魔獣を素早く殲滅する時には必要不可欠の攻撃魔法であった。 

 さっきまで舞子のいた場所に着弾した範囲系魔法弾は、着弾した瞬間に破裂し、全周囲へ烈風の衝撃波をばら撒いた上、散弾のように圧縮空気の塊を多数吐き出す。

「く、くうっ!」

 《旋風の纏い》と《水流の纏い》。2重の魔法力場へ追加の魔力を注入して、魔法力場の出力を上げた舞子が、身を低くして烈風に耐え切ると、その後にばら撒かれた圧縮空気の魔法散弾が数百以上も迫って来て、舞子を追い詰めた。

 やむを得ず舞子は全力で後退する。相対距離が近過ぎるせいで、当たる魔法散弾の数があまりに多く、迎撃しても全てを相殺することは不可能と判断したのである。

 魔法散弾が消える効力範囲外まで後退した舞子は、結局訓練場の端まで押し戻されていた。


 舞子が抉れた訓練場内の地面を一瞥して、戦慄する。

「手加減しててもこの攻撃力、この攻撃範囲ですか。範囲系魔法弾……至近距離で着弾した時は、特に注意が必要ですね」

 舞子がメイアにすぐ視線を戻すと、メイアはまたもや次の攻撃魔法の詠唱に入っていた。

「穿て《旋風の矢》。続けて行くわよ? 其の旋風の天威を災厄と化し、我が敵を縛れ。呪え《旋風の禍》」

 短縮詠唱で風の追尾系魔法弾が6つ具現化し、その後に追尾系魔法弾とよく似た魔法弾を3つほど具現化して、魔法弾を1つの群れのように制御し、メイアが射出した。

 計9つの魔法弾が、舞子へ飛来する。

「追尾系魔法弾に異常系魔法弾が混ざっとる、これも気い付けや! 《水流の纏い》を切らしたらあかんで!」

「はい!」

 勇子の助言を心に刻み、舞子は駆け出した。

 精霊攻撃魔法《旋風の禍》。風の精霊達を魔力に取り込んで使役し、一定以上の効力持続時間を持つ魔法弾を撃ち出して魔法の対象へとぶつけ、対象の周りの気圧を下げて酸素濃度を低下させた上、脳の神経系を刺激し、一時的に重度の睡魔を誘発させる魔法であった。

 《○○の禍》と呼称される異常系の攻撃魔法は、着弾した魔法の対象へ魔法的状態異常を引き起こす効力を持ち、追尾系の攻撃魔法より制御は難しいものの、集束系や範囲系の攻撃魔法よりは扱いやすいため、魔法弾の連射が可能であり、近距離に限ればある程度の追尾や曲射もできる攻撃魔法であった。

 異常系魔法弾自体はそれほどの攻撃力を持たず、劣化した追尾系魔法弾という程度だが、魔法攻撃力よりも追加効果とも言うべき魔法的状態異常が厄介である。

 結界魔法で完全に無効化するのであればともかく、付与魔法を身に纏って異常系魔法弾を迎撃する時は、完全に効力を相殺できぬ場合、魔法的状態異常にかかる可能性があったからだ。

 手足に纏った付与魔法の魔法力場頼みで、複数の異常系魔法弾を打ち落とす際、打ち落とした部位の魔法力場が削られて魔法防御力が弱まり、状態異常の効果が魔法力場の内側まで届くことがある。

 この時、魔法的状態異常に対して耐性を高める付与魔法、《水流の纏い》といった魔法を身に纏っていると、たとえ状態異常の効果にかかっても、ある程度は抵抗して意識を保っていられるのだが、それ以外の付与魔法だと戦闘力が激減し、一気に戦闘不能にまで追い込まれる危険性もあった。

 戦局を一気に覆す可能性もあるため、多くの前衛系の戦闘型学科魔法士にとって、魔獣の使う異常系の攻撃魔法は非常に怖い魔法である。

 舞子へ迫り来る3弾3列、計9つの魔法弾も、その意味では恐ろしい。

 拳を握り、さっきよりも分厚い2重の魔法力場を身に纏った舞子は、先に届く3つの魔法弾をギリギリで避けて、次に迫る3つの魔法弾を左右の拳撃で叩き落とした。

 メイアとの距離を詰めることを優先したため、最後に迫る3つの魔法弾も避け切れず、左拳でまとめて打ち落とした時である。舞子は左手の魔法力場に異常を感じ、頭が突然クラリとした。

「あくっ!」

「状態異常に抵抗せえ! 《水流の纏い》へ魔力を送るんや! 膝着いたらあかん! 距離を詰めえ、メイアまでもう少しや!」

 計6つの魔法弾を叩き落した舞子だが、最後の3つの魔法弾が異常系魔法弾だったのだろう。

 ほぼ同時に叩き落とした異常系魔法弾3つ分の効力は、舞子の左腕が纏う2重の魔法力場の効力を、僅かに上回っていたらしい。呼吸が乱れて意識が遠のき、激しい睡魔が舞子を襲った。

 《水流の纏い》の効力で意識をどうにか保っているが、押し寄せる睡魔によって魔力をまとめることができず、魔法力場の出力を高めることが今の舞子には極めて難しかった。

 水の魔法力場の効力を高めれば、魔法的状態異常を跳ね除けることもできるのだが、もう限界だった。

「負ける、もんくわぁぁああぁぁーっ! ……スピー」

 あと数歩の距離をゆっくり歩み寄り、倒れかかる舞子。その舞子をメイアが受け止めて言う。

「まだまだね舞子、でも今回の特訓は終了よ、お疲れ様」

 自分にもたれてすやすやと眠る舞子に、メイアが苦笑した。

「甘いねぇ、メイアも。幾らでも攻撃できんのに、わざわざ待ってあげてさ? 命彦が見てたら、ヌルイって絶対言うで?」

「厳しく接するのは苦手だもの。勇子が私の立場だったら、あのヨロヨロの舞子へ攻撃した?」

「ははは、無理やわ。ウチも可哀想に思てまう」

 勇子とメイアがくすくす笑い合った。

 魔法的状態異常に抵抗しつつ、必死に魔力を制御して水の魔法力場の出力を高めようとしていた舞子。

 その舞子が、必死の形相で3mほどの距離をノタノタ歩いている間、メイアは一切の攻撃魔法を使わず、舞子が自分に近寄るのをじっと待っていた。

 生来の優しさが、必死の舞子へ攻撃することを躊躇わせたのである。

 そのおかげで、舞子は特訓を終了したのであった。

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